第11話 なんだか不穏な会話です

 わたくしの応援とは裏腹に、バッタール宮中伯が男性二人にもう一歩歩み寄ろうとした瞬間。


「し、失礼いたしますっ!!」


 一人が焦ったようにそう言って、頭を下げてどこかへ走り去ってしまわれて。


「あ、そのっ……わ、私も失礼いたします!」


 もう一人の男性も、その後を追うようにまた走り去ってしまわれたのです。

 残念だわ。


「……ああいう輩がいるから、困るんだ」


 小さく呟いた声が聞こえてきて、わたくしは思わずバッタール宮中伯に視線を向けるのですけれど。


(本当にこの方、目が細すぎますわ。どこを見ていらっしゃるのか、よく分かりませんもの)


 走り去った男性たちが向かった先に目を向けているのでしょうけれど、それは顔がそちらに向けられているから分かるだけなのです。

 この方の視線の先を追うのは、難しすぎると思いますの。他の皆様はどうなさっていらっしゃるのかしら?


「一応、ご報告申し上げておかないとな」


 ため息と共に零された言葉から察するに、苦労人である可能性が高いですわね。

 宮中伯ですもの。仕方がないのかもしれませんけれど。


『頑張ってくださいませ、バッタール宮中伯。わたくし、陰ながら応援しておりますわ』


 聞こえていないと分かってはおりますけれど、そう声をかけずにはいられませんでした。

 グッと両手を握って。


『ふぁいとー!おー!!』


 確かこう、片手をそのまま上に突き上げればよかった、のよね?

 本で得た知識ですから、実際に見たことがないのが本当に悔やまれますわね。


(さて……)


 わたくしは、逃げた二人を追ってみましょうかしら。このままバッタール宮中伯とここにいても、仕方がありませんし。

 何より先ほどの会話、わたくしも気になりますもの。

 ただ問題は、見つかるかどうかなのですけれど…………も?


『あら?まさかこんな近くにいらっしゃるとは思いませんでしたわ』


 廊下の角を曲がったその先で、様子を窺うように辺りを見回していらっしゃるのは怪しいことこの上ないのですけれど。

 あれかしら?バッタール宮中伯が追いかけてきていないのか、気にしていらっしゃるのかしら?


(考えてみれば、一人目が遠くに行ってしまったら二人目が追いかけても見つけられませんものね。確かに近くで待機している方が、確実ではありますけれど)


 それほどまでして、お話を続けたかったのかしら?それともそんなに重要なことなのかしらね?


「この部屋は?」

「今は使われていない。とにかく早く中へ」


 あらあら、二人だけで入ってしまわれますの?


『でしたらわたくしも一緒に失礼いたしますわね』


 一応断りを入れてから、扉が閉まってしまう前に体を滑り込ませます。

 いえ、別段すり抜けられるので必要ないのですけれどね?なんとなく、気分の問題ですの。


「まったく。お前のせいで、面倒な相手に目をつけられるところだったぞ?」

「すまん。だが、本当に時間がないんだ」

「第一王子が後継者に選ばれる前にという気持ちは分かる。だがそれを次の会合で話すはずだったのに、今気づかれたら水の泡だ」

「そう、なんだが……」

「なんだ?お前が歯切れの悪い言い方をした時は、大抵何かした後だろう?」


 なんだか不穏な会話ですわ。

 どうやらこのお二人にとって、第一王子が後継者に選ばれては都合が悪いようですわね。


(……ところで、リヒト様は第何王子様なのでしょうか?まさか、第一王子だったりしませんわよね?)


 そう思ってしまったのが悪かったのか、それともだからこそ彼らの会話が気になったのか。

 女の……あ、いえ。幽霊の勘が、優れていたのかもしれませんわね。霊感だけに。


「リヒト王子には、早いところ退場してもらわなければならないだろう?」


 何かをやらかしたのであろう男性から出てきた言葉に、幽霊だというのに眩暈を覚えそうになって。


『リヒト様が、第一王子……』


 もはやわたくし自身も、何に一番衝撃を受けたのかよく分からなくなってしまっておりました。









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