君の名は・・・

エレジー

第1話

コロナ騒動前の数年前の出来事。


私の勤め先では、年に数回大きなイベントがある。その度に、昼の3時くらいから酒盛りが始まる。出入り業者たち、関連している方たちと、打ち上げ的な酒盛り。


その酒盛りは、長い時には日をまたぐ事もある。皆、異常に酒が強い。私も弱い方ではないけれど、長時間になるとわかっているので、無理せず最後まで付き合いができる飲み方をする。


先日も、その大きなイベントがあった。


いつもは、そのまま自宅に帰るんだけれど、親しい出入り業者の二人と盛り上がってしまった。


一人はSさんという方で私より5歳下。普段から私とバカ話ばかりしている仲。


もう一人はその人の上司でYさん。私より3歳上。奇遇にも私の関西の先輩と大学で同級生だった方である。その先輩から私の破天荒振りを聞いているせいか、よく話はしていた。


「この後、キャバクラでも行きましょか!」


めったに飲みに出られない私はここぞとばかりに言ってみた。


「おっ!いいね~!」


他の二人も賛同してくれて、久しぶりのキャバクラに行くことに。その時点で時間は20時過ぎ。何を喋っていたかも定かではないくらい泥酔の域だったと思う。


私は岡山の繁華街はよく知らなかったので、Yさんがよく行くキャバクラに行く事になった。その店は酔いのせいか、店の造りが豪華に思えて竜宮城に来たみたいだった。


そして2軒目。マイクも握っていたようだ。


深夜12時過ぎご帰宅。




翌朝。




久しぶりの激しい二日酔いに襲われた。ヤバい・・・昨日の記憶がほとんどない。ただ断片的に覚えている事があった。


女の子からもらった数枚の名刺をマンションの植え込みに捨てた事。これには変な話、自分で自分に感心してしまった。


今までの失敗データが蓄積しての行動なのか、危機回避行動を遺伝子レベルで行っていた。しかし、店で何を喋ったのか一切覚えてなかった。


記憶がなくなる程、飲むことは最近では珍しかった。若い頃は記憶が飛ぶくらいよく飲んでいた。その度に、人に対しての暴力と、女の子に対してセクハラをしていないかが心配だった。




私の持論。酒は人の理性を無くさせ、その人間の本能、人となりがそのまま出ると。


若かりし頃は、人ではなく自販機をボコボコにした事はあった。女の子に対しては一切嫌なこと(セクハラ等)はしたことがなかった。


でも、人間、いつ何時豹変してしまうかわからない。それが昨日かもしれないわけで・・・


私は一抹の不安を抱きつつ、YさんとSさんに携帯で連絡してみた。


「エレジーさん、それがYさんも僕も記憶がないんですよ。」


解消されるものと思われた不安は解消されなかった。勤め先に着いた私は一番に金庫に行った。


やっぱりな・・・


“5万円借ります。エレジー”


金庫そばに激しい字体で私の文字が書かれた紙があった。金庫にヘソクリの5万円を返した。


「昨日、大丈夫でした?」


勤め先の社長が私に言った。


「いや、久々に記憶なくなりましたわ。」


という訳で、YさんSさんと私で『あの日の記憶を辿るツアー2019』が1週間後に決まった。軽く食事を3人でして、あの日の店のルートを辿るということに。




そして、そこでわかった意外な真実とは・・・




「これ適当に使って下さい!」


最近、金回りが良かった私。今回は私が誘ったという事もあり、年上のYさんに10万渡した。創作居酒屋で小1時間アイドリングを兼ねて、少しの酒を入れた・・・つもりが、元来、酒好きでもないけれど、腹を割って話せる仲間と飲む酒は杯が進む。


「俺ね~この業界の人間で好きな人間1っっっ人もおらん!」


私の先輩と同級生のYさんが、人差し指を立てて力強く言った。


だろうなと思っていた。


私がいる業界は特殊な世界で世襲がほとんど。苦労もろくにせず、若くして後を継ぐ人間がわんさかいる。


私は今時珍しい叩き上げなので、一番下からじっと見ることができたのでよくわかる。たかが後を継いだだけのお前が何が偉いねん!と、いつも思う。


「それをその業界の人間がおる前で言うかね~!」


私が笑いながら言った。


「いや!エレジーさんは別よ!別!」


わかってるよ、Yさん!


人殺しのようなイカツイ人相とは裏腹に、だいぶ年下の人間にも直角になるくらい頭を下げているYさん。仕事と割り切って、そうできるYさんを私は密かに尊敬している。


3人ともエエ感じにアイドリングができ、そこそこ酔ってきた。けれど、前回と同じ轍を踏まないよう、のびしろを残すくらいで止めていた3人。


「エレジーさん、さっきから時計見過ぎ!」


笑いながらSさん指摘する。店が開くのは20時。時計の針は、20時になろうとしていた。


「じゃあ、そろそろ行きますか!」


待ちきれない私は記憶の糸を早く辿りたくて仕方なかった。


歩いて、まず1件目。


Yさん、Sさん、ちゃっかり指名している女の子をボーイに耳打ちしていた。


「お客様、ご指名は?」


ボーイさんが私に尋ねてきた。


「1週間前に来たんやけど、そん時の子ってわかりませんよね~?」


「そうですね~・・・お名前がわからないとちょっと・・」


そりゃそうだ。


まぁ、とりあえずと店内に入った。Yさんは顔さすのが嫌なのか、いつもVIPルームに行くとの事。VIPルームに入るとL字型に置かれた高級そうなソファーがあった。


「そうそう!ここや、ここ!この景色が竜宮城みたいに見えたんよ!」


ガラス張りの向こうには、ちょっとした庭園みたいなのがあり、小さな滝みたいな水が流れていた。


私の断片的な記憶が甦る。3人とも一週間前と同じ場所に座った。


暫くすると女の子たちが入ってきた。


「いや~!また来てくれたの!」


女の子たちが口々にそう言った。それぞれ私たちの横に座った女の子。


「あれ~、私の事覚えてないんですか~?」


言われてみれば、見覚えがあるような・・・


その子はNちゃんという名前で27歳。モデルみたいなスタイルで顔も私好みだった。


「えっ、あん時、横に座ってた子?」


「え~ホントに覚えてないんですか~!ショック~!」


「いや~、あん時、泥酔状態やったからな~。何っにも覚えてないねん!」


今回は、その記憶を辿るツアーなんだと説明すると他の女の子たちと笑っていた。


どうやらYさんが指名している子と親しいらしく、私についていたのを覚えていたとの事だった。


「だから、あん時、何喋っていたか全っ然わからんのよ!俺、何喋ってた?Nちゃんにセクハラとかしてへん?」


「全っ然!泥酔してたなんて信じられないです!めちゃ紳士でしたよ!それに、俺、嫁の事、絶対裏切られへんのや~言うて、あ~私が入る隙間ないんやな~って思いましたもん!」


えっ!無意識で、俺、そんなん言うてたんや・・・


めちゃくちゃ意外だった。


小遣いはないわ、小言が多いわ、ダメ出しばかりしてくる嫁に対して、そんな風に思っていたなんて・・・


まぁ、もっとも、根底には私との子供二人をとつきとおか大事に身籠ってくれただけでお釣りがでるくらいだと感謝してはいる。


にしても、わかっているとはいえ絶妙に男心をくすぐるセリフを入れてくるNちゃん。


「お支払いの時も、ポケットから無造作にお金出してYさんに渡してましたよ。」


あ~、そん時に5万全部Yさんに渡しとったんや。だから、家についた時点で丸腰だったわけだ。


「あっ!それと、スゴくトイレ行ってて、帰ってくるたんびに君の名は?って言ってたのが、めちゃ面白かったです!」


「映画のタイトルかっ!ってね。」


私は酔いがまわると、小便の回数がうなぎ登りになる傾向がある。帰って座ったと思ったら、また行くみたいな。


やはり泥酔していたからか、名前ですら記憶できなかったようだ。


「お客様、そろそろ1時間になりますけど、いかがなさいますか?」


1時間がきたらしく、ボーイさんが入ってきた。


「じゃあ、そろそろ行きますか!」


今夜のコーディネーターであるYさんが言った。本音を言うと、後1時間くらいNちゃんと喋りたかった。


どうやらYさんは、次の店の子が本命との事だった。Yさんに任せているから仕方ない。後ろ髪をギュンっ!と引かれる思いを堪えて、次の店に。


次の店でもVIPルームへ。YさんとSさんは指名している女の子が横に。


「エレジーさんの横、何人か女の子着いてたんやけど、一番喜んだ顔してたんAちゃんだと思うんよね~!」


Yさん指名の女の子が言った。


「Aです!この間はありがとうございました!エレジーさん!」


これまたさっきのNちゃんとはタイプが違うけれど中々の美形の子だった。


「ごめん、覚えてないねん!泥酔してたから。」


「そんな風には見えなかったんですけど・・・」


「ですけど?」


「めちゃくちゃトイレ行ってました!」


笑いながらAちゃんは言った。


「あっ!ちょっと待って!その度に言ってたセリフ!せ~のっ!」
























「君の名は!!」






















あ~楽し!(笑)


そこでは歌も歌ってたみたいだった。いつもよく歌うC&Kの『Y』、中村つよしさんの『愛にカタチ』などを歌っていたらしい。


あっという間の3時間だった。お開きとなった『あの日の記憶を辿るツアー2019』。


にしても、嫁に対してそんな風に思っていたなんて、我ながら感心してしまった。あ~「俺、無意識でも、お前の事こんな風に思ってたんやで!」って言いたい!


けど、嫁は私がそういう店に行くのを嫌がる。だから、居酒屋に行っていると言ってるから言えない。




このもどかしさったら・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の名は・・・ エレジー @ereji-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ