チハ、誕
「…………」
あれから数分間、戦車の周りを回って調べてみたものの、調べれば調べるほどこの戦車がチハで、かつ本物ということしかわからない。まだ戦車の内部には入っていないものの、入るにはだいぶ躊躇われる。理由は単純、なんか臭そうだからだ。それに戦車の中にあるものといえば砲弾とか銃弾とか……絶対に今必要のない物ばかりで……、
「……いや、そうでもないかもしれない……!」
わんちゃん服あるのでは! という希望を抱き、俺は足早に車体の上に乗る。
とその時、公道の方から大きな足音が聞こえた。いや、沢山の足音が重なった音がどんどん近づいているのだ。明らかな殺気をヒシヒシと感じた俺は、ハッチが開いたままの砲塔からスッと内部に入る。もちろん、中に軍服とかでも良いから布類入ってないかな~と、細やかな希望を抱かなかったと言えば噓になる。
「……っしゃ!!」
予想的中――いや希望的中と言うべきか、戦車の中に服……軍服があったのだ。欲を言えばTシャツとか……いや戦車なら軍服でいいやん! と正当化、早速手に取ってみる。
……女性用とかあんのかな――と今までとは無縁の考えを抱きつつ袖に通してみ――、
「…………もうすぐですね……」
突然声が聞こえ、俺は我に返る。そういえば謎の足音が近づいてきているのだった……。服があることに興奮しすぎてしまった……。
「この人数で倒せるのでしょうか……」
「数より質って言うだろ? だから大丈夫だって!」
「その質でさえもアイツには敵わないけどね……か、確認だけどアイツ今他の国に行ってるのよね……?」
「……ええ、この情報は確かだと思いたいですね」
「確証無いの!?」「なんで今さら「思いたいですね~」って!? 無計画にもほどがあるでしょ!?」「そこで自信無くされたら、情報を信じて来た身からしたらだいぶ怖いんですが!?」
等々……どうやら四人だけのようで、声質からして女性のようだ。声だけ聴いていればただの散策か……。それとも何かの修行か? 異世界だけに。
そんなことを考えていると、ますます話し声が近づいてくる。そして俺は、悪いとは思いつつも盗み聞きをする。
「……この前の戦いでアイツ、私ら2000人に対して一人で勝ったらしいな……」
フムフム、どうやら彼女たちの国、もしくは組織はとんでもない国を敵にして戦っているらしい。普通こういう事に出くわした時は首を突っ込むのが異世界転生した者の常識なのだろうが、今現在の状態では手を貸すことは――。
――いや、ここで俺が手を貸さなかったら彼女達はどうなる? さっき2000人の兵を一人で倒した奴がいるといった。そんな化け物がいる所に向かうこの四人は大丈夫だろうか……いや、そもそも生きて帰れるのかすら分からない。きっと彼女達は死をも覚悟したうえで、今会話をしながら死地に向かっているのだろう。
――彼女たちは今、どんな気持ちなのだろうか……。
そして、それを見て見ぬ振りをする俺はなんて酷くて醜い奴なんだ。もしここで何もしなかったら、俺は一生後悔してしまうだろうし、何より救える命を見捨ててしまうことになる。それだけは……それだけは絶対に嫌だ!!
「…………よし……!」
俺はすぐにハッチを開け、今戦車を見つけたらしく静止している彼女を見据える。すぐに彼女達も俺に気づいたらしく、さっと武器を向けてくる。
「名前を名乗りなさい!」
「ッ……!」
――やばい、俺まだ名前決めて無いやん!!
転生して女になったから、もう転生する前のそこそこ気に入っていた
「「「「「!?」」」」」
いきなり自分の体が発光し始め、俺はもちろんこの場にいる五人全員が驚く。
そして発光が収まると、俺の視界中央にこんな文字が現れた。
【
いきなりの
「い、今何をしたっ……!」
美しい赤色の髪をした子が、あからさまに驚いた声で言った。できれば説明した方が良いのだろうが長くなりそうだ。
「……とりあえずこの事は置いといて……っと」
なんやかんや説明するのが面倒くさくなった俺は、チハの車体から降り、「コホン」と咳ばらいをしてお嬢様方四人を見る。
「俺の名前はレインだ。別に俺は君達の邪魔がしたい訳じゃない。むしろ手伝いたいと思ってる。」
「……信じるに値する、根拠はあるのですか?」
「正直に言うと無い。けど、敵対する理由も、必要も──」
「と、とぼけないでください……! 魔人と人間が敵対しないなんてありえません……! 今まで…………今まであなた達人間が私たちにしてきたこと、忘れたとは言わせませんよ……!」
「え、えぇ……!?」
紫色の髪をした子は、手にある短めの剣を凄い力で握りしめ、殺気の篭った目で俺を見ている。
「あなた達は……人間は私の、私達の村を襲って老若男女問わず皆殺しにした! なのに今更、「敵対する理由も必要も無い」なんて……!」
目に雫を浮かべて訴える子の剣を、艶やかな黒髪の子が手を向けて制する。
「落ち着きなさいマルナ。焦りは禁物よ。特に、こんな緊迫した時は、ね。」
黒髪の子は金髪の子をチラッとみると、金髪の子はコクリと頷く。
「────そう……。あなたが私達に敵意が無いこと、なぜか協力的なのは分かったわ。でも一応──」
「両手を上げてください!」
別に逆らう理由も無いため素直に手を上げる。
「それでいいわ。」
「一つ、質問させてください。なぜいきなり新たなスキルを手に入れれたのですか?」
「……う〜ん……。」
なんとも難しい質問だ。なんせ俺自身、どうやってスキルを習得するのかすら分からないからだ。「なぜ」と言われても、こっちが知りたい。
しかし、状況的に一瞬挙がった好感度──おそらく相手の思考とかを読み取るスキルとかで俺の気持ちが伝わった──が、説明できない、教えることができないとなったら一瞬で落ちるだろう。だからどうしても方法を突き止めなければならない……。
そういえば、さっき
「────」
長考の末、俺はちょっと試してみることにした。もし想像しただけでスキルが習得、下手したら想像したことが実際に行使できるのならば、左の戦車、もとい中戦車チハに命を与えることもできるはずだ。なぜそんな事をするかと言うと、自分の能力を確認したいのもあるが、何より1人で戦車を動かすことは無理だということを、今更ながらに気づいたからだ。
「──ちょっと試してみても良いかな?」
「……いいでしょう。」
俺の思考を読める、いや相手の思考を読めるのだろう金髪の子を見て問うと、すぐさま許可がおりる。
体の向きを左に変え、中戦車チハの車体に手を添え、瞳を閉じる。
「────」
命を与える、命を注ぐとは一体どんな感じなのだろうか。俺はあれこれ考えた末、一つの結論に至った。
愛だ。親が子にそそぐような愛。そんなイメージをし、加えてチハが己の意思で草原を走っているイメージをする。
「「「「っ…………!?」」」」
4人が一瞬息を飲んだような気配がした。目を開けると、鮮やかな青色に光るチハの姿がある。そして触れる手も、いや恐らく体全体が青く光っているのだろう。
──予想通りだ!
やはり、俺は何かしらのスキルを習得している。多分
──そんなんチーターやん!!
どこかで聞いた事のあるセリフを心の内で叫ぶと同時に光が収まる。
「「「「「…………」」」」」
一同が見守る中、いつの間にか砲塔の上面に設置されたタブレット? のような物に顔文字が映る。そして、その目が「パチッ」と開かれた。
「──とりあえずまず、こんにちはと、言うべきですかね。」
「よしっ!」
「なんと……」「一体どうやって……」「喋った……!?」「…………ふむ……」と、驚きの声が聞こえてくる。
「ご主人者もとい、レイン様。私はチハと申しますです。知っていると思いますが。」
「お、おう……って、撃つなよ……?」
砲塔をこちらに旋回させるので慌てて忠告したが、この忠告はフリになってしまうのでは……!?
現在、チハの砲身は俺の顔に向いている。もし砲弾が発射されたら、たとえ榴弾であっても貧弱な人間の肉体では一瞬にして砕け散ってしまうだろう……。
とその時、右にいる四人の内の黒髪の子が近づいてくる。
「……レイン、と言ったかしら。コレ……チハというの? 触ってみても?」
「ま、まあいいんじゃ──」
『ドォン!!!!』
いきなり、チハの57mm砲が轟音を轟かせた。一応俺には当たってはいないが、木が何本か倒されたようだ。
「ち、チハッ……!? い、いきなり撃つなよ!!」
「──どいです……」
「…………ん……?」
「酷いですっ!!」
「な、何が……!?」
……いや待てよ。この声と喋り方とかからして、このチハ
「……ち、チハは……チハは……レイン様以外には触られたくありません…………」
「な……」
ちらっと四人を伺うと、なんともいえない表情で俺を見ていた。明らかに引いている。
「えちょま……へ……!?」
明らかにパニックになる俺を見て、今度はチハが行動を起こす。
「……そういえば、なんなんですかさっきからあなた達!! いくらレイン様が素晴らしい方だとしても、チハからレイン様を引きはがそうとする者、レイン様を侮蔑する者はこのチハが許さん!!」
──その侮蔑の視線を送られてるのはほとんど君のせいなんだけど!?
心の内で叫ぶ。と、また金髪の子からなんとも言えない視線を浴びる。
「勝負……いや、戦争だっ! チハの戦意を作ったのは貴様らだから貴様らが悪いんだぞ!!」イライラ(º言º)
「いやいやいや……!? それはどう考えてもおかしいやろ!?」
今度こそ叫ぶ。どう考えても意味不明だ。
「ふふふ……いいわ。やってやろうじゃないの!!」
「な、なんで乗り気なんや!?」
「ならば
「えぇ……!?」
──なんだここは……戦闘狂しかいないのか……? と、俺は何を言ってもダメそうだと諦める。
こうして、後に俺の相棒となるチハの初陣は決まったのである。意味不明な理由で。
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