第10話
サークルの飲み会から一週間後。祐輔を含めた何人かと部室で話をしていたら、勇人が入ってきた。祐輔と目が合うと、急にニタニタした顔に変わる。そして、妙にテンションが高い声で、祐輔に話し掛けてきた。
「おっ、祐輔くんじゃないですか」
「ああ、勇人。お疲れ」
祐輔は一瞬だけ勇人を見て、応えた。
「んだよ、冷たいな。そういえば、お前さ。昨日、◯◯にいなかったか」
「えっ?」
祐輔の表情が一瞬固まる。
「ちょっと雰囲気違ったけど、多分お前だと思うんだよね。確かおっさんと一緒だったよな。腕を組んでラブホから出てきたじゃん」
「そっ、そんなの知らないよ」
予想していなかったことを突然言われたからなのだろう。動揺が丸出しだ。この前、美紀先輩を助けた時とは違い、口げんかが下手な祐輔になっている。
「へぇ、あくまでもシラを切るんだ。でも、あれはお前だと思うぜ」
「な、何を根拠にそんなこと言えるんだよ」
「え、根拠? それならあるさ。ボクが見た奴が着てた服。前の飲み会にお前が着てきたのと一緒だったんだよ」
「なんだよ、そんなことか。同じ服なんていくらでも売ってるだろ」
「いやぁ。実はそんなこともないんだな。ボクもお前が着てるのを見て『良いな』って思ったから、調べたんだよ。そしたら、ある店だけで売ってる限定品だってことがわかってさ」
「そうは言ったって、同じ服なんていくらでもあるだろ」
「確かにな。ボクも同じサークルの奴が男に身体売ってるだなんて、信じられないからね。もっと確かな証拠がないかって思ったんだ。そしたら、あったんだよ」
「何が?」
「お前、首のところにホクロがあるだろ。ボクが見掛けた奴にも同じところにあったんだ」
祐輔はとっさに首もとを隠す。
バカ!そんなことをしたら、認めたようなもんじゃないか。
それを見て、勝利を確信したのか勇人は続ける。
「お前さ。急に羽振りが良くなったから、身体売ってるんじゃないかってウワサがあったけど、まさかマジだったんだな」
「違うっ!」
祐輔は絞り出すように何とか声を出したが、涙目で身体を震わせているのが明らかにわかる。
「いやぁ、人は見かけによらないもんだな。金目当てで男とヤるだなんて、想像しただけでも身震いするぜ」
周囲にいた外野も「えぇ、そうなんだ」とか「やっぱりおかしいと思ってたんだ」とか好き勝手なことを言いはじめている。
このままだとヤバい。何とかこの流れを止めないと。俺は二人の間に割って入った。
「はぁ? お前、何言ってんだよ。昨日、祐輔は俺と一緒だったんだぞ。◯◯なんかいる訳ないだろ」
実際には一緒にいなかった。けれど、俺は家にいたからアリバイなんてなんとでも言い訳できる。
勇人は大きな音を立てて、舌打ちした。
「『祐輔係』のお前の言うことなんて信用できるかよ。じゃあ、二人でどこにいたんだ?」
「俺の家だよ」
「そんなんじゃ、アリバイになんねえんだよ」
「俺が『いた』って言ってるんだから、いたに決まってるだろ」
勇人は何か思いついたのだろうか。先までイラついた表情から、黒さを感じさせる笑顔に変わった。
「あぁ。お前ら、もしかしてホモ達だったのか。道理でいつもベタベタしてる訳だ」
「てめえ、ふざけんな!」
思わず勇人の襟元をつかむ。
「じゃあ、祐輔のこの状況、どう説明するんだよ。どう見ても『本当です』って言ってるようにしか見えないぜ」
「急にこんな酷い濡れ衣着せられたら、動揺くらいするだろ」
「流石、貴史。最愛の祐輔のことは何でもわかるんだな。でも、お前さ。そいつ何人もの男と寝てるんだぜ。わかってんのか?」
「ブっ殺す!!」
俺はより強く力を込めたが、勇人は余裕の表情だ。自然と拳が上る。
「やめなさーい!!!」
声を張り上げたのは美紀先輩だった。この身体のどこにそんな力があったのかと思う迫力に勇人も俺も圧倒されてしまった。
「勇人くん。祐輔くんのことを『見た』っていうけど、不確かな証拠よね?ホクロだって、それなりに近付かないと見えないでしょ。祐輔くんに気が付かれずに確認できるかしら」
「ボク、ちゃんと見ました」
「仮にそれが祐輔くんだったとしても、そんなこと確認することに何の意味があるっていうの? こういうやり方をするだなんて、ただのイジメじゃない。勇人くんにはガッカリした」
「美紀先輩ぃ」
最愛の美紀先輩の否定にさっきまでの威勢はどこへやら、勇人はすっかりへこんでいる。
ざまぁみろ。そう思っていたら、今度は美紀先輩がこちらに振り返った。
「貴史くんもカッとなり過ぎ。あなたにとって祐輔くんが大切な友だちなのは知ってるから、気持ちはわかるわ。けど、暴力を振るって相手を黙らせようとするのはいい方法だとは思えない」
「はい。すみません」
俺は深く頭を下げた。
「みんなもこの件は一旦終わり」
美紀先輩の言葉でそこにいたメンバーは次第と散っていった。美紀先輩が俺に近寄ってきて、耳打ちをする。
「貴史くん、今日はもう祐輔くんを家に送ってあげて」
確かに祐輔はまるで抜け殻のようになっていた。仕方ない。俺は祐輔を部室の外へ連れ出した。
相当ショックだったのだろう。こちらから話しかけても、家に帰るまで「ああ」とか「うん」とか答えるだけだった。
とうとう家の前まで来た時、祐輔はようやく口を開いた。
「オレのせいで。貴史にまで、迷惑かけちゃったな」
あたかも独り言のようにつぶやく。
「大丈夫だって」
「でもーー」
「気にするなよ」
「うん、ありがとう」
祐輔は動きが止まった後、絞り出すように続けた。
「あのさ、貴史。もし、迷惑じゃなければ今日は家に泊まっていかない?」
今日はこんな状況だ。話をゆっくり聞いてやるのも必要かもしれない。
いや、待てよ。今日は確か水道の修理が来るんだった。親はまた二人で旅行に行ってるから、俺が立ち合うことになっている。別の日にしてもらうか。とはいっても、ずっと不便なままでも困る。
じゃあ、恵里に頼むか。
でも、アイツも今日は彼氏とデートだって言っていたっけ。今からこのタイミングで頼むとしたら相当面倒くさそうだ。さて、どうしようかーー。
考えていたら、祐輔はすまなそうな顔をして俺に言った。
「急にゴメン。何かあるんだろ。オレは大丈夫だから」
「そうか。じゃあ、今日は帰るな。ゆっくり休めよ」
「うん」
家へ帰って用事を済ますといろいろあった疲れもあって、俺はさっさと寝てしまった。
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