第7話 隠者の社 5:生きる意味
一時経って行き詰る所まで行き詰った思考の権化の前にお菓子とお茶が用意された。
「話を続けましょうか?」
エルマーに目を配るロノ。もういいんじゃねって欠伸のエルマー。
「お願いします。」
僕はまだ知らなければならない。
エルマーの小さなため息は二人には聞こえなかった。
「さて、先に話に上がったフィラメント。クロの事もそうだね。これは基本的に不在となる事はないんだ。」
「不在になる事はないって・・・死んだ時点で次が選ばれる訳ですね?」
ロノの言葉に続けた僕の予想は認められた。
「御明察。フィラメントが命を落とした時点で次のフィラメントが選ばれます。ですが、こちらには例外があり、フィラメントとしての役目を果たせないと主祖が判断した場合にも別者に譲渡される場合があります。――そしてこの世界にはネクロムが約230年不在だった。この意味が解るかい?」
――230年??また途方も無い話が襲い掛かってくるとは。
気の遠くなるほどの時間を生きた実感はあれど、さすがに230年もの間あんな状況に置かれていたとは思えない。
「いえ・・・。全く想像もつきません。」
「だろうね。私もクロの立場だったらもう訳がわからないよ。でも――、全ての辻褄が会う仮説があるんだ。聞いてくれるかい?」
願ってもない。僕が本当にネクロムとやらだったとして、何故あんな仕打ちを受けたのか。そしてロノは何故僕を助けたのか。・・・その仮説とやらに答えがあるんだろう。
「お願いします。」
「うん。嫌って言われても説明するつもりだったけどね!」
ロノが眼鏡を上げたと同時に暗がりの陽光に反射して光る。腹立つ。
「これはさっきも言った通りの仮説なんだけどかなりの信憑性はある。・・・と思ってもらって構わない。まず、クロが閉じ込められていた街。あれは実際に君の住んでいた街そのままだ。――街ごと何らかの封印がなされ、この世界と違う世界の狭間。便宜上異空間と言わせてもらうね。その異空間に飛ばされていたんだ。この世界とは違う時間軸、時間の進みにしてね。」
また突拍子もない・・・。けどこの世界ではそれが可能なんだろう。という事は僕は230年以上昔の人間・・・?
「そうだなぁ。あの感じからするとクロがあの街で過ごした時間は約50年。53年かな?」
細かい年数はどうでもいい。もうおじいちゃんだよなそれ。でもまだおじいちゃんにはなっていないつもりだ。腰も曲がってないし関節も痛く無い。
「何故そんなことをしたか。ここが重要なんだけど。ネクロムがきっと邪魔だったのではないでしょうか。次のネクロムを生まれさせない為。フィラメントの剥奪も譲渡もさせない為に、権限の及ばない異空間に滞在させた。時間を相対的に遅くして少しでも時間を稼ごうと。そう。少しでも時間を稼ぐことが目的だったのですが・・・クロは想像以上の時間を生き延びました。恐らく仕掛けた側としてはこれ以上にない成果だったのではないでしょうか。結果、この世界ではネクロムの存在すら忘れ去られようとしています。ですが・・・やはりネクロムは必要だったのです。」
ここまでの話では理解・・・というより納得できない事が多い。聞きたい事は数多あるけど、まだ色々と聞く段階では無い事は僕にも分かる。ロノに話を促すように小さく頷いた。
僕の心中を察してかは分からないが、ロノはニコッと笑うと話を続ける。
「この魔道具≪世界の目≫ではそこまで細かく見ることは出来ませんが、現在、大陸各地に様々な異常が発生しています。魔物の過剰な繁殖。各大陸内外の紛争。知性の高い生物と低い生物の割合。などなど上げればキリがありませんが、今まで均衡が取れていた世界のバランスが崩れているのです。そこで、少し前に≪死者の国≫をお散歩してきました。」
ん?この人さらっとすごい事言ったな。死者の国って死んでから行く場所ってついさっき言ってたよな・・・。混乱を招く要素はもうお腹一杯だけど飲み込むしかない。
「さすがにここまで大胆な行動は控えていたのですが、猶予も無かったみたいですし止む無くです。でも行った甲斐はありましたよ。やはり冥界では行き場のない魂が溢れかえっていました。本来、生物の転生流転は天属と冥属の二柱、及び天属のフィラメントや従者によって行われていたのですが、最後のネクロムが消失。つまり、クロが閉じ込められた頃から天属との音信が途絶えていたのです。何がしたいのかは明確ではありませんが、何らかの謀略である事は間違いありません。天属は世界の何かを変えたがっているのです。それには天属と同等の力を持つ冥属の影響力を削ぐ必要があったのでしょう。――そして、溢れかえった魂は天属にかすめ取られるように利用され、意図しない個所へ転生されている。モルヴァも全力で事に当たっており、天属と交渉の呼びかけは行ってはいれども、敵対するような余裕はない。つまり、原因はわかっているのに何も対処出来ない。といった状態でした。」
「――そこで僕が必要になったんですね。」
ここで口を挟んだ。結局問題解決に利用されるだけという結論に至った落胆によるものなのかはわからない。それぞれ大変な事情があるかもしれない。けど、天属が何か悪さをしている。だからその解決に僕が必要になった。それだけの事なのだろう。
クロの表情を見て、ロノは小さくため息をついた。
「きっとクロはこう思ってるでしょう。≪何だ利用される為に必要だったのか≫って。」
図星もいい所だ。でも実際そうならそれを言い当てたところで何になる?
「勘違いしないでほしい。私がクロを探したのはそんな理由ではありません。」
とても偽りとは思えない言葉の重さ。そしてロノの優しい微笑み。言葉では言い表せない説得力があった。
「ただ私は、自身の仮説に基づいて考えて・・・それこそ気が遠くなるほどの年月をたった独りで耐え続けている誰かがいる。どんな精神力を持った者でも、そんな事平気な訳がない。だから死に物狂いで探したんです。助ける為。ただそれだけの為にです。」
淀んだ僕の心を、思考を。ロノの言葉が拭い去っていく。
それだけの信用に足る人なんだ。この人は。誰かの為に、本当に心を遣う事が出来る人なんだ。
僕は、少しずつ心の氷が溶け始めるのを感じたのかもしれない。
「僕は・・・生きていて・・・いいんですか?」
その拙い言葉に含まれた意味を丁寧に掬うようにロノが答える。
「ええ――。もちろんです。理由なんてなくとも。あなたが生きる事に何の意味も必要ないはずですよ。クロ。あなたは自由なんですから。」
求めていた答えに胸がひどく狭くなる。ずっと怖かった。ずっと自問自答を繰り返した。言い聞かせた。死んだ日々が色褪せていく。漸く僕は自分が生きている事に安堵した。
安堵は頬を伝う雫に変わった。泣いてばっかりだ。情けない。けど・・・温かい。こんな気持ちはとうの昔に諦めた筈だったのに。今は目の前にある。
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