第9話 隠者の社 7:戦闘訓練
―――三カ月後。
「という訳でクロ!!遂に!!遂にこれで一般教養は終了ですよ!!」
「ほ・・・本当ですか先生・・・。」
「えぇ!この三カ月でクロはこの時代の一般的な常識やその他もろもろを身に着けたのです!」
はぁぁぁぁぁ・・・・・。あれ以降やけに張りきった先生の座学は毎日地獄の様に続いた・・・。
毎日朝から晩まで・・・。ここまで詰め込む必要ないだろうに!!!
絶対張りきりすぎだよ・・・。めっちゃ楽しそうだったもん。僕を置き去りにして。
この世界の常識や各地の風土、最低限の一般教養、なぜか料理、裁縫、ベッドメイキングや狩りの仕方まで・・・。ん?無駄なものは・・・少ないかも。実は良い先生?いや魔道具の授業だけ異常に長かった事を忘れてはならない。珍しく深夜までやったからな・・・。
でも・・・楽しかった。
知らない事を知るという楽しさ、そして大変さを身に染みる程思い知った。
あからさまに雰囲気が出るように用意された勉強机に突っ伏す僕の頭にエルマーが乗る。
「きっと無駄じゃないぞ。無駄なものも多かっただろうけど。お疲れ。」
背中の謎リュックをゴソゴソと漁り・・・キャンディをくれた。なんて出来る猫。
「ありがと。解ってるよエルマー。」
頭から降りたエルマーを撫でる。なぜか僕は普通に撫でさせてもらえる。先生が撫でようとすると避けるのに・・・まぁ何となくわかる。イラっと来るんだろうな。うん。わかる。
「はい。では外に出ましょう!!ここ最近は座りっぱなしの授業ばかりでしたからクロもそろそろ体を動かしたいでしょう?これからは目一杯に体も使いますよ!」
確かに体が鈍っている。重いというか何というか鈍った事がなかったからこの感覚も新鮮。
「マスター。その前に飯。もう昼過ぎだぞ。」
エルマーの言葉に先生と僕は同時に時計を見る。お互いに時間を忘れて色々と没頭していたようだ。
「おや、確かにそうですね。お昼にしましょう。」
テキパキと準備を始める先生を僕も手伝う。今日はサンドイッチにするのもあってあっという間に作り終える。そういえば最近、昼食の準備や夕食の準備も任される事がままあった。
料理教えたのこの為だな・・・。
まぁ助けてもらっておいてこの程度、むしろ自分から率先してやりたいくらいだ。
二人と一匹で談笑しながらの昼食。気づけばこんな日常。当たり前に思ってはいけない大切なひととき。
あの日から少しずつ心は軽くなって。
少しずつ温められて。
僕は人間に戻る事が出来たのだろうか。
「クロ?どうしました?」
先生はこういう時だけ。心の洞を漂う僕に鋭い。なんでもない。なんでもないんです。
「幸せだなって。そう思っていただけです。」
ニッコリと笑った。先生のがうつったのかな。上手く笑えているだろうか。
「そうですか。・・・そうですね。」
先生もニッコリと笑った。エルマーは食後の毛づくろいに夢中。
平和だ。
――食休みも済んだ午後。
僕と先生は家から少し離れた草原に居た。
「さてクロ。これからは戦闘訓練です。」
「戦闘訓練ですか・・・。」
戦闘と言われても・・・あまりしっくり来ない。ここが平和過ぎるのもある。
けど僕が戦っていたあれは戦闘と呼べるのだろうか。自信はない。あまり覚えてないから。
「この世界はどんな人も何かしらの戦いに巻き込まれるものです。商人であれば商品輸送の最中に盗賊や魔物に襲われたり、国に属すれば他国の人間とも戦ったり。傭兵や用心棒として生計を立てる人もいます。何より自分の身は自分で守るのです。君の”自由”の可能性を広げる為にも、とても重要なんだ。自由には自由なりの責任が伴うからね。」
難しい事言うなぁ・・・。でも言いたいことは分かる。自分の事は自分で出来るようになりたい。身の回りだけでなく、戦いだったとしても。それに――困っていたり、危険が迫っている誰かが居たら手を差し伸べたい。
先生がそうしてくれた様に。
「お願いします。」
「戦闘とはシビアです。下手すれば命を失います。厳しく行きますよ。」
真剣な先生。それだけ重要で厳しい教えになるんだろう。
生唾を飲み込んだ実感。深く頷く。
ロノはふっと笑った。
「ま、クロは不老不死なんですけどね。」
「・・・・・―――えええええええええええええええええええええ!!!!」
思わず声が出た。
いやいや、死ぬでしょ。死にかけてたし。助けてもらったよね僕。
「はい。開きっぱなしのお口を閉じて。説明しますから。」
半笑いの先生。この展開を読んでたな・・・・。敗北感。だからこの人は・・・・。
「死なないのは本当です。老化もしないし、空腹や病気で死ぬことはありません。クロが閉じ込められていた数十年ろくに食事も取らず、衛生管理がなってなくとも死ななかったのはネクロムであるというフィラメントの恩恵です。」
確かに僕の記憶にある最後の自分の”平常の姿”と今の姿に大差はない。
ろくに食べ物も無く、傷を負ってもロクな治療すら出来なかったけど、確かに死ななかった。
いや、死ななかっただけで痛かったし苦しかったけど。
「ですが・・・クロが死ぬ方法はあります。」
「―――自害ですね。」
先生はさすがですねとニッコリ笑う。少し悲しそうにも見えた。
「その通り。自身でのみ、君の命を終わらせることが出来るんです。でもそれは何も”自分の手で”という意味ではありません。君の街に溢れかえっていたアンデッド達。彼らにも君を殺せたんです。あれは君の力なんですから。」
次々と頭の処理が追い付かない事を畳みかけられてもどう処理していいかわからない。
あの悍ましいもの達が僕の力?
いや、今先生が言いたいのはそこじゃない。思考の激流に踏みとどまる。
「大丈夫そうですね。混乱して唖然とするかと思いましたが・・・クロもたくさん成長しているんですね。」
先生がニッコリと僕の頭をポンポン撫でる。余裕が無かった筈なのに何かムッとした。
その程度に留まれる程、過去になったんだ。あの地獄が。
先生はそのまま話を続ける。
「つまり、君が自分で手を下さずとも自分の能力でも死にます。だからこそ、クロがあれだけの時間を生き延びたのは本当に奇跡に等しい。その地獄の様な日々はこれから君の力になりますよ。」
あの地獄を無かった事になんて出来ない。だから忘れない。そしてそれを力に変える。
とても難しい。考えられない程難しいけど――、先生は前向きに道を拓こうとしてくれている。
それに応えるべきだと。僕の何かがそう言う。
風が歌いながら草原を駆け抜ける。
次の静寂、僕は意外にも笑みを浮かべていた。
「――望むところです。」
驚く先生。
「全く。クロには驚かされますね。」
予想していた全てが外れたのであろう。
先生は優しく微笑んだ。
「もちろんです。これからは近接戦闘術、兵法、魔術、――そしてネクロムの力の使い方を教えます。今まで以上に頭も体も、そして心も酷使しますから覚悟してくださいね。」
くいっと眼鏡を上げる先生。さっきとは違う悪い笑みだ。怖い。
この人のやる気は時として怖い。大丈夫かなぁ・・・・。
「まずは近接戦闘術からです!!」
いきなり始まるのか。さすがだ。ろくな猶予もない。
先生が羽織っているローブをバッと広げると、その裾からは大量の武器らしきものがわんさかと湧き出る。どういう仕組みだこれ。教えてもらってないぞ。
山ほどある武器は全て木製。訓練用に用意されたもののようだった。
「好きなものを選んでください!もちろん向き不向きがありますから、物は試しです。自分に一番しっくり来るものを探しましょう。」
木製のロングソードに弓矢。木製の鉤爪に・・・鎖鉄球??どうやって木で作ったんだ。マラカス・・・はネタ枠でしょ。僕はつっこまないぞ。エルマー程優しくないからな。ガラゴロと漁る。もう僕が使うものは決まってる。
「おや?それで良いんですか?」
「はい。一番使い慣れてましたし、これ以外は多分しっくり来ません。」
短刀。包丁より少し長い程度の武器。前は使い方を間違えた。
けどもう間違えない。
ロノは小さく二度頷き、自身も木製の剣を手にした。
「では、かかってきてください。いつでもどこからでも良いですよ。」
余裕の笑み。
こう面と向かってかかってこいと言われると気後れするけど・・・。
とりあえず思うように全力で戦いを挑む。
だが、僕の攻撃は簡単にいなされ、払われ、その都度反撃を受ける。
先生ってどう見ても魔術師だよね・・・。おかしくないかその動き。
その後もいくら挑もうとも転ばされ、頭を小突かれ短刀を絡めとられ。
何度挑んでも勝ち目が無い。思いっきり投げ飛ばされ大の字に伸びて肩で息をする。
伸びたクロの視線外でロノは少し困った顔をしていた。
恐らくクロは無意識に私に害を及ぼす事を拒んでいる。踏み込みの甘さ。身のこなしの鈍さ。
武器に籠る力、意思。そのどれもがあまりに脆弱。こんなではとても”五の扉”のアンデッド達から生き延びることなど出来はしない。
どうしたものか・・・。実力を知るにはアレしか思いつかないが・・・出来る事ならしたくはない。
――が。クロを信じてみるか。
漸く息が整い、立ち上がった僕に先生が告げた。
「クロ。――許してください。」
先生が指をパチンと鳴らした。
その瞬間。僕の意識は途絶えた。
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