2.ビター・チョコレート
1
「手作りにする」
紗希ちゃんは、気合いに満ちていた。
「……ふーん」
「ふーんじゃ、ないって。どう? 手作りって。いたい?」
「いたくはないけど……。溶かして、型に入れるくらいしか、思いうかばない」
「だよね。あたしも、そう」
「渡したい人、いるの?」
「いる。会社の後輩」
「もう、つき合ってるの?」
「ちがう。ちょっといいかなって。それぐらいの」
「いいけど……。相手の人だけ本気になって、紗希ちゃんは引いちゃうとか、かわいそうだから、やめてあげて」
「ならないって。そんな、かんたんに……。
年上の女って、どうなの?」
「わかんない。しらない」
「悟さんで、こりたはずなんだけどね。バレンタインデーを口実にして、動いてみようかと思って」
「そっか……」
その日の遅い時間に、悟さんが会いにきてくれた。
部屋の近くで待ち合わせて、歩いてすぐのところにある、ファミリーレストランに行った。アパートで会うのは、紗希ちゃんに悪いと思って。
うすく、お化粧をしていた。
なにか言われるかなと思ってたけど、なにも言われなかった。
二人とも、ごはんはすんでいたから、飲みものとケーキを頼んだ。ケーキは、わたしだけ。
「土日は、お休み?」
「うん」
「今日、うちに来ない? 泊まってほしい」
「えっ。準備、してない……」
「取りに行ける? 部屋の外で、待ってるから」
「え、どうしよう……。紗希ちゃんに、聞いてから」
悟さんが、ため息をついた。
「ごめんなさい」
「紗恵ちゃんの気持ちは?」
「泊まっても、いいけど……。部屋を出る前に、教えてほしかった」
「俺も、そういうつもりじゃなかったんだけど。
紗恵ちゃんの顔を見たら、どうしても、つれて帰りたくなった」
「お化粧、したから?」
「違うよ。かわいいのは、事実だけど。
紗恵ちゃんと出会ってから、ちょうど一年になるなと思って」
「うん……?」
「あの頃から、かわいかったけど。最近は、もっとかわいくなった」
「えぇー?」
ほんとかなあ……。疑わしかった。
「あの、……するの?」
「できれば。紗恵ちゃんは?」
「しても、いい……けど。荷物とか、取ってこないと」
「じゃあ、取りに行こう」
「う、ん」
わたしが部屋に戻ると、紗希ちゃんは、お風呂からあがったばかりみたいだった。
髪が濡れている。肩に、黄色いタオルをかけていた。
「早いね。もう解散?」
「ううん。……お泊まり、してくる」
「えー?」
「いや?」
「いやじゃないけど。さみしー」
「ごっ、ごめんね……」
「あたしも、彼氏がほしいなー。
ねえ。悟さんに、聞いてきて」
「な、なに? なにを?」
「紗恵みたいな、まじめな人とつき合いたいんだけど。どこに行けばいいの?
悟さんのお友達に、いい人いませんかって、聞いてきて」
「えぇー……」
「ハードル高い?」
「高すぎる……。うん、でも、わかった」
着がえを用意して、鞄につめこんでいく。
わたしの様子を、紗希ちゃんがじっと見ていた。
「行ってくるね」
「はいはい。気をつけてね。明日は、何時に帰るの?」
「わ、わかんない……。もし、明日も泊まったら、ごめんね」
「まじか……。あたしも、行ったらだめ?」
「だ、だめ……。行って、どうするの?」
「どうもしない。そのへんに、いるだけ」
「へん。そんなの……。
連絡だけは、ちゃんとするから……」
「うん。じゃあね」
紗希ちゃんは、さびしそうだった。
玄関のドアの外に、悟さんがいた。
「いいって?」
「うん。行く……」
「鞄、貸して」
持ってくれるみたいだった。ボストンバッグを渡すと、片手にさげて、反対の手を、わたしに向かって差しだした。
「行こうか」
「……うん」
バス停に向かって、二人で歩いている。
冷たい風が吹いていた。
コートを着ていても、寒い。さっきまでよりも、もっと寒く感じた。
「手が冷たいな」
「ごめんね。手袋して、いい?」
「いいよ」
コートのポケットから、スエードの手袋を出して、はめた。
「俺があげたやつだ」
「そう」
「あったかい?」
「うん」
「よかった」
「あのね。雪が、ふるかもって」
「ああ……。そうなんだ」
「さむい、ね」
「寒いな」
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