星獲り
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星獲り
幼い日、夜空の星を手のひらに収めたいと願ったものがいた。しかし地上にあっては光り輝く星のどれにも手が届かないと知ったとき、彼は別のアプローチを試みた。
すなわち、手のひらに収められるような形に星々を置き換える。要は概念を逆にしたのだ。そうして出来たのが天球儀だった。
「神でなくば星を掴むことはかなわない。ならば神の視点で星を手にすればいい、か。やるなあ」
俺は天球儀を手にためつすがめつしながらそう呟いた。星空はこの国のある一定年齢以上の人間にとってたまらなく懐かしく愛しいものだ。天球儀もまたなじみ深い品物だった。
初めて天球儀を作ったのが誰なのか正確なところは判らないが、この国では「星見の祖」と呼ばれている。建物全体を球体にして外からも内側からも天球儀として楽しめるようにした大掛かりなものから、子どもの手のひらにのるような小さなものまで、人々は天球儀を愛している。
何故そこまで星空にこだわるのか。それはこの国では星の眺められる天候に恵まれないからだった。黒いビロードの上にきらめく砂をこぼしたような星空や、足元を照らすほどにまばゆい月を、10年のうちに一度でも見られれば良い方だろうか。
分厚い雲が遠い空と我々を隔てる前は、伝え聞くはるかな海の彼方の国のように星々を毎晩のように眺められた。今となっては年寄りの繰り言のようになってしまった話である。
宵の星を眺め酒を酌み交わし、窓から差す月の光をよすがに書を紐解き、白んできた空に消え残る明星を夜明かしした相手と手を取りあいながら愛でる。そんな国民性をもつ国から、ある日星空が奪われた。
星を愛する民を憎む者が呪いをかけた。
きらめきに心を躍らせる幸せを、盃に映る輝きを飲み干す喜びを奪い、民のこころを挫こうとしたのだ。
人々はその苛烈な環境に耐えた。豊かであたたかな記憶がその背を押した。必死に抗い、呪いをかけた者を打倒し、解呪を試みたのだ。
しかし呪いは解けることがなかった。呪った者は断末魔の声を上げながらも人々を嘲笑い、息絶えた。
「改めて、ろくでもないよなあ。何でそんなに俺たちが憎かったんだろう」
小さな天球儀を眺める俺を横目に、隣で温かいバター茶のカップを手にした友人が肩をすくめた。
「美しいものを愛でる幸せを得られない自分が、悔しかったんじゃないのか? だってよぉ、日中は日が出るんだぜ? 陽のささない不毛の地にする方が呪いとしては簡単だったんじゃないかと思うんだよ」
呪いをかけた術者は人生半ばで瞳の光を失っていた。それ以前は学問所で星の動きを観測する立場にあったという。
「自分が二度と得られないからって、人の幸せをも奪うのは違うだろ」
友人は口に含んだ熱を飲みこむと、目を伏せる。
「あいつは、多分、誰よりも星が好きだったんじゃないかな。何となくそんな気がするよ」
「うわぁ……それ、理解したくねぇな」
外は吹雪だ。雪と風が荒ぶる夜、俺たちはテントの中で夜を過ごしていた。
「明日こそは吹雪が止むことを祈ろう。山頂まであと少しだ。辿りつけさえすれば俺たちは星を再び眺めることができるはず。星空を知らないまま、子どもたちが年老いて死んでいくなんてごめんだからな」
そう、わざわざ険しい山々の中腹で吹雪をやり過ごしているわけは、この山脈の最も高い地点に住まう隠者の元を訪れるためだ。隠者は「星の欠片」を持っていて、それを持ち帰れたならこの国を覆う雲が晴れて星空を取り戻せるのだと、国で一番の巫女が託宣を受けたのだ。
巫女が神託を受けて以来、数多くの者が嶺を目指した。誰もが再び星空を取り戻したくて必死だった。
だが、志なかばにしてある者は息絶え、ある者は動かぬ足を引きずって下山する羽目となった。それほどにこの白い嶺は峻厳だったのだ。
俺も友人も、そして今まで挑んだ誰しもが、命を賭していた。それを嘲笑うかのように吹雪は吹き荒れ、命を刈り取っていった。
二人とも、死を覚悟している。しかしごく幼い日に夜道を照らす月に導かれるようにして家路を辿った記憶が俺たちを支えていた。
もしかしたら動くことも叶わぬまま白き帳に閉ざされて命を落とすかもしれない。それでも。
それでも、もう一度あの空を眺めたかった。
いつの間にか眠っていたらしい。ランタンの薄明かりだけがテントをほの明るく照らしている。夜明け前だろうか。首を巡らせてふと、ひどく静かなことに気付いた。まさか。
「おい、起きろ! 吹雪がやんでる! 今なら動ける! 行くぞ!!」
テントの外を覗いた俺は、眠っている友人を振り返る。友人は跳ね起きて目をこすり、にやりと笑った。
「おう、頂上まで一気に行ってやろうぜ」
急いで身支度を整え、基地としているテントはそのままにして山を登る。厚い雪雲の合間から薄明かりがさしていて、どうやら夜は明けていたようだった。
くさびを打ち、縄を引き、手を取り合い、山のためにあつらえた靴で斜面を踏みしめて。
長い長い、永遠にも似た薄墨と白と薄青の世界でひたすら上を目指した。だが風がやんでいたのは短い間で、あっという間にまた力をこめて俺たちに吹き付けてくるようになった。
「くそっ! 頂上まであと少し、あと少しなのに!」
白く視界が閉ざされ始めた。ここは雪洞を掘ることもテントを張ることもままならない急峻な斜面だったし、元居たテントに戻るには遠かった。
「よぉ、どうする?」
友人の布で覆われた口元から辛うじて聞き取れる程度の声が響いた。
絶体絶命、一歩手前だ。ここの判断が恐らく生死を分けるだろう。だが俺はためらうことなく答えた。
「行くぞ、頂上まで!」
友人は杖を立てて応えた。
それからのことはあまり良く覚えていない。ひたすら白い雪煙の中を上がったはずだ。手足を動かして、身を持ち上げて、時折相方の無事を確かめて。それだけで精いっぱいだった。だんだん意識が遠くなっていくような感覚。自分が吹雪に飲まれているのか、それとも死の夢の中にいるのかすら区別がつかなかった。
その瞬間は唐突に訪れた。俺の手が風圧から逃れて自由になったのだ。
(これが最後か)
掴むものがなくなって空間をさ迷う手が、硬くて平らな地面に触れた気がした。手袋越しの感触に、驚きでもがくようにもう片方の手を伸ばす。その手も風圧のくびきから逃れて自由になる。
まさか。ああ、もしかして!
「おい! 頂上に着いたぞ! あと一歩だ頑張れ!」
後にいるはずの友人に声を張り上げてから思いきり手をふり下ろす。はたせるかな、そこには平らな地表があり、力を振り絞って体を持ち上げた先、頭から突っ込んだ空間には太陽がやわらかな光を投げかけていた。必死に体をよじって持ち上げて振り向くと、見慣れた友人の手袋が白い雪煙の中からこちらに突き出ていた。戸惑うように揺れる手をがっしりと掴むとそのまま彼の身体を引き上げるようにして後ろに倒れた。ほどなくして友人も白い帳の向こうから姿を現す。
二人して、顔を見合わせた。そしてゆっくりと首を巡らせて周囲を眺める。
比較的平らな地面、その先に建つ山小屋。それらが雲の上に突き出ている。
「よっしゃああああ!」
凍てついて自由に動かない手を二人で全力で打ち合わせた。視界がぼやける。冷たくなった顔に温かい液体がしみていく。しばらく動けないまま周囲を見回して、二人同時に気を失った。
ぱちぱちと何かが爆ぜる音がして、意識が浮上する。
ぼやけた視界の隅で焚火が燃えていて、誰かが火の番をしている。
のろのろと体を起こすと、あちこちが痛む。凍傷や打ち身の痛みが今になって襲ってきたらしい。
「ああ、起きたのだね。良かった、いかにここには日差しがあっても、さすがにそのまま寝てしまったら死んでしまうからね」
その声に驚いて目を凝らすと、灰色の衣に身を包んだ男性がフードの隙間からこちらを見つめていた。
「あなたは……」
男性はその問いには答えず、横に倒れたままの友人を見やる。意識の靄が晴れると、俺たち二人の身体の上には毛布が掛けられていた。冷やさないように気を配ってくれたらしい。
「そちらの人も起こせるなら起こしたほうが良いね。私ひとりでは人間一人を運ぶのは厳しいからそのまま寝かせておいたけれど、もし彼が起きなくてもあなたが動けるなら、一緒に運ぶとしようか」
その言葉にうなずいて友人に声をかけながら身を揺さぶると、幸いなことに友人も目を覚ました。二人して荷を背負い直し、かけてもらっていた毛布を抱えながら立ち上がると、頭上に広がるのは紫がかった青い空だった。見渡す限りの濃い青空が俺たちを包み、足元の地面に打ち寄せるかのように雲海が広がっている。
「とりあえず話はあとで。あの小屋が見えるかい? あそこまで行ってから話そう」
大きな鍋のような器の上で焚かれていた火から火ばさみで燃えさしを抜いていき、傍らの大きなバケツに突っ込むと、蓋をして火を消した。どうやら火消し壺だったようだ。
彼は火消し壺を片手に下げて俺たちを導く。ゆったりとした足取りをもどかしく思いながらも、後について歩く自分の足がそれ以上に遅いことに気付いて、相当なダメージがたまっていたことを思い知った。どうやら彼はゆったり歩いてくれていたらしい。
たどり着いた小屋は大層古びて質素だった。壁面を覆いつくす書物と4つのベッド、台所と大きなストーブ。紙束が載った大きな机と壁際に積まれた幾つかの椅子。生活感はあまりないが不思議と温かみはあった。
俺たちが荷物を降ろしているうちにローブの男は干し草のようなものをカップに放り込み、ストーブの上のやかんの湯を注いだものをテーブルに3つ並べた。続いて壁際に積まれていた椅子の埃を払い、テーブルの前に据える。手振りで座るように示すともともと置いてあった椅子に座る。
「さて、身体の温まる薬草茶でも飲みながら話そうか」
カップを受け取って椅子に座ると、軽く軋むそれは、どこか懐かしい香りがした。
「君たちはここになにをしに来たのかな?」
その問いに、俺たちは下界の置かれた状況を説明し、助力を求めた。
「あなたが、神託で示された『隠者』なのですか?」
その問いに彼はゆるやかに笑んだ。
「さあ、どうだろう。私は神ならぬ身だし、神意には届かないよ。だが今ここにいるのは私だけだ。消去法的に私ということになるんだろうね」
「では、隠者。改めてお願いします。星の欠片を持ち帰らなければ、私たちは永遠に星空を喪ったままです。どうか、星の欠片を譲ってはいただけませんか?」
ふむ、と彼は考える。少々待ちたまえ、と告げて書棚から数冊の本を取り出してテーブルの上に広げると、紙束から真新しい紙を引っ張り出して何かを書きつけ始めた。どうやら計算めいたことをしているらしいと知れたが、集中している姿に声をかけるのは躊躇われた。
やがて、開いた手のひら二つをつなげた程度の直径の球体を物入れから取り出すと、机の上に据える。くるくると回して緯度を調整しているそれは。
「天球儀だ」
「ああ」
この隠者のもとにも天球儀があることに不思議な親しみを覚えて、俺たちは顔を見合わせて笑った。
隠者はペンを走らせ続けたあと、小さく息をついた。
「お待たせした。結論から言うと、星の欠片が今夜にも手に入るかもしれない。君たちは本当に運がいいね」
「それは、どういったことでしょうか」
言葉の意図がつかめず首を傾げると、隠者は頷いた。
「星の欠片とは天より降り注ぐ光だ。降り注ぐ機会は年に数度しかなく、これをとらえるために特別な道具が必要という厄介な代物でね。君たちの滞在がどれくらい必要なのか今計算していたのさ。どうやら今晩運が良ければこの山頂にも星の欠片が降ってくるかもしれない。道具はあるから頑張ってみるかい?」
歓喜の声でその問いに答え、大きく頷く。隠者は物入れから3つのランタンを取り出して、テーブルに乗せた。
「降ってきた光をこのランタンで受け止めて収めるといい。光に手が直接触れたら消えてしまうから気を付けて」
そういうと、彼はしばらく使われた気配のないベッドを指さし、
「夜まで少し横になっておくといい。疲れているだろう? ああ、残念ながら食料はここにはないから、自分たちの持ってきたものを食べてくれたまえ。水はあるので使っていいよ」
そういって振り向いたとき、目深にかぶっていたフードが彼の肩に滑り落ちた。真っ直ぐな銀髪が現れ、灰色の眼が照明を受けて輝いていた。
不思議なことに年齢も性別もあやふやに見えたが、便宜上彼と呼ぶことにしておく。
彼の勧めに従って、カップの茶を飲み干すと俺たちは横になった。興奮で眠れないのではと思ったものの、枕が頭についた途端意識が溶けていった。
「起きたまえ、星が出たぞ」
その声に飛び起きる。星!? 星なんてもう30年以上見ていない。そんなことがあるはずが……
そう思いかけてはっとする。ここは隠者の小屋で、山の頂上。あの忌々しい雲の上だ。
慌てて靴を履き、外套をまとって外に出る。一歩踏み出したところで息が止まった。
「ほ、星だ……」
後ろからやってきた友人が俺の背中にぶつかって止まり悪態をつくが、同じく息を呑んだのが伝わってきた。
「こんな星空、子どもの時ですら見たことねえよ、俺」
「高い高い、空気の澄んだ土地では星が良く見えるって聞いたことがあるけどよ、これは……」
そのまましばらく突っ立っていると、室内の隠者が笑んだ気配がした。
「さあ、防寒具とランタンの用意を。今夜は落ちてくる光を捕らえるために夜明かしだよ」
もろもろの準備をして――といっても地面に毛織物を敷いてその上に横たわり、星が降ってくるのを待ち、降って来たらランタンのカバーを開いて受け止めるだけの作業なのだが――俺たちはひたすら星を眺めた。
30数年ぶりの星空が俺たちの頭上をぐるりと取り囲んでいた。山間の村では山の端が、首都の街並みでは建物が空を切り取ってしまうが、ここでは足元近く、雲海の端まで星が降りてくる。酔いそうなほどの光景だった。
星空は失われたのではなく、ちゃんとそこにあった。ただ、人が呪いで星と人とを隔てていただけだったのだ。
そして、唐突に星は降り始める。
「うぉっ!? 本当に星が落ちてきた!」
「つ、捕まえろ!」
慣れない作業と星の降り注ぐ地点の見定めが難しく、俺たちは何度も星を受け止め損ねた。あるいは体にぶつかって雲散霧消し、あるいは目の前で地面に吸い込まれ。
俺たちはなかなか捕まえることのできないことにいら立ちと不安、絶望さえ抱き始めるが、ふと盗み見た隠者の顔は平然としているようで何やら腹が立った。
東の空が白み始めたころ、もうだめか、とあきらめが胸によぎった。
「どうやらここ四半時が最後の機会だね。陽が昇れば星は見えなくなる。その前に何とかするんだよ」
隠者の言葉に不安が押し寄せてきた、その時。
突如として星が花火のように空の一点から放たれ始めた。地表を穿つ星の雨に圧倒されるが、なかばやけくそでランタンを掲げて走りだした。
「うおおおおおおお!」
星を掴もうと、いや受け止めようと走っていたその時。
手にしたランタンが唐突に輝いた。
「今だ、ランタンの窓を閉めなさい」
その声にランタンの窓を閉めると、手の中の光は一層強く輝きだした。
「これは……」
「おめでとう、捕まえたね」
同じランタンを手にした隠者が、微笑みながらこちらを見ていた。彼のランタンも、同じ輝きを宿している。
「おーい!やった、やったぞー!」
友人の声に振り向くと、友人もまた輝くランタンを手にしていた。涙声でしゃくりあげながら、歓声をあげている。
俺たちは、3つのランタンに星を収めることに成功したのだった。
「それで、星空が戻ってきたの? おじいちゃん、すごい冒険したんだね。で、そのあとどうなったの?」
膝の上の孫が俺に背を預けながら話の先を促した。
「そうだな、俺たちは隠者の言いつけを守って3つのランタンを持ち帰り、学問所と神殿、王宮に収めた。
ただ、納得がいかないことが一つあったんだが、それも今となっては許せるな」
「なぁに?」
孫の頭を撫でながら、俺は続ける。
「3つのランタンを、あの呪いをかけた男の墓前に一晩供えろ、と隠者は言った。恨まれて憎まれた男の墓なんざ雨ざらしの小さな石積にすぎなかったが、それでも俺たちは言いつけを守って3つのランタンを供えたよ。ランタンに何かあっては大変だと皆で見守る中の事だったが、夜更けに風が吹いて、ランタンが輝いた。風はランタンの周りをぐるぐるとつむじ風のように巡って、その後ふいに南風のように温かくなって、散った。それだけだった」
俺は近くの卓上に置いていたカップを手探りで引き寄せて茶を一口飲み、つづけた。
「そして風が散った後、天頂に雲間が生じた。雲間は見る間に広がって、空がどんどん紺青色を取り戻し、やがてちいさな光を投げかけ始めた。星が戻ってきたのさ。俺たちの冒険の物語はそこで終わりだ」
ランタンの光は星灯り。魂の姿で星に触れたあの呪い手は、死してようやく星灯りを取り戻せたのだろうか。
「それからランタンは王宮に一つ、神殿に一つ、学問所に一つ収められた。隠者は俺たちにもう一つ言いつけた。水晶で天球儀を作り、その中に星を収めよと。そして望む者があればいつでもその灯りをながめられるようにしろと」
「ああ、僕しってる!神殿の広間にある大きな天球儀だよね!きらきら輝いてとても綺麗なの」
浮かれる孫の髪を撫でながら、俺は隠者が別れ際に残した言葉を思い出していた。
「神秘は人の手に余る。それでも神秘の欠片が人を救う。知性、理性は神秘に触れる時にその裳裾に触れるための手段であり、感情と欲求は手を伸ばすための原動力だ。どちらも欠いてはならないよ。しかし君たちは人の身で神秘を捕まえてしまった。その代償に多くのものを喪うかもしれない。
けれど沢山のものを得るだろう」
その言葉通りに、俺と友人は山を下りた後ゆるやかに視力を失った。命を失ってもおかしくない旅路を思えば、それは代償としては優しいものだったと思う。最後に故郷に星空が戻ったのを確かめられたのだから充分だった。
そして思う。光を求めてやまないそのこころを、視力を失った悲しみを、世界を呪うほどに強く抱いた男は、きっと誰もの中にいる。それでも、俺は「そう」ならない。
心に、瞳の奥に刻まれたあの山頂で見た星空が、俺を死ぬまで導くことだろう。
テーブルの上にはあの山に持っていった小さな天球儀。神の視点で星を観る道具。地上から見るそれとは鏡像になる星の配置も、人には届かぬ憧れのかたち。
「隠者さんは、どうしてるのかな」
「さあね、きっと今も変わらない姿であそこにいるんじゃないかな」
そんな気がした。人なのか人ならざるものなのかすら定かではないが、きっと彼はあそこにいて、ずっと神秘と共に過ごしているのだろう。
――国の宝を取り戻した勇者とたたえられ、尊敬と親しみをもって名を知られた男たちは、老いてなお気高く振る舞い、その国の人々を勇気づけたとこの国の歴史書には語られている。
謎の隠者については、そのありようを汚すなかれ、触れるなかれと男たちが語ったとされ、今も高き嶺は神域として人々に崇められている。
いつかその神秘や、3つの天球儀に宿った光が消える日が訪れるかもしれないが、それはずっと先の話である。
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※ 頂いたお題:天球儀
星獲り koto @ktosawa
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