第9話 独り立ちへ|雨の夜に飛び出す

 私は高卒での就職を考えていて、それは三年の秋頃に最終決定する。

 わかっていた独り立ちの重大事が、いよいよ怖さを見せてきていた。


 成績がよかった私に友人は華やかな未来を思い描いていたようだが、大学にはもちろん行けない。私は仕事を探さなければならなかった。しかし漠然とした世界のイメージは掴むことができず、どんな仕事が存在していて、給料はどれくらいなのか、それは生活を営むには十分なのか、そんなことをどうも理解できなかった。人生のプランと言えるものが欲しかった。たとえ明日がどうなるかわからない人生でも、方向くらいは見つけたかった。


 兄はいったい、どうやって将来の姿を見つけてきたのだろう? 何度も兄のことを考えてしまった。本当なら駆けつけて無理にでも聞きたいところだったけれど、どこにいるかはまったくわからないし、知る限りでは先生にも一度も顔を見せていなかった。


 先生にしても、何も教えてはくれなかった。これまでも教えて欲しいことや知りたいことについては可能な限り、助けてくれた。けれど、「やり方」は教えてくれても「何を目標とし、何を選択し、何を正解とするか」は自分で考えさせられた。自分がすることはまず自分で決めなさい、というものだった。


 助けを求める相手もいないので、私は自分に多くの問いを立てるしかなかった。自分は何をしたいのか、したいだけでそれを為すことが許されるのか、思惑どおりにならなければ私は何をするのか、単につらい人生を送るだけなのではないか、私は何のために生きるのか。


 海に行ったときの波音が再び響いてきて、私に広大な世界を思い出させた。


 どうしようもなかった。定められた就職活動の日程に従い、規定通りに一社にだけ履歴書を送り、面接までの日を過ごした。この一社しか選べないという決まりにはひどく苦しめられた。世界は一つで、そこに流れる時間はいつも一度きりで過ぎ去っていく。人生にはいくつもの選択肢があったとしても、一つしか選べない。もしかしたら、何も手に入れられないかもしれない。私にとって、想定されるすべてがひどく重かった。言い尽くせないほどの巨大な物体が頭に乗ったようで、私はひどい重圧に苦しんだ。


 それで面接の前日だった。私はどうにかなりそうなほど締め付けられた心臓を抱えて、雨が降る夜遅くに家を飛び出してしまった。

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