1-5

「マサト。悪いが、ミハルを帰してやってくれ。そちらの客人もだ」

「分かりました」

 目で伝えると、カツキが立った。

「歩ける?」

「うん。だいじょうぶ」


 離れにミハルちゃんを帰して、カツキと母屋に戻った。

「えらいことになったな。カツキ」

「そうだね」

「……逃げるなら、今のうちやで」

「僕を逃がした場合の、マサトが困る感じを想像してる」

「あのなあ……」

「神さまって、ああいう感じか。びっくりした」

「おれも、ミハルちゃんのは、初めて見た」

「そうなの? どうだった?」

「こわかった……」

「そうだね。こわかったな」


 その後の話し合いで、巫女さんに指名されたカツキが西に向かうことに決まった。つきそいとして名乗りを上げたのは、誰あろう、おれだった。

 一人で行かせたくなかった。それだけだった。

 ガトウが安心したような顔をするのを見て、少しだけ、いやな気分になった。

 寄り合い所から屋敷に戻ろうとする途中で、里を守る兵士たちに絡まれてしまった。正確にいうと、絡まれるのを事前に察した。

 おれと年の近い兵士が二人、おれたちの後ろからついてきていた。


「カツキ。お前、先に行け」

「なんで?」

 カツキは、おれのそばから動かなかった。神宮の祭祀場での素直さが嘘のように、かたくななそぶりだった。

「おい。マサト」

「はい」

「お前、分かっとるやろうな。そいつが逃げだしたりしたら、ミハルさまをかわりに寄こすからな」

 目が眩むような怒りを、なんとかやり過ごす努力はした。

「はあ?!」

 カツキが声を荒げた。

「失礼な人だなあ! 僕は逃げませんよ!」

「こう言うてますけど」

「信用ならん。わざとしくじって、この里に不利益をもたらそうと企んどるかもしれん!」

「あーあー、そうですか!

 僕は、自分の意志でここに来たんですよ。滞在先で、神がかった巫女さんのご指名を受けるなんて、まったくの予想外ですよ。こんなことに巻きこまれると分かっていたら、そもそも来ませんって!」

「おれが、責任持ってつれていくんで。このくらいで、勘弁してもらえませんか」

 あっと思った時には、肩を掴まれていた。

 樫の巨木に押しつけるように、強く体をぶつけられた。

 痛みよりも、落胆の方が大きかった。どれだけ里のために尽くそうとしても、おれは、いつも輪の中から外されている……。

「やめろ!」

 カツキが叫ぶのが聞こえた。

「外から来たやつは、黙っとれ」

「使用人ふぜいが、調子に乗るなよ!」

「そんなつもりは」


 二人がかりで罵られている間も、カツキはおれの目の届くところにいて、怒りで目を血走らせていた。その姿は、どこか獣のようでもあった。

 さんざん喚いた後で、兵士たちは満足したように去っていった。


「大丈夫か?」

「平気や。なんもない」

 木に寄りかかっていた背中を離した。

「なんなんだよ。あれは!」

「当たり散らしたかっただけやろう。兵士の自分らが選ばれずに、どこの里のものとも知らんお前が、神さんに選ばれてしもうたから」

「こんなに立場が弱いのか。びっくりした」

「しゃーない。おれは拾われっ子で、親がおらんからな」

「ご両親とも?」

「うん」

「そうだったんだ」

「見えへんやろ」

「そうだね。分からなかった」

「ミハルちゃんのお母さんが、よちよち歩きのおれを、里の外れで拾ってくれたんや。よその里から捨てられたか、旅の途中で迷ったんか……。

 お母さんが遠い里へ越して行ってからは、ミハルちゃんのお姉さんのミカちゃんが、おれの親がわりになって育ててくれたんや」

「親って。ミカさん、そんなに年変わらなくない?」

「十、上やな」

「十才も違うの?! ううっそ……」

「嘘やない」

「はー。巫女さんだからかな?」

「どうやろな」

「ミハルちゃんは、マサトの許嫁だったのか。言ってくれればいいのに」

「許嫁では、ないな。仲はええと思うけど、その……」

「男女の仲ではない?」

「そやな。おれからしたら、同い年の、姉とも妹とも言えない幼なじみで、しかも、雇い主のお孫さんにあたる方や。どうしたらええんか、よう分からん」

「がばっといって、抱きしめちゃえばいいんじゃないかな」

「お前ー! お前、なあ! そういうとこやぞ!」

「なにが『そういうとこ』なのか、よく分からないな」

「あんましふざけたこと言うと、飯抜くからな!」

「あっ。それは困る。ごめんなさい」

「……分かったんなら、ええ」

「やさしい……」

「うるうるするなっ」

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