悟さんの部屋についた。

 部屋の中はあったかくて、ほっとした。


「飲みもの、ほしい?」

「ううん。今は、だいじょうぶ」

 コートを脱いでいたら、悟さんが木のハンガーを持ってきてくれた。

「ありがとう……」

「かけておく」

 そのまま、持っていってくれた。


 悟さんが、かわいいスリッパをだしてくれた。お礼を言って、足を入れた。ボアがあったかい……。

 リビングの床に、小さな加湿器が置いてあった。白い煙みたいな蒸気が、ぼわっとでてる。前に来た時には、なかった。買ったのかもしれない。

「座ろうか」

「うん」

 ソファーに、並んで座った。

「あのね。紗希ちゃんが、誰か、いい人いませんかって」

「……え?」

「彼がほしいんだって」

「君たちって……。それ、俺に聞くようなこと?」

「だめかな……」

「だめっていうか。まあ、いいけど。

 どういう男がいいの?」

「まじめな人がいいって」

「うーん」

 考えこんでしまった。

 わたしは、悟さんの顔を見ていた。もう、すっかり見慣れてしまった。

 はじめて会った時に、あれっ?となったことを覚えている。はじめて会うような感じがしなかった。わたしがじっと見ていると、悟さんもわたしを見た。

 たぶん、あの時から、なにかが始まっていたんだと思う。

「兄貴がいるけど。いや、でも……」

「お兄さん、いるの?」

「うん。両親が再婚して、連れ子どうしだから、血はつながってない」

「どんな人?」

「つかみどころがない……。ちょっと、変わってるよ。まじめなのは、確かだけど」

「紗希ちゃんに、合うと思う?」

「どうかな。たぶん、女性とつき合ったことがない」

「えっ……」

「今、29才」

「五才上……」

「離れすぎかな」

「わかんない。会ったり、できる?」

「話してみるけど。紗希に合うかどうかは……」

「お名前、聞いてもいい?」

「いいよ。誠実の誠で、まこと

「誠さん……」

「そう」



 寝室で、悟さんとした。

 冬にするのって、寒いけどあったかい。わたしが言った言葉に、悟さんが笑った。

「そうかもしれない。もう、着ていいよ」

 わたしの下着と服を渡してくれた。

 上の下着は、うちから持ってきたタンクトップだけにして、フリースのパジャマを着た。

「お風呂は?」

「入ったの。あとで、顔だけ洗いたい」

「そうか。俺は、入ってくる」

 下着姿の悟さんが、外していた眼鏡をかけ直す。ベッドから下りていった。


 わたしは、布団の中で、うとうとしていた。

 幸せな気分だった。

 悟さんと一緒にいると、安心できる。紗希ちゃんも、そうだったのかもしれない。

 わたしたちも、いつかは、それぞれべつの場所で暮らすことになるんだろう。紗希ちゃんは、さびしがるかもしれないけど……。


 ベッドが沈む感覚があって、目がさめた。

 悟さんだった。

「ごめん。起こした?」

「ううん……。ねえ、悟さん」

「うん?」

「結婚って、考えてますか?」

「なに、急に……。なんで、敬語?」

 笑ってる。

「わかんない」

「考えてるよ。このまま、俺と暮らしてくれる?」

「……えっ」

「入籍は、早い方がうれしいな。紗恵ちゃんの仕事は、どっちでも。続けてもいいし、辞めてもいい」

「えっ、えっ?」

「びっくりした?」

「う、うん……」

 軽い気持ちで聞いたのに。悟さんの中では、結論がでていたみたいだった。

「結婚したい?」

「うん」

「そう……」

 気が遠くなった。ずっと先のことみたいに、思っていたのかもしれない。

「嬉しそうじゃないな」

「え、ううん。先のことだと、思ってたの」

「いつかは、したいと思う?」

「いつか……? わかんない。少し、考えさせて」

「わかった」

「ここって、わたしが住んでも平気なの?」

「うん。管理会社に報告すれば」

「そうなんだ……」

 プロポーズされてしまった。プロポーズ? ほんとに?

 今日は、バレンタインにあげるチョコをどこで買おうかなって、紗希ちゃんと話してたのに。ぜんぜん別のことで、頭がいっぱいになりそうだった。

「歯をみがいて、ねる……」

 ベッドから下りたら、足がよろけてしまった。悟さんが、慌てたように、後ろから下りてきた。

「大丈夫?」

「う、うん」

「一緒に行こう」

 手をつないでくれた。うれしかった。

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