第2話 格闘ゲームの世界チャンピオン

 ウチの新作ゲームのプロモーション会場で起きたことが原因で、私どもとカイバラとは不仲になったのです。


 弊社が世界を牽引する格闘ゲーム【ファイティングスターズ】の最新作が発売されるイベントで、その事件は起きました。


 世界一売れているコンシューマ機専用の新作ソフトですからね。社運を賭けたプロジェクト故に失敗は許されない。ウチもかなりの販促費用を投じてこのイベントに臨んだのです。その目玉となるのがカイバラのサプライズ出演でした。


 大阪は難波という都市の地下街に、宇宙ロケットの巨大なモニュメントが展示されていた場所がございます。現在は撤去されているのですが、有数な待ち合わせ場所として知られる「旧ロケット広場」。その広場で、プロモーションイベントが行われたのです。


 私はくだんのソフト開発には一切携わっていませんが、手前どもの本社が大阪にあるものですから、応援に狩りだされた次第でして。イベントには私も居合わせていました。


 スタジアムにあるような巨大な液晶ディスプレイ。これを簡易の舞台上に設置。


 登場するキャラクター三十体分の等身大ボードを配置したイベント会場には、ざっと見積もって二百人くらいが大挙したのかな。

 参加してくれた人のほとんどが男性でしたが、その熱気たるや筆舌に尽くし難いものがありました。


 イベントでは弊社プロデューサーの門真かどま君自らが、必殺技などを小気味良く披露。 

 新キャラを含めてひとしきり試遊して見せたあと、舞台袖に潜んでいたカイバラが飛び入り参戦。盛り上がりが最高潮に達した瞬間です。


 顎ひげを生やした茶髪の青年、格闘ゲーム界の帝王カイバラが登場し、門真プロデューサー相手にデモンストレーションを行います。ひと段落したあと、


「この会場に我こそはと思う強者チャレンジャーはいませんか?」


 ヘッドマイクを装着していたカイバラが片方の手をすっと挙げ、会場内をぐるりと見渡します。ここまでは当方で示し合わせた通りの筋書き。


 会場からはどよめきが起こり、

「ハイハイハイハイッ!」と押し合いへし合いしながら、対戦相手に選んでもらおうとその場にいる誰もが手を挙げました。


 指名された一人の男性が舞台に上げられると、カイバラ自らコントローラーを手渡しキャラクター選択へと移行。


 カイバラが選んだキャラはゲーム内の主役【ヤマト】

 空手から派生した格闘術の使い手で、そのてのひらからは体内で生成される気功「咆哮拳ほうこうけん」を発射させることができる、オールマイティーなキャラクターです。


 彼がこのキャラをセレクトしたということは、例え誰が対戦相手であっても容赦はしないという意思の表れです。


 彼は今にして古風と呼べるくらい真面目な性格の男です。



 東京のゲームセンターで対人戦二百七十連勝という金字塔を達成し、噂を聞きつけた開発部長がアドバイザーとしてスカウトしたその日から、彼は対戦者に対して一切の妥協を示すことはしなかったのです。



 鍛え磨き上げられた彼の【ヤマト】の前に挑戦者の誰も歯が立ちません。世界チャンピオン相手に敵う人間など、市井しせいにはそうはいませんよ。


 イベント如きで実力を見せつけられても我々としては困るのですが、彼の生まれ持った自尊心というか闘争心をヘシ折るわけにもいかず、対戦相手が敗れていく度に、歓声はやがて嘆息へと変わっていきました。


 対戦者が敗れ、次々と現れる対戦者もコテンパンにやられると、次第に会場の熱気も冷めて来るようになりました。さすがのカイバラも忖度して、相手の攻撃をまともに受けるような演出はあっても、勝負はきっちりと勝ちで終えました。


 何人か交代し次の対戦相手を求めましたが、カイバラへ挑戦できるという憧憬だけで手を挙げるような勇者はもういません。

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