1-3

 おれとミハルちゃんが案内役になって、カツキに里の様子を見せた。

 漁港や市場の様子を見せても、さほど興味はなさそうだった。ただし、ミハルちゃんに話しかけることについては、うっとうしいくらいに熱心だった。

 神宮にお参りに行った時だけは、なにかに打たれでもしたかのように、ひどく真剣な顔をしていた。


 夜になった。

 おれは、昨日の夜と同じように続きの部屋で過ごすつもりだった。やりたいことがあったし、カツキも一人になりたいだろうと思ったからだ。

「ちょっと、いい?」

「なんや」

「マサトと話したいことがあって」

「ええけど。ここで?」

 湯上がりのカツキは、寝巻き姿だった。寝台の上であぐらをかいている。

 対するおれは、まだ風呂にも入っていない。

「ごめん。忙しい?」

「いや。そういうことやない。お前がそこにおると、おれは、どこへ座ったらええんかなと」

「隣りに来ればいいじゃん」

「いやや。椅子を運ぶわ」

「そういうとこ、潔癖だよね」

「女の人とも、なんもないのに。男と同じ寝台には上がりたない」

「清らかなんだね」

「お前は?」

「まあ、ないね。なにも」

「そやったら、余計にあかん」

「そう?」


 椅子は重たかった。どうにか寝台の近くまで運んで、腰を下ろした。

「で? 話って?」

二十はたちになれる気がしない」

「……はあ? なんでや」

「なんでかな……。大人になって、幸せに暮らしてる自分が想像できない。

 マサトは想像できる?」

「まあ、それなりには」

「すごいね」

 すごくはない。おれのそれは、あきらめにも似た実感でしかなかった。

 このまま年を取って、どこにでもいる大人の一人になる。

 里での生活は穏やかで、つまらないと感じることもあった。同じことのくり返しで、まったく変化がない。

「いや。あったわ」

「なに?」

「お前が来た。ムサシの都から」

「来たけど?」

「おれも、いつか都に行ってみたいなあ」

「行けばいいよ。今すぐにでも。歩いて行けるよ?」

「かんたんに言うなや。何日かかるんや」

「ざっと、十日……。そんなにかからないかも」

「お前は、どうやって来たんや」

牛車ぎっしゃ。牛が牽いてくれる車」

「ほおー。また、えらいもんに乗ってきたんやな」

「大変だよ。昼寝が長い」

「牛さんの話はどうでもええ」

「本当に行きたいなら、本気になった方がいいよ。

 僕に学問を教えてくれた先生が言ってた。『今したいことを、五年後十年後にしようとするな』って。『口を動かす前に、体を動かせ』って」

「ええ先生やな」

「うん。厳しかったけどね」


 それから、ずいぶん長いこと、二人で話しこんでいた。話すことなら、いくらでもあった。まるで、ずっと会えなかった友人と再会でもしたみたいやなと、話しながら思っていた。


 カツキが寝てしまった後で、母屋を出た。

 離れへ行くと、ミカちゃんの部屋に灯りがついていた。

 桜色の襖を弱い力で叩く。中から「どうぞ」と声が聞こえた。

 開けてから、あらためて声をかけた。

「ミカちゃん。ちょっと、ええ?」

「うん」

 おれに背中を向けたままで応える。ミカちゃんは机に向かっていて、手元にはたくさんの紙が散らばっていた。明らかに仕事中だった。

 少し離れたところに座って、足をのばした。

「どしたん?」

「大したことや、ないんやけど……。

 おれが世話しとる旅の人のこと、ミカちゃんは知っとる?」

「知っとるよ。そういう人が来とる、とだけ」

「あいつな、都の貴人なんや」

「へー。あんた、それ私に話してええの?」

「あかんかも。秘密にしといて」

「ええよ。……都の貴人か。私には、そのへんの里から来たような口ぶりやったけどね」

「あ、やっぱり」

「じいさまは、私よりもマサトの方を頼りにしとるみたいやね」

「やめてください。ただでさえ、自分の立ち位置を見失いかけとるんやから」

「使用人頭とはいっても、明らかに神官養成の道すじに入れられとるよね」

「そんな道は、あらへん。おれは、トバ家とは血のつながりはありません」

「血よりも大切なものはあると、私は思うとるけどね」

 ようやく手を止めて、おれに体ごと向き直った。

 ミハルちゃんにも似ているけれど、ミカちゃんの顔は、二人のお母さんにそっくりだ。かわいいというよりは、きれいな人だという方が合っている。

 人の心の奥まで見通すような目が、おれを正面から見つめている。

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