2-2

 翌日。さらに歩いていくと、緑がしげったいくつもの丘と、高い塔が見つかった。

「塔や!」

「これか」

「ダークムーンは、どこにおるんかな」

「近くを探してみよう」

「どんな姿やろう……。カツキ、知っとるか?」

「いや。姿は分からない。言っただろ。『朧な影』って」

「そやったな」

「塔のまわりを一周してみよう」

「ええけど……。なんか、意味あるんか」

「分からない。この塔は、おそらく目印だ。大きすぎるし、おうとつもない。とても登れるようには見えない。

 この場所から見えるどこかに、きっといるはずだ」

「わ、分かった」

「ここから、それぞれ別の方向に歩いてみよう」

 左右に分かれて、塔を背にするようにして歩いていった。

「……ん?」

 なにか、ふわふわとしたものが、おれの視界に入った。

 ここから離れた丘のひとつに、丸っこい、大きなものが乗っている。

「カツキ。こっちまで、来られるか。なんか、おる」

 塔を回りこんで、走ってくる音が聞こえた。左からカツキが現れた。

「あれや」

「いるね。行ってみよう」


 足音を立てないように、そっと近づいていった。

 近づくにつれて、ダークムーンの姿があらわになっていった。

 大きな鳥だ。草の上に座りこんでいる。

「これが、ダークムーン?」

「めっちゃでっかい鳥やな」

「思ってたのと違った」

「言うな。おれも、思うたけどな」

 つぶらな目をしていた。淡い色のたっぷりした羽毛が、太い体を覆っている。

 もふっとしているなと思った。飼えるものなら、里で飼ってやりたいとも。ミハルちゃんは喜びそうだった。

 頭を下げて、じっとしている。ぐったりしているように見えた。

「ずいぶん弱ってるね」

「そやなあ……」

「どうする?」

「どうする、て。助けてやらな」

「ううーん。どうやって?」

「わからんけどな。ミハルちゃんの体を借りた神さんが、『救え』と言った命や。

 なんとかしてやらな……」

「マサトはえらいね。僕はただ、この変な鳥をさっさと元気にして、ミハルちゃんを元気にしたいだけだっていうのに。ついでにミハルちゃんと結婚できたら、言うことなしだね」

「すがすがしいまでのくずやな。お前」

「生きてる? おーい」

「ぺちぺちすんな。やめろ」

「なにか、食べさせてあげればいいのかな?」

「なにを? くんせいとか、食べるやろうか」

 カツキの表情が変わった。

「なにかが来る」

「えっ?」

 遠くを見ている。カツキの視線を追って、あっと思った。

 なにかが、ものすごい速さで向かってくる。


大百足おおむかでだ」

「……ムカデ?」

「刀を取れ。すぐに来るぞ」


 鞘から刀を抜いて、待った。

 カツキの言葉どおり、それはすぐにやってきた。

 大百足が、おれとカツキを……違う、ダークムーンを襲ってきた。

 すごい迫力だった。まるで、甲冑が動いているように感じた。

「むちゃくちゃでかいやないか!」

「叫んでないで、手を動かしなよ」

「わーっとる!」

 闇雲に重い刀を振り下ろしていても、当たる気がしない。何度かくり返していると、大百足の体に、おれの刀が当たった。

 鈍い手ごたえだった。硬い外殻にはね返された刀の柄を握る手に、しびれるような痛みが走った。

「刃が通らん」

「体じゃ、だめだ。目を狙わないと……」

「お前、なんで知っとるんや」

「常識だよ?」

「しらん」

 ふと見ると、ダークムーンがおれの近くにいた。太った体を左右に揺らして、のんびりしていた。おい。

「逃げろや!」

 羽毛を叩くと、びっくりしたように飛び上がって、そのまま落ちた。

「飛べって!」

 叫んだ。わたわたと羽ばたいて、空へと飛んだ。不格好な姿だった。


 うねうねと動く大百足の目を狙うのは、難しいことだった。頭に斬りかかることに夢中になっているうちに、守りがおろそかになっていった。

 はっとした時には遅かった。大百足の尻から飛びでている太い針が、おれに向かってきていた。

「マサト!」

 カツキに突きとばされた。おれの手から、刀が落ちた。

「すまん。助かったわ」

 刀を拾い上げる。おれとにらみ合っていた大百足は、カツキを次の獲物にすることに決めたようだった。

 カツキの刀が振り下ろされる。そのまま、大百足の頭の側の胴体を押さえるようにして、刀と片足で動きを止めた。

「マサト。今だ!」

 背後から一気に近づいて、目のあたりに刀を突き立てた。

 大百足の体液が噴きだした。緑茶のような色をしていた。

 蠢いていた無数の足が、徐々に力を失っていく。しとめた。

 おれの全身から、へなへなと力が抜けていった。

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