10.ご主人様がいるから早く帰りましょうよ

 朝。城塞都市クヴェリゲンの前のほうにあるガルアスト砦へ歩いている。


「さぁエルク。今日はどんなクエストかしら?」


 ハティがニコニコ、無駄にくるくる回りながら尋ねてくる。

 膝丈の青いワンピースのスカートが広がる。

 前に着ていたワンピースに似ているが、フリフリが増えている。

 昨日ハティが半日かけて選んだお気に入りだ。


 ちなみにリリアンはすぐに服を決めてた。黒いローブだ。

 なんでそれにしたか聞くと、「安くて丈夫そうだからです」って。合理的だね。

 さて、今日のクエストか……


「今日は城壁の修復だ」

「え? つまんなさそう」


 ハティはくるくるをやめて、ひきつった顔になる。

 最近受けるクエストは成功ばっかりで楽しそうにしてたから、今日も楽しめると思ったんだろう。

 俺は気にせずに歩き続ける。


「えー。じゃあ私もリリアンみたいに宿屋で寝てれば良かったー」


 ブーブー言うハティ。

 今回は戦闘が無いと思い、リリアンは宿屋に置いてきた。

 ハティも何かの役に立つ気がしないけど、今朝は「はやくクエスト行きましょうよ。私の活躍を見せてあげるわ」と言ってたので連れてきている。


 ガルアスト砦に着くと、兵士にレンガを積み重ねた見張り台のような塔へ案内された。

 てっぺんまで上ると、結構見晴らしが良い。

 この塔は本当だと倍の高さがあるらしく、その修復を依頼された。

 俺の土魔法でちゃちゃっと直すか。


 俺が塔に手を当てたとき、ハティが裾を引っ張る。


「ねぇ。エルク。あそこにいるの、ご主人様たちじゃない?」


 塔から見下ろすと、俺とハティを追放した元パーティのアレンたちがいる。


 アレンの右肩の鎧は欠けているし、他の仲間も装備に汚れが目立つ。

 最近の魔物は強くなってるし、王国からの補給も減ってきてるという。

 最前線の戦いは厳しいんだろうな。


 アレンの表情はぼんやりとしか見えないが、聖女の……ディアナだっけ? が、何か言っている。

 アレンが鬱陶しそうにしてるな。

 横にいる魔法使いのドロシーが何か言い返している。


 揉めてるみたいだ。

 またハティが裾を引っ張ってくる。


「エルク。はやくここ直して帰りましょうよ。ご主人様に見つかったら変な命令されそうで嫌なの」

「あぁ。そうだな。俺もあいつらに会うのはなんか面倒そうだ」

「でしょ? 私は今の自由で、エルクになんでも命令できる生活が好きなの」

「命令を聞いてるわけじゃねぇわ。仲間としてたま~~にお願いを叶えてやってんだよ。もっとありがたがれ」

「はいはい。ありがと。そんなこと言ってぇ、なんでもしてくれるくせに~」


 ハティがうりうり肘でつついてる。

 俺は「へぇへぇそうですね~」と軽く返して、塔を土魔法で直した。


 ただ、速く直しすぎたせいで他に壊れていた塔も直すことになり、帰ったのは夜になった。

 だって、綺麗なお姉さん兵士に「すごいです。カッコイイです。でー、実は他にも直していただきたいものがありまして……」って頼まれたら、断れないじゃないか。




 ――――




 翌日の夜。城塞都市クヴェリゲンの隣街ハータのレストラン。


「勝手に私を置いていったエルク。そのあぶりチーズスライムをよこしなさい」


 リリアンが言いながら俺の前にある料理を奪っていく。

 ハータはスライム料理が有名で、このレストランは満席になっている。

 宿屋兼食堂『スイクーンの寝床』の従業員として、人気の秘密を探りたいぜ。


 リリアンは「もう1つ貰います」と言いながら、さらに俺の料理を奪っていく。


 リリアンはガルアスト砦の城壁修復クエストで、宿屋に置いていったのをまだ怒っている。

 あの日、俺達が宿屋に帰ったときは、「勝手にどこ行ってたんですか!」と俺におんぶさせてから言ってきた。

 ちゃんと前日に話したはずだが。


 しょうがないから、今回はクエストに連れてきたが、また城壁修復クエストだ。

 なので、リリアンやハティにできることは無い。


 俺としては、楽に稼げるから今後も城壁修復していきたい。

 しかも、前回の塔修復クエストの評判が良く、このハータで長期間の城壁修復クエストを受けれた。

 多めに報酬が出るし、食事はおいしいので結構おいしい仕事だ。


 ほどほどのペースで城壁直して、のんびりしよう。




 ――――




 ハータに来て3日目。

 遅めの朝に壊れた城壁に向かう。

 俺一人だ。


 ハータの宿屋にはハティとリリアンを置いてきた。

 ハティは毎日俺の横でぼーっとするのに飽きたようで、「今日はやめとくわ」って言ってきた。

 リリアンは長めにこの街に留まることを理解したのか、今日ものんびり昼まで寝てるだろう。


 俺は街の壊れている城壁へ着き、どこまで直すか考えていると、男の声が聞こえてきた。


「ククク、我が神のためにその命を使うのだ」


 声のした裏路地へ入ると、灰色のローブを着た男が黒いネコにエサをやろうとしてる。

 ネコがエサに食らいつくと、すぐに抱き上げた。


 確か……灰色のローブは夜明けのルシファー教団のローブだっけ?

 あいつら何してんだ?


 男はネコにひっかかれながら、どこかへ去っていく。

 怪しい。

 ネコを使って変な儀式でもすんのか?


 俺は怪しい灰色の男を追いかけ、急いで曲がり角を曲がると。

 金髪のお姉さんにぶつかりそうになった。


「わっ。す、すみません」

「いいのよ。あなたこそ大丈夫ですか?」


 お姉さんはふわっと微笑み、聖女ディアナような神々しいオーラを出している。

 お姉さんは真っ白でほどよく装飾されているローブを着ている。白いローブってことは聖ユリス教のプリーストだろうか?

 スタイルも良く、大きめの胸から大人の色気が出ている。


 俺がぼんやりしてると、お姉さんがおずおず聞いてくる。


「ぶしつけで申し訳ないのてすが、このあたりで黒いネコを見ませんでしたか?」


 黒いネコ?


「あー、たぶん見ましたけど。さっき灰色ローブの男がさらっていきました」

「まぁ。そうですか……どちらに行きましたか?」

「あっちのほうですけど……俺も一緒に探しますよ」

「ありがとうございます。そのお言葉だけで十分です。わたくしが1人で向かいます」


 お姉さんから意思の強いまなざし。

 俺は何も言えなくなる。

 お姉さんはなにか大切な使命を帯びているようだ。


「あなたご自身のやるべきことをなさってください」


 教会の司祭のようなことを言って、お姉さんは足早に灰色ローブを追いかけていった。


 んー。なんだったんだろ?

 あと、お姉さんからはキレイな大人の女の人のいい匂いがした。

 俺の仲間からは決してしない、いい匂いだ。


 その後、いつも通りに城壁修復の仕事をした。

 仕事中にちょっとだけ黒いネコを探してみたけど見つからなかった。


 その夜。

 チーズスライムで有名なレストランで仲間にお姉さんの綺麗さを話す。

 ハティはムスッとしながら。


「仕事しないで女についていこうとするなんて、とんだサボり野郎ね。やっぱり私がついていないとダメなようね」


 ハティは「やれやれね」とか言っている。

 ハティがいても俺の行動を変えることはできないんだぜ。


 そんな中、俺の料理はこっそりリリアンに奪われてた。

 俺の注意がハティに向いている間の犯行だ。

 いやな、俺たちって貧乏ってわけじゃないから、たくさん注文してもいいんだぜ?

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