第7話 他の方には、見えないみたいですね
『リヒト様リヒト様!大変ですわ!!』
「…………」
「リヒト様?」
「あ、あぁ……いや、そうだな……」
『あ……』
勢いあまって壁にめり込んでしまって、しかもすり抜けられると分かってつい興奮してしまっていたわたくしは。
この部屋の中には今、リヒト様とわたくしの二人だけではないのだということをすっかり失念しておりました。
けれど。
「あれを」
「……?はい、何でございましょうか?」
『!?』
リヒト様がわたくしを指さしたというのに、まるでおじさまは……おそらくリヒト様の専属執事の方なのでしょうかね?その方は、まるで何も見えていないかのようで。
事実。
『あ、あの……リヒト様……?』
「……いや。いつものように、茶器を片づけておいてくれ」
「はい。かしこまりました」
わたくしがリヒト様に声をかけても、一切聞こえてはいらっしゃらないようでした。
つまり。
『他の方には、見えないみたいですね』
「……そのようだな」
小声で返してくださるリヒト様のそばには、護衛がぞろぞろとついているというのに。
リヒト様の横をふよふよと浮いてついていくわたくしには、どなたも気付かないようで。一切目が向けられることはありませんでした。
「リヒト王子?どうかなさいましたか?」
「あぁ、いや。何でもない。考え事をしていた」
「左様でございましたか。失礼いたしました」
「いや、いい」
しかも下手にわたくしが話しかけてしまえば、律義に返事をして下さるリヒト様がまるでお独り言を話されているかのようになってしまって。
これではなかなか話しかけるのも難しいですわね。
(……あら?そういえば、わたくしはついてきてしまってよかったのかしら?)
ついつい、当然のようにリヒト様の後をついてきてしまったのだけれど。もしかして本当は、お部屋でお帰りをお待ちしていた方がよかったのでは?
いやでも、あの場にいるだけではわたくし自身が何者なのかも皆目見当がつきませんし。
難しいところですわねぇ。
「考え事をしているところ悪いが、さすがにここまで来て隣にいる必要はないと思うんだが?」
『はい?』
声をかけられて、辺りを見回してからようやく。わたくしは既に移動が終わっていたことに気づいたのです。
しかも。
『あ、あら……?こちらがリヒト様の執務室、なのですよね?』
「そうだが、なにか?」
『いえ、その……どうして、リヒト様お一人なのかと思いまして……』
普通執務室には、補佐をする人物がいるものなのではないのかしら?
(ん?あら?でもどうしてわたくし、そんなことを考えたのでしょう??)
記憶はないけれど、それが普通だと思うような理由。
おそらくは生きていた頃に、それが当たり前なのだと思えるような環境にいたということなのでしょうけれども。
「まぁ、色々とあって人手不足だから、だな」
『色々……』
「それよりも、ここまでついてきてどうするつもりだ?まぁ、君にとって壁が意味をなさないことと、私以外には今の所君の姿も声も認識できないのだということは判明したが」
『はっ!!そうでしたわ!!』
つまり壁をすり抜けつつ、リヒト様以外にはわたくしが見えないことを利用して、様々な情報を集められるのでは!?
『リヒト様!わたくしいいことを思いつきましたの!!』
「……あまり、いいこととは思えないが。まぁ、一応聞いておこう」
まぁ!酷いですわね!
でもきっと、今度こそちゃんとお役に立てると思いますの。
だって。
『わたくし、諜報活動にうってつけの体をしているのではありませんか!?』
「…………だと思った」
はぁ~~と。なぜか大きなため息をつかれておりますけれど。
わたくし、何かおかしなことを申しましたかしら?
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