1-2

「おれは、トバ家の使用人頭です。マサトと申します。

 イセの里へ、ようこそいらっしゃいました」

「君が、新しい世話係?」

「はい」

「フソウさんから、年は同じだって聞いてる。かたくるしいのは、なしにしよう」

「……はあ」

 客間の椅子に腰かけている青年は、美しい顔立ちをしていた。

 くせのついた黒髪は短い。藍色の服は飾り気がなく、それがかえってしゃれて見えた。

「もう一度、初めからやり直そう。

 僕はカツキ。ムサシの都から来た」

「おれはマサト。お前の……お前って、呼んでええんか?」

「いいよ」

「お前の世話係を任されたわ。ここにおる間は、全部おれが面倒みたる」

「わかった。よろしくね」

「荷ほどきは? 手伝うことがあったら、するわ」

「いい。荷物は多くない」

「分かった。お茶、入れるわ」

 返事はなかった。客間から続き部屋まで歩いて、土間に下りる。火を入れた竈で、やかんの水を沸かしはじめた。


「入れてきたわ。飲むか?」

「うん」

「濃いかも分からん。まずかったら、言うてな」

 カツキが湯呑みに口をつける。

「いい味だよ。おいしい」

「そんなら、よかった」

「マサトも飲んだら?」

「ええんか」

「当たり前だろ。一人で飲んでも、気まずいだけだよ」

「そしたら、もらうわ」


 二人で緑茶を啜った。新茶でもないのに、不思議とうまく感じた。

 カツキと目が合った。

「……なに?」

「なんでもない。マサトは、自然な感じでいいなと思ってただけ」

「ふーん……」

「里の人たちとは、ちょっと違う感じがする」

 どきっとした。おれの心の底にわだかまっているものを、いきなり言い当てられたような気がした。

「へんやな。お前とは、始めてうた気がせんわ」

「マサトも? 実は、僕もそうなんだよね」

「なんかしらの縁があるんかもな。おれらの間に」

「かもね」

「明日、おれの姉妹を紹介するわ」

「おっ。いいねえー。きれい? かわいい?」

「幸いなことに、二人とも、一個ずつ当てはまるけどな。どっちも当てはまらんかった場合の、おれが返事に困る感じは、想像せんかったんか?」

「ごめん。しなかった」

「そういうの、あかんと思うで」

「マサトの、その言葉はさあ、どこから来てるの?」

「おれを育てた人が、こういう話し方やったんや。都ことばが苦手な人やったから」

「今時は、どこへ行っても都ことばばかりだから。すごく新鮮に感じる」

「そうか?」

「うん」



 翌朝。カツキをつれて、母屋から離れに向かった。

 ミハルちゃんとミカちゃんは、二人でここに住んでいる。

 玄関にカツキを置いて、ミハルちゃんを探した。


 広い居間から続く、かわいらしい作りの厨房にいた。

 ふわっとした髪は明るい色で、肩の上で切り揃えられている。

 小柄な体は忙しく働いている。水音がした。流しで、豆かなにかを洗っているようだった。

「ミハルちゃん」

 呼ぶと、ふり返った。

 大きな目が、おれを見て細くなった。いつ見ても、かわいいとしか言いようのない笑みだった。

「マサトくん。おはようー」

「おはようさん。あのな、これから母屋で暮らす旅の人をつれてきたんや」

「ああ! おじいさまから、聞いとる」

「会ってもらって、ええかな?」

「もちろん。ミカちゃんはおらんけど」

「どこへ行っとるか、分かる?」

「山のふもとの仕事場。ミエちゃんとしとった翻訳の仕事を、ミカちゃんだけで続けるんやって」

「そうか。ありがとうな。ちょっと、ここで待っとって」

「あ、待って。あたし、こんな格好で……」

「ええから。そういうの、気にせんやつやから」

「そお?」

「うん」


 玄関に戻って、カツキをつれていった。

 ミハルちゃんは居間にいた。

「この人が、おれの妹のミハルちゃん」

「はじめまして。カツキといいます」

「ミハルです。よろしくお願いします」

 カツキはミハルちゃんをしげしげと眺めている。いやな予感がした。

「美人だなあー! 君は、とても美しい!

 ミハルさん。僕と結婚してください!」

「はあ? お前、なにを」

「なにって。結婚の申しこみを」

「早すぎるわ! 出会ってすぐに言うことか!」

「人を好きになるのに、時間はいらないと思う」

「はあ?! ふざけるのも、たいがいにせえよ!」

「ふざけてないよ」

 ミハルちゃんが笑いだした。

「ミハルちゃん?」

「おっかしい! マサトくんとカツキくんて、ええ組み合わせやね」

「どこが?!」

「ないわー!」

 二人で揃えたかのように、同時に叫んでいた。思わず顔を見合わせてしまった。

「そゆとこ。ふふっ」

「いや、あのな……。ミハルちゃんには、かなわんなー」

「ミハルさん。ミハルちゃんって、呼んでもいい?」

「早いなー……」

「ええよ。そしたら、里の中を案内しようか。あたしも行ってええんかな?」

「当然です。どこまでもついて行きます」

「それ、めっちゃあやしく聞こえるで」

「そしたら、着がえてくるわ。座って、待っとってね」

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