マルナ

「うぅ……」


 気がつくと、そこは牢獄だった。いや、地下牢と言う方が正しいだろう。


「レイン様っ!! やっとお気づきになられましたか!!」

「えっ!? ち、チハたん??」


 声の主の方を見ると、そこには元のサイズの一回りも二回りも小さいチハの姿があった。目測、車体の大きさは1メートルくらいの大きさしかない。


「よくぞご無事で……」

「あ、あぁ。どこも悪くは無いけど……。チハ、なんか小さくなってないか?」

「レイン様」

「は、はい」

「お願いがあります」

「は、はい。」


 チハが突然真面目になる。


「その……こ、これからチハを呼ぶ時は、その…………チ、って、呼んで欲しいのです……!」

「………………へ?」


 前言撤回。下心丸出しだった。


「レイン様、これはチハのお願いです。だから約束したとおり、って呼んでください!」

「や、約束……? あぁ、そういえば……」


 ──そういえばそんな約束してたな……。それに、今はこんなことで時間を潰している場合ではない。それにチハたんと呼んでも、変な目で見られるのは俺だけだ。


「……わかったよ。これからって呼ぶよ」

「ありがとうございます!! やったぁ~!!」


 一件落着し、俺は改めて辺りを見渡す。古びた石垣と、錆びた鉄格子で囲まれた空間で窓はない。鉄格子の隙間から外を除くと、向かい側にはチハたんのいる牢屋があり、左右にも同じような牢屋がいくつも並んでいる。おそらくここは地下だろう。


……コツ……コツ……コツ……

「……足音……!?」


 長くなった髪を抑えつつ、そっと足音のする右側を覗く。


 どうやら黒いスーツ? のようなものを着た人と、全身鉄鎧で、槍を持っている人がいた。俺はスっと牢屋の奥に身を寄せる。


「────おやおや、やっと目が覚めたようだね」


 ──バレたか。出来れば素通りして欲しかったんだけどな……。


 しかし、ここで答えないわけにもいかない。


「…………なぜ俺達を牢屋にいれるんですか」

「なぜか? それはもちろん、君は魔人と交流をしていた。それだけで重大な罪だ。」

「それの何がいけないんですか」

「魔人は皆、汚らわしい存在なのだよ。魔人の者は魔人だけが幸せでいればいいという種族主義を掲げ、他国を侵攻するような者なのだよ。それに加担使用者なら老若男女、罰さなければならぬのだよ。」


 スーツ……いや、大臣のような服を纏った男はわざとらしく口元を歪めて言った。


「しばらく待っていたまえ。あるのでな」


 そう言うと、また左に向かって歩いていった。


「……!? シャーリス……! マルナ……! ベレッタ……! リュンテ……!」


 4人が縄に繋がれて、暗い廊下を連れられていた。


「……ここまでです」

「まさか……!」


 その問いにシャーリスは悲しげな笑みを浮かべるだけ。マルナ達3人も顔を伏せるだけで何も言わない。


 ──死ぬつもりだ。……いや、殺されるつもりなのだ。


 ふと、先刻の大臣らしき人の言葉がよぎる。


 ──


 まさか用事というのは……。


「早く歩け!」


 衛兵が怒鳴り、また4人は歩き始める。


 俺は4人を助けれる方法、いや手段を思いついた。……いや、何通りもあるしどうとでもなる。だが、それらは全て過激な上に、少なくとも人間社会で生きていくことは出来ないだろう。


 それでも、俺は冷静だった。なぜならもう、俺は魔人である4人を助けると、味方をすると決めたからである。


「──絶対に助けてやるからな……!」


 俺は今まで無言を貫いてくれていたチハたんに話しかける為、息を吸った。


──────────


 処刑台の前に立ったマルナは、今から自分の命を絶つ刃を見上げる。その刃の輝きは、今まで1度も戦争を体験していなかったマルナを嘲笑うかのように、ギラギラと輝いている。


 ──今思えば私は幸せで、その分不幸であったとも思う。


 マルナ・カルタは、魔人の住む地域の辺境に生まれ育った。その時はまだ魔人の国などはあまり成立していなかったため、組織的な内政や軍隊は存在していなかった。しかし、魔人は他の種族よりも個々の身体能力が高く、相手が普通の人間ならば1VS1タイマンはもちろん10対1でも対等に戦えるため、どの種族どこの国も魔人には手を出さなかった。


 それもあってか、10歳の時まではとても幸せな生活を送れていた。別に裕福な訳ではなく、むしろ貧乏であったが両親はマルナに村の学校に通わせてくれ、テストで高得点をとった時などはいっぱい褒めてくれた。


 休日は両親の家事の手伝いや可愛い弟の相手もしばしば、友達と遊んだりして何不自由ない幸せな時間を過ごしていた。


 10歳までは。


 マルナが10歳になってすぐ、人間の襲撃があった。


 ごくたまに頭の悪い冒険者が騒動を起こしたり、怪しげな人間が来る時があるが、それらは全て何の苦もなく村のオヤジさん達が解決、撃退してくれていた。だが、その日は違った。


 マルナ以外、ほとんど皆死んでしまったのだ。


 襲撃してきた人間の数は数え切れないほど沢山いて、村のオヤジさん達が倒しても倒しても湧いてでて、疲労のあまり動きが鈍くなったところを付かれて皆殺された。


 ちょうど村を襲撃されていた時、マルナとその友達3人は近くの森に遊びに行っていた。そして、騒ぎに気づいたら頃には遅かった。


「ひっ…………」


 森の中で襲撃者と鉢合わせ、剣を向けられた時、マルナは恐怖のあまり体が凍りついた。自分に向けて振られる剣を見ても、ただ見ていることしか出来なかった。


「…………え?」


 マルナに斬るはずだった、いや斬るべきだった剣は、友達の1人の胴体を斬った。


 その後の事は覚えていない。


 気がついたら周りには血の海で、襲撃者と友達3人の死体が横たわっていた。マルナは大した傷は負ってはいなかったが、判別がつかないほど浴びだ他人の血で、生き残った村の大人に近くの病院に連れていかれた。そこで、見てしまったのだ。


「マル…………タ…………?」


 生きているのか死んでいるのかの判別さえ出来なくなったヒトの中に弟のマルタの姿があった。


 否、マルタだったモノがそこに横たわっていた。


「マルタっ……! 起きてくださいマルタっ……!!」


 どれだけ揺すっても、どれだけ揺すっても…………マルタは冷たく凍りついたままだった。いつもなら嫌がるはずの抱っこも、今は何も言わず大人しくマルナの腕の中にいる。皮肉にも、この時マルナは初めてマルタを抱っこできたのだ。


 それに追い打ちをかけるように、マルナの元に両親が死んだという知らせが来た。それはこの日、マルナから全てが奪われた日であるということを突き付けられたという事でもある。


「──ころすッ……!! 絶対にころしてやるッ!! 私から……私達から何もかも奪い去った人間なんか、みんなみんな殺してやるぅッ!!!!」


 それからマルナは、襲撃から数ヶ月後にできた魔人の国【デルタ】で自ら軍に入ることを志願した。しかし、子供を戦場に連れていく訳にはいかないと言われ、仕方なく医療部隊に着くことになった。ちなみに、シャーリスと出会ったのもこの時である。


 医療部隊に入隊し、しばらく経った頃、村を突然襲撃してきた人間達の正体がわかった。この付近で1番の大国である【グッシュダルド】である事が分かった。


 グッシュダルドは強大な軍事力、経済力を誇り、国都【グッシュダルド】は全体が壁に囲われ、中央にそびえ立つ城を囲うようにレンガ造りの街が広がっている。さらに街の中には冒険者ギルドの支部がいくつかあったりもする。


 そんな強敵が敵になったのだが、最初の三年間はデルタが優勢であった。


 そう、……。


 戦いも三年目に入り、もうそろそろ国都グッシュダルドが見えてくるくらいになった頃、英雄悪魔が現れた。


 その英雄悪魔の名はルインス・エル・バランタイン。


 彼は順調に快進撃を続けていたデルタ軍の前に単身で現れ、その魔人の軍勢を


 その後主力を失ったデルタ軍は敗走を続け、情勢は全く逆、いやそれ以上に酷い状態になってしまった。その窮地を打開すべく、デルタ国の首相達は国家総動員を発表、戦える者は皆武器を持ち、戦うことになった。


「そ、その話し本当ですか!?」


 その知らせに、マルナは飛び上がって喜んだ。理由はもちろん


「やっと……やっと仇をとることが出来る…………!」


 早速軍に志願すると、三年前とは違いすんなりと入ることが出来た。だがここでもまた、マルナは忍耐を強いられることになった。


 なぜなら、マルナは全くと言ってもいいほど剣や槍、弓や盾等の才能がなかった。だからその分、他の人よりも長い育成期間を経て、マルナはやっと戦場に出ることが出来た。それが今回の戦である。、


 だけれど、蓋を開けてみればその戦闘……いや戦果は全くのゼロ、そして逃げることも許されず今から命を絶たれようとしている。


 ──殺される。…………死ぬ……。


「っ…………!!」


 死の実感? というものか。今更ながら、もう自分は死ぬのだと実感が湧いてくる。そして、それと共に死の恐怖が湧いてきた。


 ──死にたく、ない…………!!


 恐怖のあまり手が震える、足がすくむ。マルナの綺麗な紫色の目から涙が溢れ出る。


「怖い…………!!」


 今にも泣き出しそうになる。


 そして、ついに処刑台に立たされる。処刑台の下には赤いマントをまとい、黄金の冠を頭に置いた初老の王、鉄の鎧で全身を纏い、剣や槍を持った沢山の兵士と、杖を持った術師、そしてマルナ達に罵声を浴びせる民衆がいる。


「これより憎き魔人の残党の処刑を執行する!! こやつらは我々人間の利権を脅かし、多くの同胞を殺した!! その者達の仇を! 無念を! 今この者共に知らしめるのだ!!」


 マルナ達を連れてきた大臣は高らかに言った。


「──やれ!」


 声とともに、処刑台の隣に立つ兵士が刃を固定する縄を解くため、結び目に近ずいた。


 ──ここで、……。


「──そこまでだ」


 罵声がひしめく中、その声は何よりも大きく、そして力ずよく響いた。


『キャラキャラキャラキャラ………………』


 聞きなじみのない音に、わめいていた民衆も静まりかえり、その後も『キャラキャラ』という音は鳴り続け、止んだ。


 マルナは音のする方を向き、その瞬間、驚きや疑問、希望と困惑など様々な感情が渦巻いた。


 鉄板で全面を囲い、左上に砲塔がある特徴的な形。そして砲塔の上に、迷彩色の軍服を着た少女がいる。


 なぜ人間が魔人の味方を、それに圧倒的に不利な状況なのにもかかわらずこの場にきたのか。そして、もしかしたら私たちは助かるのではないかという希望、そんな不確定で低確率で敵であるはずの人間に対して希望を抱いている。そんな自分自身に困惑した。


 助かるはずがない。勝てるはずがない。なぜならこの場に英雄悪魔がいるから。たとえ可能性があっても、それは薄い雲に覆われた夜空の中の名もなき小さな星ほどの光だろう。だがそれでも、たとえ今にも消えそうな弱々しい光であっても、マルナは信じた。


「……お願い……助けてください……。レインさん……!」


 険しい表情ではあるが、それでも可愛らしい顔立ちと、水色の美しい瞳。光沢をおび、腰の高さまで伸びた艶やかな白髪。手すり(鉢巻アンテナ)を握っている手は透き通るような白い肌。そのすぐ横にあるタブレットには【└('ω')┘】と、絵文字が映し出されている。


 一瞬、レインの水色の瞳とマルナの紫色の瞳が合った。すぐにレインは目を逸らし、恥ずかしそうに左手で頬をかく。しかしすぐに目線を戻すし、口元を「俺に任せろ」と動かした。


 嬉しかった。マルナは5年前から、10歳の時からずっと一人で何事もこなしてきた。だからだろうか、「任せろ」という一言が、その一言だけでマルナの気持ちは救われた。


 ──……その言葉に、甘えさせてもらいます。


 また瞳から涙が溢れ出る。だが、処刑台に立った時とは、一人寂しさに泣いた夜とは、悲しみと後悔に打ちひしがれて流した冷たい涙とは違った。


 そして、胸から込み上げてくるこの気持ちも違う。暖かくて暖かくて……暖かかった。


「…………絶対に……絶対に、勝ってくださいね……」


 ──生きて帰れたら……いや帰ったら、お礼を言おう。

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