心の柱
「…………」
──昨日のは何だったんだ……?
昨晩おこったアクシデントについて、覚醒した俺はベットの中で考えていた。
マサトの話を聞いていた俺は、話の途中で感情が不安定となり子供のように泣き出してしまった。中身は今年で40歳を迎える立派な漢なんだけどな……恥ずっ!!。
「…………」
目が覚めてからかれこれ30分間ずっとベットの中に入ったまま、俺は頭を回していた。それはなぜか、正直に言うと現実逃避である。だってしょうがないじゃん……目が覚めたら目の前に、小さく寝息をたてて眠るマルナがいるのだ……。
──うん、いったいどういう状況なんだ……!?
小学生2年生の時以来、俺は異性と隣と、それもずっと布団暮しだったから、一つのベットに二人きりで寝るというシチュエーションが記憶の限り人生初の事で、現状頭が真っ白になっていて冷静に考えれない。マルナ自身はとくにそんなこと考えていないんだろうけれど、ごめんなマルナ、俺、外見は可愛らしいロり少女だけど、中身は生涯孤独の40近いオッサンなんだよ……。
スス……と体を右に向けてマルナの顔と対面するような形になる。少々不謹慎であると思いつつも、俺はジーとマルナの寝顔を眺める。
レインに負けないくらいに透き通った白い肌。寝ぐせでボサボサだが綺麗な紫色の髪。寝息を零す小さく開いたこれまた小さな口。右手は俺の手を握ってくれていたのか前に出されている。
「──ん……」
「あっ……!」
マルナの手に触れようとしていた手をスっと戻す。
目が合った。
マルナはまだ寝ぼけているようで、まぶたをパチパチっと瞬く。
「……! レインさまっ!!」
マルナは、ハッと気がついたように目を見開く。と同時に、俺はバッと体を反対に向ける。なんか気恥ずかしかったからだ。
しかし、それはそれで困った状態になったと後悔する。さっきの状態なら「おはよう!」とか言ってその場を切り抜ける事が出来たのに1度背を向けてしまったから、今更向き直って「おはよう!」とか言えない……。
「……ほぇ……!??」
どうしようもなく固まっていると、マルナが突然抱きついてきたのだ。
「よかった……レインさまぁ……!」
マルナが後ろから涙声で語りかけてくる。
心配していてくれたのだろうか。昨日俺が泣いてしまったがためにマルナは今涙を流しているのだろうか。……俺の為に泣いてくれているのか……。
「ぐ……」
また泣きそうになってくる。だが辛いからとか悲しいからではなく、むしろ何もかもが救われていくかのような気持ちになる。うれし泣きだ、しかし、今また泣いてしまうとまたマルナを心配させてしまう。
だが湧き上がる気持ちには逆らえず、涙の勢いや嗚咽の回数は増えていく。
──こうなったら……。
最終手段に出るしかない。ユニークスキル、
俺は何をされても鉄壁の精神をもって耐えることができる、不屈の精神をイメージした。
すると一瞬体が発光し【スキル
「────ありがとうマルナ。おかげでもう元気いっぱいだよ!」
スキルのおかげか涙は止まり、落ち着きを取り戻す。良くも終わるくも凄い効果だ。
だがマルナは俺を離そうとしない。
「ま、マルナ……?」
「もう嘘、つかないでください……! 私達にも……ご自身にも……!」
「……? 別に嘘なんかついて──」
「私は……私はレイン様の過去を知りました!」
「ほぇっ!!??」
ま、マジかよ俺の前世知ったの!? ……ってことは俺が元々男でロリコンだったていう事も知っちゃったのか!? ってかどうやって!?
「一千年間、ずっと御一人だったのでしょう。それも大勢の仲間や家族を亡くして……。」
「…………?」
──……へ? 一千年前……?
俺は混乱で頭が真っ白になる。だが幸いにも俺の前世の話ではないということは分かる。分かるのだが……分からない。
「昨日だってそうです! マサト様が過去のお話をされていた時に泣いてしまったじゃないですか! 私とレイン様との関係はたかが一か月です。その一か月間の関係がレイン様とリアス様との関係に敵うわけがありませんよ! だから……だから簡単に「もう元気だ」なんて言わないでください!」
「…………」
ぐうの音も出ない……。正直マルナが言ったことは全くと言っていいほど覚えてない。だが「リアス」と言う言葉……いや名前に、なぜか聞き覚えがある。まだ断言することはできないが俺の過去に……いやこの身、
「…………」
「…………」
お互い何も言えない状態が続く。その間もなおマルナは俺を抱きしめ続ける。
まぁ……不謹慎ではあるが、こう……抱きしめられてくれるだけでだいぶ精神的ケアはされるんだよなぁ……。前世じゃね……ボッチだったんでね……。
「…………」
「…………」
お互い何も言わない膠着状態が続く。
そろそろなにか行動を起こさないとらちが明かない……。それをわかってはいるけれど、どうすればいいか分からないのもまた事実……。
「…………」
「…………」
「……マルナ」
意を決して口を開く。
「そ、そのな……心配してくれてありがとう。でもな、俺にその時の記憶がないんだよ」
「…………」
「えっと……で、でも記憶にないだけで心と体は覚えているっていうかな! きれいさっぱり忘れたわけじゃないんだよ!」
「…………」
「だ、だからその…………マルナの知る限りでいいから、俺の、レインという人について教えてほしいんだ」
「…………わかりました。」
そういうとマルナは手を放し、背を向けて起き上がる。そして涙を手で拭き取って振り向く。
「……長くなるので、取り合えず朝ご飯を食べましょうか」
そのあと、マルナはすぐに準備してくれた。机にはフランスパンのようなパンとコーンスープ。前世の俺だったらおやつ程度だが、転生してから身体年齢が十歳になったから胃の容量も減った……気がする。
「いただきます」
コーンスープを口にしてみる。サラサラともドロドロともしていない、コーンの味と香りがはっきりしていて少し癖のある。うん。おいしい! 続いてパンを口にする。さすがにパンは焼き立て、というわけにはいかなかったが、パンのカチカチサクサク感とコーンスープのトロトロとした舌触りは、変化があって飽きない噛み応えだ。
「……レイン様、今からお話してもよろしいでしょうか?」
「んぐ……。うん、教えてくれ」
マルナは「では……」と言うと、ふぅ……と細い息を流した。ちなみに俺はパンをパクっと一噛みする。
「レイン様は既にエイリスタという国があり滅んだこと、そしてエイリスタの統治者であったレイン様の姉、リアス様を除く全国民が虐殺され、リアス様も遠い島に流されたという所まではお聞きになられたのですね?」
「うんうん……っと。そこまでは聞いた」
次に俺はコーンスープを飲む。体があったまるなぁ……。
「それではその続き、リアス様のその後についてお話します。遠くの島に流されたリアス様は一年後、大きな恨みと怨念をもったまま亡くなられました。しかし二百年後、いまから八百年前突如として復活しました。」
「んむんむ……」
コーンスープが口からなくなったら、今度はまたパンを食べる。そう、パンとコーンスープを交互に順番ずつ口に入れることにより乾燥を防ぐことによって、飲み込みやすくしているのだ!
「復活されたリアス様は死者蘇生の禁忌魔法を使用しました。」
「ん~む……」
死者蘇生! 禁忌魔法! なんて響きが良いんだ! …………不謹慎すぎました申し訳ない……。
「しかしその魔法は欠陥がありました。姿かたちは再現できますが死んだ本人の魂を呼び戻すことはできなかったのです。」
「ん……」
うわ……それは辛いやつだ……。せっかく再会できたのに魂は違うだなんて……。
「それに絶望したリアス様は、それらの
「う~ん……」
最後の一口を食べ終えた。ごちそうさまでした。
「それはきっと、リアス様は何もかもお1人で悩んで、悔やんでしまったから。どうしようもなくなって、自暴自棄になったからだと、思うんです。」
「フムフム……」
「ですからレイン様もお1人で悩まなんいでください……! 不満や悩みは私たちに共有してください……! ご自身の心に、正直になってください! そうしないのレイン様もいつか──」
「俺もな、悩んだよ。悩んだけどいまさら悩んだって何も変わらないって分かったんだ。」
我ながら重い言葉だ。突然こんなこと言われたマルナは混乱するだろうが、いつかは知る社会の理不尽さと辛さ(俺は十二歳の時に知った)……。たしかマルナは十五歳だし、知ってても損は無いだろう。
「前提として俺は転生者だ。そうだな……ここが一の世界として、今の俺は二の世界で生きた記憶を持ってこの一の世界に転生したんだ。だから、もし仮に俺が千年前にこの一の世界で生きていたのが本当だとしても、二の世界じゃ一の世界の記憶は全くなかったし、昨日みたいなこともなかった。」
俺の話をマルナは驚いた顔で聞く。
「二の世界じゃ俺は四十年近く生きたし、その約四十年間で俺はいろいろ社会の理不尽っていうやつを知った。まぁこっちの世界の俺はたかが十歳の子供だけどな」
「……なら、今のレイン様は十歳でしょう。なのに多くの理不尽を抱えて大丈夫なわけがないはずですっ!!」
「あ~……外見が十歳なだけで精神年齢は変わってないから、子供の軟弱精神で病むようなことにはならないよ」
──まぁほんとはスキル、
事実はさておき、俺は言いたいことをまとめて使える。
「ともかく俺が言いたいのはな、今からどれだけ過去の事を悔やんでも後悔しても過去は過去、どうしようもないんだよ。でもな、終わった過去は変えられないけど、これからの未来はいくらでも変えることができる。自由に造ることができる。だから過去に向き合うのはその後でいくらでも考えれる。」
マルナはだまって聞いている。言いたいことや反論したい気持ちはあるだろう、腑に落ちないこともあるはずだ。だが、それでも俺の話を聞こうとしてくれている。
「もちろんその未来に進む途中でふと過去の事を思い出して、最悪昨日の晩みたいな状態になる時もあると思う。それは否定しないし、なんならそればっかりかもしれない。マルナにはだいぶ迷惑をかけると思う。」
「め、迷惑だなんて……」
「俺な、その……マルナのことを親友というか……お姉ちゃんみたいな存在だと思ってる。」
「えっ……!?」
「俺は弱虫で泣き虫で、顔も胸も張れない臆病者だから他人を頼らないと生きていけない。その中でもマルナには無茶苦茶迷惑をかけてしまうと思う。だから──」
俺は右手の小指を上げる。
「……これは?」
「マルナも同じように小指を上げてみてくれ」
「こ、こうですか……」
ぎこちなくマルナも小指を上げる。そして俺の小指をマルナの小指に絡ませる。
「これはな、前世の世界では何か約束を結ぶときにする儀式みたいなものだよ」
「やく……そく……?」
照れ隠しに目を閉じる。
「──指切げんまん、嘘ついたら針千本のーます、指きったっ!」
「…………????」
マルナが物凄い怪訝な表情で俺を見る。うん恥ずい……。
俺は恥ずかしさを噛み殺しながら、口を開く。
「約束する。俺はこの国を発展させて、強くなって、世界で一番平和で楽しくて明るい国を作る。そこで皆と楽しく、幸せに時を過ごしたい。それが俺の夢だし、絶対に実現させてみせる! その過程で絶対に誰も犠牲にさせないし、悲しい思いもさせたくない。もちろん、マルナにも笑顔でいてほしい。その方が元気が出るし、明るい気持ちにもなれるしな!」
「笑顔でって……それはお互い様ですよ……。」
マルナは何か堪えるように顔を伏せる。だが顔を上げるとニッコリと口元をほころばせていた。
「レイン様私からの約束です。何もかもお一人で抱え込まず、悩む前に私たちに相談してください。辛い時は強がらず、正直に言ってください。ゆびきりげんまん、ですっ」
「……あぁ、もちろん!!」
俺も満面の笑みで答える。
正直、これから先どうなっていくのか心配だ。このまま平和にちょっとずつ大きくしていけるのが一番いいが、世の中そんなに上手くいかない。どこかでつまずいたり、高い壁が立ちはだかるかもしれない。それらを乗り越えていくのはとても難しく、険しい道だろう。だが俺は約束した。俺は約束を守る男だし、夢へ進むことへの後押しもされた。俺は何があっても折れない、躓かない、立ち止まらない、できること全てを尽くして夢を叶えてやる。
その時、家のドアを誰かが『ドンドンドンドン』と強く叩く音がする。すぐにマルナが玄関に向かい、ドアを開く。
「なに用ですか」
「朝早くに失礼します!! 至急、レイン様へのご報告があり参りました!!」
どうやら随分と慌てている様子。慌てて俺も玄関に向かう。
「どうした、何があった?」
「と、隣の村が何者かによって襲われたそうです!!」
「しゅ、襲撃……!!??」
「なっ……なんだって!? ひ、被害は!?」
「申し訳ありません……。先ほど情報が来たばかりでわかりません……」
「そうか……分かった。伝えてくれてありがとう。」
「い、いえ。仕事ですので!」という声を背に受けつつ、寝間着から通常着に着替える。着替える最中に、ボタンを外す手は小刻みに震えていた。まるで何かに怯えるように。同時に俺自身も嫌な予感を感じていた。
それらの不安を振り払い、着替え終えた俺はチハたんを起こすためにとなりの車庫へと向かった。
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