第2話
とりあえず祐輔に協力することは決まった。けれども、実際にはどうしたらいいんだろうか。だって、つまりアレだろ。
だんだん後悔しはじめた頃に備え付けの電話が鳴った。俺は受話器を取る。
「フロントです。夕食のご用意ができましたので、レストランまでお越しください」
「わかりました」
電話を切ると、祐輔は俺に聞いてきた。
「何だって?」
「夕飯ができたってさ。行こうぜ」
とりあえず目の前にある問題から逃れるために、俺は祐輔を急かして部屋を出た。
ホテルは伝統的な日本旅館といった風情の内装だ。ところどころ古びてはいるけれども、それがむしろ味わいを感じさせる。格安ツアーとは思えない。恋人と一緒だったらさぞかしロマンチックな時間を楽しむことができるだろう。
それに対して、俺たちといったら。
あまり考えても今の自分の境遇とのギャップで一層虚しくなるだけだ。俺はそれ以上の思考を止める。
レストランは外が眺められるようになっていた。目の前には整えられた日本庭園っぽい景色が広がっている。夜でも雰囲気を楽しめるようにという配慮だろう。ところどころライトアップされている。
光沢のある黒いテーブルに通されて、周囲を見渡す。やっぱりカップルが多い。男二人の俺たちは、場違いなところに足を踏み入れてしまった。そんな気がする。
椅子に座った祐輔がつぶやいた。
「なんか、凄いな」
「ああ。俺たちには不釣り合いな気がする」
「でも、いいところじゃん。オレ、気に入ったよ」
祐輔は笑顔を浮かべている。
「けど、このカップルの中で俺たちだけ男二人だろ。ゲイカップルっぽくね?」
「そうか? オレはあんまり気にならないけど。男二人でいても、普通はカップルだなんて思わないだろ」
確かに祐輔が言うことにも一理ある。俺は自意識過剰になっているのかもしれない。
タイミングを見計らったように仲居さんが近付いて来て、「お料理をお持ちしてよろしいでしょうか」と声をかけられた。
鴨とナスの先付けからはじまり、お吸い物や刺身などが色とりどりの器で出てきた。景気付けで頼んだ小瓶のビールを分けあい、「いただきます」で箸を付けはじめる。
出されたものを夢中になって食べているうちに、夕食は終わっていた。祐輔はメインの和牛のステーキが気に入ったみたいだが、俺はあっさりとした栗ご飯に感動した。
デザートの梨のコンポートを堪能していたら、さっきまで食事に夢中だった祐輔が感慨深げにうなる。
「本当に、美味いごはんだったね」
「確かにうまかった」
「この数ヶ月、金がなくてまともな食事ができてなかったっていうのを差し引いても、人生で五本の指に入るよ」
「そうか。って、お前最近どんなもん食べてたんだよ」
「えっと。炒めたもやしとごはんだけとか。一週間、百円のバナナと『子どもの成長にいい』ってキャッチフレーズのお菓子一箱って時もあったな」
あまりに無茶苦茶な食生活に思わずため息が出てしまった。
「だって、しょうがないじゃん。今のオレは一円だってムダにできないんだよ」
「そうは言っても、限度があんだろ」
「オレだってわかってるよ。それが良くないってことくらい。だから、恥を忍んでお前にあんなことーー」
祐輔の声は小さくなっていき、最後まで聞き取れなかった。俺もなんて取り繕えばいいのか思い浮かばない。
二人の間に沈黙が生まれる。
気まずさを打ち消すように祐輔が言った。
「それはさておき、風呂に行こうよ。この様子だったら、きっとすげぇんじゃないかな」
岩作りで眺望の良い露天風呂は人の姿がまばらで、のんびりするにはピッタリだ。祐輔が声をもらす。
「ふぅ、広い風呂はいいね」
「だな」
「んー、こうやって足を伸ばせると気持ちいいわぁ。ひとり暮らし用の風呂って、やっぱ狭いんだよね。貴史は実家だから、そんなことないだろうけど」
「アホか。所詮、家の風呂だから」
湯船の心地よさを満喫していたら、祐輔がこちらをまじまじと見つめていることに気が付いた。
「何だよ?」
「貴史って、脱いだら格好いい身体してるよね」
「バカ野郎。急に何言い出すんだよ」
「いや、何が違うのかなと思って」
「うーん。筋肉質なのは、中高と水泳やってたおかげじゃないか。でも、俺は祐輔みたいにスラッとした感じが良かったけどな」
祐輔は男性アイドルが集まる事務所に所属していそうな顔立ちをしていて、今の身体付きが合っている。
一方の俺は「見た目が男っぽい」とは言われるが童顔だ。今みたいに筋肉質だとちょっとアンバランスな気がする。
俺の言葉に祐輔は自分の身体を隠した。
「やめてよ。そんな風に感想を言われたら、恥ずかしくなるじゃん」
「お前が先に言い出したんだろうが」
「そうだった。ごめん」
「別にいいけど。何かあったのか?」
「最近、『自分の取り柄ってなんだろう?』って考えることが多くてさ。つい他人に目がいっちゃうんだよね」
「へぇ。そんなもんか」
「うん。だって、貴史とは今まで何回も一緒に風呂入ってるじゃん。けど、これまでお前の身体なんて、これっぽっちも興味なかったもん」
「俺もだ」
「だろ。でも、貴史から『スラッとしているのが良い』って言われて、『オレにも需要があるのかな』って思ったら、ちょっとうれしくなっちゃった」
「なんだよそれ」
「別に、そのままだけど。オレ、そろそろ出るね」
「そっか。俺はもう少しゆっくりしてるから、先に部屋へ戻ってろよ」
「わかった」
祐輔は水しぶきをあげて、立ち上がった。その裸体はほんのりと脂肪がついていて、女性らしさすら感じる。俺は祐輔が脱衣場へ入っていくまで、無意識にその身体を目で追いかけていた。
いかんいかん。
何で俺は祐輔のことをじっと見ているんだ。きっとあいつが変なことを言うから、妙に意識してしまっただけ。そうに違いない。
正気を取り戻すために、俺は湯で顔を洗った。
風呂でゆっくりしてから、浴衣に着替えて部屋へ帰ると、既に二人分の布団が敷かれていた。祐輔も浴衣を着て、布団の上に寝そべりながらテレビのバラエティ番組を視ている。
襖を開ける音で気付いたのだろう。祐輔はこちらも見ずに気の抜けた声を出した。
「おかえり」
「おう、ただいま」
そう応えて、俺も布団に腰掛けた。テレビの内容に興味はなかったが、俺も無言で眺める。たいして面白くもない。思わず大きなあくびが出た。何事もなくこのまま寝るにはちょうどいい具合だ。
さて、そろそろ寝るか。
しかし、番組のエンディングテロップが流れはじめると、祐輔はそれまでのだらっとした姿勢から正座になって、こちらを向いた。そして、俺の何とかやり過ごしたい気持ちを捕らえるかのように言った。
「じゃあ。そろそろしよっか」
やっぱりするのか。
「わかった」
俺は半ばなげやりに答えた。祐輔がテレビのスイッチをリモコンで切る。
「とりあえず、電気消そう」
「そうだな」
確かに明るい部屋でコイツとそういうことをする気にはならない。俺は部屋の明かりを落とした。
そろそろ日付が変わろうとしている時間とはいえ、周りの部屋はまだ起きているようだ。漏れ入ってくる光で祐輔の姿がどこにあるのかはわかる。
「じゃあ、ここに座って」
祐輔の指示に従うと、ヤツは俺の隣に来た。風呂に備え付けてあったボディソープの香りがする。肌が触れて、ほんのり温もりがした。それがムダに俺の胸の鼓動を早くする。
祐輔はゆっくり、ゆっくりと俺の股間に手を伸ばす。永遠かのように思える長い時間の末、ついに俺は祐輔の体温を直に感じた。
祐輔はまず控え目にその存在を確認し、徐々に動きを激しくしていった。だが、いくら経ってもそれに応える反応は起きない。祐輔はため息をつく。
「まあ、当然だよな」
よし。ここで畳み込めば、祐輔も諦めてくれるだろう。このチャンス、生かさなくては。
「だな。仕方ないって。じゃあ、寝ーー」
「大丈夫。こんなこともあると思って、ちゃんと対策は考えてるんだ」
祐輔は自分の浴衣のポケットをあさって、俺にカードを突き出した。
「ほい。貴史が帰って来る前に有料放送が見れるカード、買っといたんだ。これで好きなチャンネル見ろよ」
表情は見えないが、きっとドヤ顔に違いない。変なところで頭が回るヤツだな。心の中でツッコミを入れながら、祐輔からリモコンを受け取って有料チャンネルに切り替える。
画面にあられもない姿の女の子が現れた。俺はそれを流し見ながら、良さそうな番組を選び出す。
「ふぅん。貴史はこういうの、好きなんだな」
「うるせぇよ。お前は」
画面の中の女の子は声をあげながら、その裸体を踊らせている。それを視ているうちに俺の身体も熱を帯びてきた。
そしてーー。
自分の欲望が吐き出された倦怠感と「ついにやってしまった」という自己嫌悪に包まれて、俺がぼーっと布団の上に座っていたら、さっき部屋を出て行った祐輔が帰ってきた。
「疲れただろ」
祐輔が手に持っているエナジードリンクを差し出したので、無言で受け取る。
「今日はありがとう」
「おう」
そうだ。俺はこれで役目は果たした。何か大切なものを喪った気もするが、友だちの役に立てたのであれば尊い犠牲だろう。
「じゃあ、明日もまたよろしくな」
えっ?
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