1-6

 次の日は、朝から西に向かう旅の準備をした。

 フソウさんから、いろんなものを渡された。あらかじめ仕組まれてでもいたかのように、なにもかも用意されていた。

 革の鞄。保存食と、水を入れる竹筒。携帯用の硯箱と紙。

 武具と鎧も渡された。

 鍛えられた鋼が美しい刀。藍の木綿で作られた小手。白い脚絆。そして、簡素な鎧。身につけると、自分が自分ではなくなったような不安を感じた。

 カツキは平然としていた。この変わった貴人にとっては、武道は慣れ親しんだものなのかもしれなかった。

 夕方、ミハルちゃんが母屋の客間に来た。

 ミハルちゃんは落ちこんでいて、元気がなかった。

 心ない人たちから、ひどいことを言われたらしい。神託の内容は知らない様子だったけれど、自分のせいで、おれとカツキが旅に出ることになってしまったと言って、泣いてしまった。

 カツキと二人で、ミハルちゃんのせいではないと話したり、必死になぐさめたりした。そのかいあってか、ミハルちゃんは少しずつ元気になっていった。

 ミハルちゃんと入れかわるように客間に来たミカちゃんからは、「命を大事にしなさい」と言われた。ありがたかった。


 夜には出立することになった。

 見送りはいらないというカツキの意を汲んで、誰も来ないことになった。

 一人だけ、おれがカツキに頼んで、会うことを許してもらった人がいた。

 ミハルちゃんだ。

 約束の時間に、里の検問所で待っていた。

 遠くから、ミハルちゃんが近づいてくるのが見えた。

「ミハルちゃん」

「聞こえないだろ。ここからじゃ」

「……分かっとる」


 ミハルちゃんは、きれいな紅色の着物を着ていた。こんな着物を持っていたのかと思ってから、はっとした。これは、お母さんがよく着ていたものだ。

 なつかしさと愛おしさを感じて、切なくなってしまった。

 うすい布で巻かれた箱のようなものを二つ重ねて、腕に抱えていた。

「お弁当、作ったんよ。マサトくんとカツキくんの分」

「おー。ありがとうな」

「どうもー」

「いってらっしゃい。無事に帰ってきてね」

「うん」

「はーい」

 カツキが、おれから離れていくのが分かった。

「おい」

「二人で話しなよ。僕は、このへんにいるから」


 これが最後かもしれない。不吉な予感が胸を焦がした。

「ミハルちゃん。あのな……」

「うん?」

 言えなかった。ミハルちゃんは、信じきったような目でおれを見ている。

 この子を置いて、遠くへ行くのか。現実だとは思えなかった。

「行ってくるわ」

「うん。無理しないでね。待っとるから」

「うん……」

 抱きしめたい。強く思った。できなかった。

 なにも持たない手を、ぐっと握りこんだ。爪が手の平に食いこむくらいに。

「どうしたん?」

「ううん。なんもない。見送りは、ここまででええから。

 ミハルちゃんも、気をつけてな」

「うん。ありがとうー」


 ミハルちゃんから離れて、カツキのところへ戻った。

「お別れは、すんだ?」

「ミハルちゃんと別れるわけやない」

「知ってる。そろそろ行こうよ。夜明け前には出たい」

「分かった」

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