03:ヒュプノシス
ふわふわと、夢の世界を歩いているような感覚だった。
自分がどこを目指して歩いているのかも定かではなく、なぜ歩いているのかと言う目的も曖昧だった。
ただ、前に居る男に付いて歩く…と言う想いだけが綾を支配していた。
どれだけの時間が経過したのか。
綾はいつの間にか歩くのを止め、座り込んでいた。
何がどうなっているのか正確には判らないが、どこかの部屋で絨毯のような柔らかいものの上に座っているのはなんとなく理解できた。
しかし、彼女らはゲートを目指して歩いていたはずだ。
休憩でもしているのだろうか…。
突然、スイッチが入ったかのように知覚が戻ってきた。
綾が居るところは薄暗い部屋の中で、僅かな間接照明が置いてあるだけだ。
衣擦れの音に気付いたと同時に、低い、切ないような女の声も聞こえてきた。それも複数居る。
音の方向に視線を向けると、そこにはシャツの前をはだけた柚木がソファに足を広げて座っていた。
下着など付けている訳もなく、そこには3人の裸の女達が群がるようにすがりついていた。
何これ?どうなってるの?
視覚と聴覚は正常に働いているようだが、それ以外が機能しない。
身体もゆっくりとは動かせるが、立って移動することなどできそうにない。
そこで綾は、自分が一糸まとわぬ姿にされている事に気がついた。
だが、身体を自由に動かす事が出来ない今は、せいぜいうつ伏せに倒れ込む事くらいしかできない。
その状態で、のそのそと這ってでも動こうとする綾に気づいたのか、柚木が嬉しそうに声を掛けてきた。
「おや、まだ目覚めるようにはしてなかったんだけどな。自分で知覚を取り戻したのか?」
「………」
「そうか、喋るのは無理か。それは良かった。騒がれるのも面倒だしな」
柚木は女達の髪を引っ張り、自分から引き剥がすと、そのままの格好で綾の元へと近づいてきた。
綾が知識としてだけ知っている、正直見るに耐えないモノを誇示するように、柚木は彼女の前で腕組んで立ちはだかった。
意思で視線を逸らせない綾は、女達がそれにすがりつこうとする様を見る羽目になる。
綾は、逸らせない視線に侮蔑の感情を乗せながら、柚木を睨みつけた。
「こうなると忠告したのにな。まぁ何のかんの言っても襲って欲しかったんだろうなぁ……判る、判るぞ、女はみんなそうだもんな」
「…………」
「うーん、喋れないのもつまんないな。ちょっとだけ解放するか」
柚木が自分のこめかみを軽く叩くような仕草をすると、綾の声帯に力が戻ってきた。
間髪入れず、声がちゃんと出るかどうかも確認せずに、綾は侮蔑の言葉を呼気に乗せる。
「……っぁざっけんな、おまえ!」
「いきなりそれかよ」
綾はこのチャンスに罵詈雑言を叩きつけようとしたが、同じ動作をした柚木に、すぐ声帯の振動を止められてしまった。
怒号は単なる呼気となり、綾は荒い息を吐き出すことしかできなくなる。
どうやら、柚木の思考で綾の身体機能をコントロールできるらしい。
「まぁ、僕とセックスしたいのは判ったけど、さすがに人数多いと大変だからさ。しばらく待ってもらえる?」
「……」
「そんな期待しなくても、いずれ君の順番は回ってくるから、大人しく待ってな」
綾の視線は軽くいなされ、しばらくすると湿り気の高い音と女の嬌声が部屋を満たし始めた。
目は閉じれば見えることはないが、耳を塞ぐには手がなかなか動いてくれない。
それでもなんとか横に倒れ込む事に成功し、もう片方をなんとか塞ごうと努力している綾の耳に、さっきまでと違った音が聞こえてきた。
くぐもった悲鳴と共に、錆びた鉄の様な匂いが漂ってくる。
言うまでもない血臭だ。
血の匂いはどんどん強くなる一方、それに合わせて嬌声はどんどん力を失ってゆく。
綾は柚木が何をしているのか理解したくなかった。
だが、つい目を開けた先で、女の首から噴出する血を浴びながら性交を続ける柚木を見て、綾は意識を放り出した。
自分にもそんな未来がやってくるなんて、考えたくはなかった。
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「大体この辺のはずだけどな…やっぱ服は処分されたか」
天は綾の服に取り付けていた発信器の信号を追って居た。
そもそもは、なずなを取り込んだフラグメントを追う際、念の為綾の服にもつけていたものだが、こんな風に役立つとは。
見た感じちょっとした飾りボタンに見えるし、発信サイクルも適度に時間をズラしている為、そうそう気づく事は無いと判っていたが、服を脱がされて処分されてしまうとどうしようもない。
柚木は、天が追ってくるのも想定していたのだろう。
服が処分されたと思われる場所には、綾どころか誰の姿も無かった。
「まぁそういう事も有ろうかと、もう一つ……おぉ、こっちには気が付かなかったようだな」
もう一つと言うのは、髪に紛れてしまうような極小の発信器の事だ。
服につけたものとは別に、別れ際にバックアップで仕込んだものだが、性能的に近距離でないと受信が難しく、稼働時間も短い。
稼働時間から逆算したバッテリーの残量を考えると、のんびり探す時間はもうそんなに残ってないだろう。
ヘアピンの発信器へ起動コマンドを送った天は、スマホのマップに表示された場所をみてほくそ笑んだ。
そこは、数件先の庭の広い大きな一軒家で、微弱な極小発信器でも十分機能する距離だったからだ。
天は、腰のパウチから超小型のクアッドコプターを取り出し、起動させた。
畳むと手に握り込めるくらい小さいドローンは、展開したローターを旋回させ、音もなく上昇して行く。
サイズ的に風が有ると制御は困難だが、今は無風だ。
ドローンは敷地内を一通り飛行すると、そこから得た情報を天のスマホへと転送した。
柚木の性格や技術を考慮しても、そう高度な罠や感知器を設置することは無いと思っていたが、油断は禁物だ。
ドローンからの情報で、扉にセンサー類が仕掛けられている事が判った時は、逆に感心した位だが、その程度で安心していると酷い目に遭う事を教えてやらなければなるまい。
敷地内に潜入し、音を立てることもなく庭を移動していた天は、庭に面した大きな掃き出し窓へ人影が映るのを発見した。
向こうから視線が通りにくい庭木の一画へ身を潜めたと同時に、ほぼ全裸の柚木が姿を現し、窓から3人の女を次々と放り出した。
薄暗い街灯の光で見えたのもあるが、返り血を全身に浴びた柚木は異様な姿だ。
彼に首を切られたのだろう女達は、まったく動く気配は無い。
柚木は女達を一瞥すると、興味を失ったように窓を閉めてしまった。
同時に、スイッチが入ったように女達が蠢き始める。
まだ息が有るのか、恐怖に捕らわれたように、這って逃げようともがく。
(まったく。粗末なモノを出してうろうろしてんじゃねぇよ)
天は声を出さずに悪態を付くと、素早く女達のところへ近づいた。
出血は止まって居るものの、見たところ失血死寸前だ。
柚木はギリギリ死なない様に加減した上で、制御していた精神活動を部分的に解除し、恐怖心を煽ってフラグメントに処分させようとしたらしい。
天はひとまず女達を失神させ、傷口を塞いだとことで小型の増血剤パックを首筋に貼り付けた。
だが、あくまでも応急だ。なるべく速く処置をしないと危険だろう。
天は状況を一瞥し、安全だが時間が掛かるプランを廃棄することにした。
助ける義理は無いのだが、眼の前で死にかけている者を放置するのも気分が悪い。
考えてみれば、綾達も助ける義理なんて無いんだけどな…と独り言ちながら、天は気配を消すのを止めて、女達を背にするように立って言った。
「おら、柚木よ。来てやったぞ、さっさと出てこいよ」
天の挑発に乗ったのかは判らないが、呼び出しに応じるように、掃き出し窓から全裸の綾を盾にするように柚木が姿を現した。
その後ろ、部屋の奥には、未だ意識が戻らないなずなが、やはり全裸にされて転がされていた。
慌てていたのか余裕なのか、柚木本人も先程と同じ全裸にシャツを羽織った程度の格好だった。
「お前なぁ、せめてパンツくらい履いてこいよな」
「なんだ、君もパーティに参加する気になったのかと思ったよ」
「おれは他の男と一緒にやる趣味は無いんだよ」
「じゃぁ、黙って見ておくんだね」
「………」
「そこの女はお前とやりたくないって言ってるみたいだぜ」
「そんなことは無いさ、ほら見てみなよ」
柚木がそう言うと、途端に綾の頬に赤みが差し、大腿をすり合わせ始めた。
だが、彼女の目は、強い意思を持った視線を柚木に送っているようだ。
「なんだこの女、僕に抵抗するつもりなのか?」
「ヒュプノめ。ホントにお前はクズだな」
「君みたいな金の亡者には言われたく無い言葉だな。僕は女性たちと楽しんでるだけさ」
「何言ってやがる、最後にはヤッてる最中に切り刻んで殺すサイコ野郎の癖に。今回は珍しく息を残してたじゃないか。なんのつもりだ?」
「さすがに5人は多くてね。その女達が喰われてるのを見ながらこの二人でじっくり楽しむ予定だったのさ」
「そう上手く行くと思ってんのか」
「もちろん、予定通りにできるとも」
天が何か行動を起こそうとする前に、気を失っていたはずの女達が息も絶え絶えに天へとすがりついて、服を脱がそうとしてきた。
その目は既に何も見てはおらず、完全に何かに操られるまま動いているようだ。
「僕の
「ヒュプノシスって失神してたら効かなかったんじゃないのかよ」
「誰の情報だい?そんな事は無いけどね」
「お前から聞いたんだよ!やっぱガセネタだったのかよ!!」
天はそう言うと、女達を引き離そうとするが、瀕死とは思えない力で纏わりつかれて引き剥がす事ができない。
だが、女達の爪はその力に耐えきれず、天のジャケットを破る事なく剥がれてしまう。
彼女たちの指先から吹き出した鮮血は、天のジャケットに赤い線を引いていった。
「おい、柚木。おれがマジになる前に、そろそろ止めとくんだな」
「なんだい。お気に入りのライダースを汚されて怒ったのかな?」
「いいや。おれの二つ名を覚えているのかと思ってな」
「
「女ごときでおれを止められると思ってるようなら、それは間違いだって言ってんだよ」
天がそう言った瞬間、女達はまるで電撃に弾かれたように天から引き剥がされ、四方に転がっていった。
「おっと、動いたらこの女が……」
「
柚木がそれに反応する前に、瞬間移動のように柚木の左へ移動した天の右フックが、彼の顔面に叩き込まれていた。
たまらず、綾から手を離して庭へ転げ落ちる柚木を追い、仰向けに転がった柚木の股間をブーツで軽く踏みつける。
「パンチは強化してないから大して効いて無いだろ…っておいおい、この状況でまだ勃起してんのかよ」
「あぁなんだか凄く気持ちが良いんだ。もっと踏んでくれよ」
「お前、サドかと思ってたらマゾっ気もあるのかよ。マジで変態だな」
「くっくっくっ……いやぁ、褒められても困るなぁ」
「褒めてなんか無ぇよ。このまま踏み潰して……ぐっう」
柚木との会話の間、いつの間にか綾が天に体当たりをするように飛び込んできていた。
その手には大型のナイフが握られており、天の右脇腹に突き立てられていた。
ジャケットのおかげで刃はそう深くは入っていなかったが、加速が付いていた綾に突き飛ばされる形になり、天と綾は折り重なるように転がっていく。
自分の上に乗る形になった綾を支え、彼女に素早く大きな怪我が無い事を確認した天は、綾を地面に横たえて自らも体勢を立て直そうとした。
しかし、その目の前には、綾が握っていた大型ナイフを振りかぶった柚木の姿が有る。
「大丈夫、女を殺しはしないよ。楽しめないからね」
そう言うと、柚木は綾越しに天の首を狙ってナイフを振り下ろしてきた。
普段なら難なく避けられるモノだが、綾の身体がそれを許さない。
天が躱せばナイフは綾に当たるだろうし、
パーカーの機能を起動すればあの程度のナイフなら十分防げるのだが、その為の手順を踏む時間もない。
(まぁ、なんとかなるだろ…)
と考える天の選択肢は、致命的な傷を負わずにすむ方法を幾つか並べる程度だった。
しかし、柚木のナイフは天に届くことはなかった。
天を庇うように動いた綾の首筋にナイフは滑り込み、細い首の半ばまで断ち切っていた。
白い肌を真紅に染め、それでも足りずに天の身体を赤く染めながら綾は天に覆いかぶさるように倒れてきた。
「なずな…を、たす…け…て……お…ね…がい…」
そう言った気がした。
負傷の程度から見てほぼ即死なのは間違い無いはずなのだが、天の耳には確かに綾の今際の際の声が聞こえた。
予想外の展開に一瞬我を忘れそうになった天は、普段のようにすぐに意識を切り替える。
感情に任せて動くと、フラグメントを呼び寄せるだけだと判っていたからだ。
「なんだ、この女。勝手に死んだりするんじゃないよ。つまらないじゃないか」
「つまらないかよ」
「おや、怒るかと思ったら冷静だな。さすがに面倒ごとが増えるのは嫌なんだな」
「そうでもないさ…」
冷静さを装うとしても、根底にある感情はなかなか制御できない。
短時間だが、柚木の精神制御から解放された女達の恐慌に反応したフラグメントが居るのは、対空させていたドローンの警報で確認済みだ。
女達の意識が途絶えたところでこちらへの関心は薄れているだろうが、そこに大きな感情をぶつけたらどうだ。
天は、フラグメントを敢えて呼び寄せるように、柚木に熱風のような怒りを発散していた。
「…今ほど、お前の息の根を止めたいと思ったことは無いぜ」
同時に庭と道路を隔てていた垣根を突き破り、複数の触手が天と柚木に向かって伸びてきた。
女達に反応して集まっていた複数の個体が、近づくことで融合し実体化が進んだフラグメントは、付近で感情を爆発させる天に反応していた。
大きな感情を発散する天を取り込もうとしていたところ、すぐ近くに柚木と言う餌まで見つけたフラグメントは、この好機を逃すまいと普段の緩慢な動きが嘘のように素早く触手を伸ばしていた。
フラグメントを乱入させ、チャンスを作ろうとしていた天は当然として、柚木もまた素早く反応してフラグメントと距離を取ろうとする。
そこに、グロッグ33を抜いていた天の射撃で移動を制限され、回避行動に遅れが生じた柚木の足にフラグメントの触手が巻き付いてきた。
「くそっ。気持ち悪いモノを僕に巻きつけてんじゃないよ」
「まぁ仲良くやってくれよ。それともひと思いに介錯でもしてやろうか」
「いやいや、僕にそんな気は無いよ」
柚木がそう言うと、フラグメントは彼から興味を失ったかのように巻きつけた触手を解き、天に向かっていった。
普段よりは素早い動きとは言え、圧倒的に身体能力に差が有り、必要ならば
突然、身体は鉛のように重くなり、動きが鈍くなる。
「ちっ。なんだこりゃ」
天がパーカーのフードを被り、帽子のつばのような部分を軽く引くと、パーカーは天の体にまとわりつくようにフィットし、鈍色の装甲を形成する。
フードも頭部にフィットするように変化しながら形を変えてゆく。
数瞬の後、パーカーとインナースーツは顔面をミラーのシールドで覆ったヘルメットを被った装甲服へ変化した。
上から着ていたライダースジャケットとカーゴパンツはそのままなのが、少し滑稽だ。
天は、身体の動きが鈍くなったのをフォローする為装甲服のパワーアシストを使い、おまけに
つまり、物理的に身体が動かなくなっている訳では無いと言うことだ。
ほぼ棒立ちになった天の身体には、既にフラグメントの触手が幾重にも巻き付き始めていた。
「く、くそっ。面倒な事になってきたな」
「山城くん、どうやらお別れみたいだね。僕にはまだひとり残っているから、彼女とゆっくり楽しむ事にするよ」
「ふざけんなっ。そう簡単に行くと思ってんのかよ」
「簡単さぁ。今の状態で君が僕のヒュプノをレジストできるとは思わないからね」
「そういう事か。視線合わせたつもりは無かったんだけどな」
「僕を殴りつけた時に僅かに血が付いたんだろうねぇ。僕にとってもラッキーだったけど、ありがたく利用させてもらうよ」
柚木が、切れた口元を手で拭いながらそう言うと、天は糸の切れた人形のように身体の力を失ってしまった。
天の精神を掌握するのに少々時間が掛かったようだが、ここまでくればそう簡単には柚木の制御から離れる事は無い。
装甲服が稼働している間は大丈夫だろうが、稼働時間は永遠ではない。
このままでは、装甲服の動力を失い、意思を切られた天はフラグメントに抵抗することなく取り込まれてしまうだろう。
柚木は自らの勝利を確信し、周囲に散らばった女達の遺骸を一瞥すると、興味を失ったようになずなの方へ振り向いて…動きを止めた。
彼の目の前には、ヒュプノシスにより意識を刈られ、起き上がれるはずもないなずなが立っていたのだった。
「おまえ……どうして、動ける」
柚木のその問いに、彼女は答える事は無い。
立ち上がっては居るものの、その目は閉じたままであり、目覚めたと言うよりは夢遊病者のようである。
本来、ヒュプノシスで深層意識まで制御された彼女は、柚木がそれを解除しない限り目覚める事は無いはずだ。
柚木がその事実を一番理解しているが為に、今のなずなの状態はあり得ない事だった。
「意識は回復していない……ちゃんと制御できたままだ。ならば、何故……」
柚木は、自分が計算している以外の事態を好ましく思ってなかった。
たまに、天の様な不確定要素を弄って楽しむ事はあるが、基本的には自分が思い描いたような状況を好む。
今のなずなのような、不確定を通り越した、原因不明の事態は受けれ難かった。
しかし、すでにヒュプノシスの制御下にあるなずなを、更に制御するには視線を合わせる必要がある。
今現在、眼を閉じているなずなを制御する方法は、柚木には無かった。
それでも、ただ立っているだけなら、問題は無さそうだ。何かやってきそうな気配も無いし……と考えた矢先、なずなの瞳が突然開いた。
本来の瞳の色とは思えない、黄金色の虹彩が光るように輝いている。
なずなは、その黄金色の瞳を柚木へ向けると、彼に向かって腕を上げ指を向けてきた。
その雰囲気は只事ではなく、美しい肢体のせいもあってか、全身が輝いているようだ。
「な…何のつもりか判らないが、目を開けているのなら………ぐ…がっ!」
柚木が視線を使い、更にヒュプノシスを使用しようとなずなの黄金色の瞳を覗き込むが、反射されたかの様にその力が柚木の目に返ってきた。
刺すような目の痛みに耐えかね柚木が顔を背けるのに合わせて、なずなが指先を開いた。
開いた指先から何かの圧力が発せられたのか、強風に押されるように柚木の身体がよろめいたかと思うと、彼は庭の中程まで飛ばされていった。
その方向には天を取り込もうとしているフラグメントが居り、未だ取り込まれていない天にぶつかって止まる。
「いよう、よく来たな。仲良くしようぜ」
「山城!お前、意識が戻ったのか」
「まぁな。なんだお前、目をやられたのか?ざまぁねぇな」
そこで、柚木は自分が目を潰されている事に気がついた。しかし、痛みは無い。目を開けられないだけだ。
その状況から、それは一時的なものと判断した柚木は、天を振りほどこうとするが、既に柚木もまたフラグメントに捕らわれている。
ヒュプノの応用で自分の意識を消し、フラグメントの探知を回避できる柚木だが、パワーアシストまで使った天の拘束から逃れるのは不可能だ。
しかも、目を痛めている今は、血を介して天を操作する事も出来ない。
「おい、離せ山城!ここは協力しないと二人共取り込まれてしまうぞ!」
「馬鹿言うな。装甲服が機能している間にお前だけ取り込まれるのを期待してんだよ」
「ふざけるな!フラグメントなんかになってたまるかよ!」
「なぁに、自我崩壊せずに存在定義を維持できれば生還する可能性もあるってもんだ」
「そ、そんな事…そんな事できる訳ないだろ!」
「そうか?まぁその前のあの女に殺されそうな感じだけどな」
ふと気がつくと、空中を滑るように移動してきたなずなが柚木に向かって手を差し伸べていた。
今では全身が黄金色に輝いており、凄まじいエネルギーが彼女の中で渦巻いているのが判る程だ。
そのエネルギーが、柚木に向かって解放されようとしている。
「ま、待ってくれ!…そうだ、ここから脱出したくは無いのか!僕はゲートが何処に有るか知ってるんだ!」
「おい、柚木よぉ」
「な、何だよ。山城!お前もなんとか言えよ、一緒に死んじまうぞ!」
「いやぁ、自分が今まで何やってたのか判ってて命乞いしてんのかなぁと、お前が不憫になってな」
「馬鹿な、僕が何をやったってんだよ。みんなで楽しんでただけじゃないか」
「お前って、ホントにクズでサドでサイコ野郎だよな」
そう話している間にも、なずなの掌に集中するエネルギーは密度を深め、後はもう放たれるだけの状態に見える。
あれだけのエネルギーの奔流がぶつかれば、人間どころかこの付近一帯は消滅してしまいそうだ。
「さて。おれの装甲服がどれだけ保ってくれるのか、賭けだな。光学系は数秒なら偏向できるはずなんだが…」
「山城!お前!ずるいぞ!」
「なんだよ、全裸でいるのはお前の趣味だろ……さぁ来るぞ。気をしっかりもてよ」
「うわ、うわぁああああああぁぁあ」
柚木の叫びをかき消すように、なずなから凄まじいエネルギーが放たれ、ドーム状に広がったそれは付近一帯の全てを巻き込んで光の渦となって飲み込んでいった。
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