第12話 それは毒入りです。食べないで下さい

「だからって、どうやってご退場いただくつもりだ?」

「簡単なことだ。たまたま差し入れに毒が仕込まれていて、運悪く亡くなってしまう。ただそれだけだ」

「そんなに上手くいくはずないだろうが。それでいけるならとっくに亡き者にされてるさ」

「いやいや!今回は毒見役もこちら側だし、何より毒を仕込んであるのは右下の一つだけだからな。いつ食べるのかも分からないからこそ、意味があるんだ」

「そもそも、食べない可能性だってあるんだが?」

「そこは陛下より下賜かしされた差し入れだと吹き込んである。実際一度は陛下の元に行っているから、まるっきり嘘でもない」

「それで陛下が口にされていたらどうするつもりだったんだ」

「そこは問題ない。陛下がお好きなチョコレートは別に用意してあるからな。たくさんは食べられないでしょうと誘導して、第一王子にもたまには差し入れられてはいかがですかと進言してある」


 どうしてご自分で進言なさったのかしら。そんなことをして毒が仕込まれていたことを知られてしまったら、真っ先に疑われるでしょうに。


『おつむが足りない方なのかしら?』


 とはいえ、こうしてはいられませんわ。急ぎリヒト様のもとに戻って、このことをお知らせしないと!


『待っていて下さいませね!リヒト様!』


 事は急を要するのですから、探検などと言っている場合ではありません。わたくしは急いで窓や壁をすり抜けて、覚えているリヒト様の執務室へと直行したのです。

 やはり最初にお城を上から見ておけたのはよかったですわね。今こうして、最初とは逆方向へ向かうだけでたどり着けるのですから。


『リヒト様!!今日の差し入れには、毒が仕込まれているようですから!!右下のお菓子だけは、食べないようにしてくださいね!!』

「…………君は……。便利と言えば便利だが、時折違う意味で怖いな……」


 机に向かっていた手を止めて、窓から部屋へと入って来たわたくしを驚いたような顔をして見ているリヒト様は。


『……あら?もしかして、まだ差し入れは届いていらっしゃらなかったのですか?』

「見て分かるだろう?まだ執務の途中だ」


 何枚かの書類を手元に広げながら、何かを書きつけていたようです。

 羽ペンを握ったままのその手は、今にも書き込もうとしたまま止まってしまっていましたから。


『あら、わたくしったら。失礼いたしました』

「いや、まぁ、いいんだが……」


 そして結局、書かずにペンホルダーに置いてしまわれるのですね。

 なんだか、申し訳ないことをしてしまいましたわ……。


『え、っと……お仕事、続けていただいて平気なのですが……?』

「馬鹿を言うな。そんな話を聞いて、後回しになんて出来るか。先に聞いてからでも仕事は出来る。人が来たら君とは話せないだろう?」


 な、なるほど!確かにそうですわね!


「で?何に毒が仕込まれているって?」

『差し入れのチョコレートですわ!陛下から下賜かしされる予定のチョコレートの、一番右下に仕込まれているそうなのです』

「チョコレート、ねぇ」


 あら?どうかなさったのかしら?


「わざわざ父上が好きなものを選ぶあたり、随分と質の悪い貴族だな」


 なるほど。そう捉えるのですね。ですがそれすら狙っていたらしいので、きっとすぐに特定は出来るはずですもの。

 そう思って口を開こうとした瞬間のことでした。


「リヒト様ー。陛下から差し入れが届きましたよー。休憩にしましょー」


 ノックもせずに部屋の中に入って来たのは、リヒト様と同じくらいの年齢に見える方。

 ぼさぼさの髪と眠そうな瞳が、とても印象的で。同時にどこか、油断すると気が抜けてしまいそうな雰囲気をされている男性でした。


「カーマ、ノックをしろと何度言ったら――」

「えー?いいじゃないですかー。固いこと言いっこなしですよー。それよりほら、早く入って下さい。僕お茶の準備もしてきたんですから」


 そしてその後ろから入って来たのは……。


『ッ!?』


 なぜか睨むようにリヒト様を見ている、大柄な男性が手に持つそれは。

 綺麗な箱に包装されているけれど、明らかに。


『それは毒入りです。食べないで下さい』


 陛下からの差し入れだという名目で持ち込まれた、毒入りのチョコレート。それ一つだけだからこそ、余計に目立つのです。

 そして他の方がいる手前、わたくしに言葉を返せないリヒト様は。

 一度だけわたくしを横目で見て、小さく頷いて下さったのでした。










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