第13話 プレイヤー4 「IQ170のチーター」のユウジン

 場が和やかに進行している中、激しい音を出して携帯ゲーム機に興じている者がいた。


 その青年はデニム生地のジャンパーを着て首にストールを巻いている。肌は水に戻す前の高野豆腐みたいな色でとても健康そうに見えない。


 前髪が片目に覆いかぶさり表情も暗く、どちらかというと引きこもりと言った感じのする男だった。彼とは二日前に初めてコンタクトを取った。素行はともかく、彼の経歴は必要であると判断しココへ呼んだのだ。


 彼は周囲を気にも留めず、口に含んでたガムを時折膨らませながら、ただ黙々と携帯ゲーム機に興じていた。


「ああ、いいんだ。彼はボクが連れてきた。ええと何て呼べば?」


「ハンドルネームのユウジンでいいよ。みんなからそう呼ばれてる」

 我々と視線を合わすことなく、ゲーム機をカシャカシャと気忙しく操作しながら彼は言った。

 そんなユウジンに樟葉クンが近づいて行った。彼のプレイしているゲームの内容に興味を持ったのかもしれない。


「ユウジンは東京工業科大学を卒業。いろんなコンピューター会社を渡り歩き、現在は自宅でフリーのプログラマーとして働いている」


「ニートだよ。何もしてない」


「でもIQ170は伊達じゃないだろ?」

 ボクは苦笑いをしてそう付け加えた。

 その時だった。樟葉クンが突然大きな声を上げた。


「コイツッ!」


「どうした?」


 部屋の中にいた誰もが樟葉クンを見た。あろうことか彼がユウジンの胸倉を掴み、壁に押し付けていた。


「何があった樟葉クン!」


 ボクは慌てて彼を羽交い絞めにした。芝刑事が間に入り、喧嘩を止めてくれた。


「暴力はダメだ。彼の何が気に入らない?」


「コイツの手にしていた携帯ゲーム機を見て下さい!」

 彼を押さえつけながら、テーブルに放り出されたゲームの画面を見た。そこには民族衣装を身にまとったキャラクターが、剣を構えながら恐竜のようなモンスターと対峙していた。


「【ハンターズワールド】じゃないか」


「ええ、そのポータブル版です。でもよく見てください」

 樟葉クンが顎の先で示したキャラクターは、モンスターの攻撃を受けてもノックバックを起こさないばかりか、ダメージが一切減らなかった。


不正チートですよ」

 彼の言葉を聞いたとき、ボクは心底しまったと思った。生真面目な彼のことだ。ユウジンのことは前もって話しておくべきだったのだ。


「僕を追い返すの? せっかくココのマシンを自由にしていいって言うから来たのに」


 体についた埃でも払うかのように、ユウジンは自分の肩をパンパンと叩いた。そして何事も無かったかのように、涼しい顔をしている。


「こいつはね、運営会社のゲーム内に不正にアクセスして、自分だけ甘い汁を吸うような輩なんです。ゲーム制作者にとって最大の敵、不正者チーターなんです。被害届だってもう数えきれないくらい出している。特にユウジンってやつは。ねえ刑事さ——」


 樟葉クンの発言により場の空気が一瞬止まった。


「え? ここに刑事さんいるの?」

 そう言うと妹様は腰にぶら下げていたモデルガンと一緒に机の下に隠れた。


「いや、それは、その」


「——けいじどうしゃ、そう軽自動車でココに来られたんだ、ですよね芝さん?」


 ボクは芝刑事にウィンクして見せた。

「ああ、そうです。軽自動車の営業車に乗って来ました」


 ボクの機転に芝刑事も乗ってくれた。


「じゃ、じゃあその人は何者でありますか?」


 妹様が机の下から顔を半分だけ覗かせた。


「彼はその……銀行員なんだ。これから説明する企画のために、口座を開設する必要があってね。その審査のために来てくれた銀行員さんだ」ボクは汗をかきながら言った。


「藤森様、この度は当行とのお取引ありがとうございます」


 うまく取り繕うために、町田刑事が深々と頭を下げた。

 樟葉クンも冷静さを取り戻すと、皺の縒ったジャケットをもう一度着直した。

 ボクは彼の耳に自分の口を近づけた。


「ユウジンはゲームオペレーターとして呼んだんだ。それに使えるチートは全部使うべきだ」


 不服そうだが分かったという顔をして彼は手で合図を返してくれた。



 プレイヤー4

【ハンドルネーム】ユウジン 【年齢】二十五歳

【得意ジャンル】オンラインゲーム上でのチート行為

【特徴】IQ170 現在はニート

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