第28話 アフリカの少年



 また違う日に誰かの視線から始まった。

 白っぽいボーっとした視界が徐々に広がっていく。


 ここはどこだろうか?

 白い天井のペンキ臭い部屋でベッドで寝ている。

 片足に手錠が掛けられてて、ベッドに繋がれていた。

 体中が痛み、なんだか熱があるようでだるい。

 まだ眠い・・・


 ここにいる前は確か、後ろですごい爆発があって、

 仲間の少年兵がトラックの荷台から落ちたのを見てたら、頭に何かが当たって・・・それから記憶がない。


 でも、捕まったみたい。

 良かった。

 やっと悪いことしなくて済むんだ。

 指揮官や周りの悪い奴に怯えてなくていいんだ。

 ここはそういう所ではないみたいだ。


 頭が痛い。

 痛いところを触ると、手当てがしてある。

 初めて見るような、真っ白な白い布で腕も巻かれてて、薬の臭いがする。

 ここは街の病院なのかもしれない。

 出来るなら、少し休みたい。

 まだ、動けない・・・



 僕はそんな風に、何事が起きたのか考えていると、重いドアの開く音がする。

 誰か来たみたいだ。

 体中があちこち痛いから、そのまま目だけ動かして相手を見た。


 シャツを着た、知らない若い軍人のような、白人の男がいる。

 手には銀色の箱を持ってていた。

 その人は僕のそばに来て、下手なフランス語で話しかけてくる。

「よかった。少年は生きて。後で食事、あげる。」

 意味は解かった。どうやら介抱してくれているらしい。

 そして、腕に針を刺して、長い管の付いた袋の注射を付けた。

「ありがとう。」しばらく言った事のない言葉だったが、自然と口から出た。


 若い男はにっこり笑って出て行く。

 直ぐにいい匂いのするスープとすごく柔らかいパンとチーズまで持ってきた。

 足が繋がったままなので、離れられないのでテーブルを持ってきてくれて起こしてくれた。

 あちこち痛くて食べるのは大変だったけど、おいしくて止まらなかった。

 食べ終わって横になると直ぐに眠ってしまった。



 僕だけが天井を見つめる。

 ここで目が覚めることが多いのだが、たまにこういうこともあった。

 子供の頃はここで金縛りみたいなのがあることが多かったような気がする。

 今回は違うみたいだ。





 僕は〝少年の夢〟を少年と見ていた。

 山岳地帯の貧しい村で育った僕は、その時までは他の村の子供と同じように家の手伝いをして暮らしていた。

 そこへ武装集団が現れて、村の人たちを襲っきた。

 僕はトラックに乗せられて、キャンプに連れていかれた。

 そこでは酷い事をする人ばかりで、僕は怖くて逃げる事も出来ないで、カカオの収穫ばかりをさせられていた。

 見張りの人が鉈で怖がらせたり、蹴ったりするから仕事をしないといけない。


 少しして、指揮官という人が来て、何人か並ばせられていると、また何人か連れてきて並んで座らせた後で銃を渡された。


 何をさせようとしているのか直ぐに解かったけど、怖くて出来なくて下を向いて震えてしまった。


「お前ら。一人づつ並んだ奴を撃っていけ。」

 言いながら、僕の頭を拳銃の先で小突いてくる。


 止まらない手を動かして銃口を向けると、目の前の人が震えだして、「やめてくれ。頼む。」と必死で叫ぶ。


 パン

 と音がして、その人は倒れた。

 僕が撃つ前に指揮官が撃った。

「うるさいよ。」



 並ばされた皆は、誰一人として逆らえずにぶるぶると震える者、涙を流す者、じっと1点を見つめる者、皆、恐怖に動けずにいた。


「あっ。違うやつ・・・1人連れてこい。」

 別の人を連れてこさせて、その人も殺すつもりだ。

 いや、殺させるために連れて来るんだ。


「撃っちまっただろうが。早くそいつを撃て。いいか!わかったか!」

 怒鳴り声が響いて皆、ビクッとして縮こまった。


 僕は撃った。

 意外にも、じっと倒れた体を見ても、前に神父様が言っていた様な、罪に苛まれるような感情も起こらない。

 生き残るためにやっただけで、悪くないんだと、心の中でつぶやいていた。


 指揮官がまた頭を小突きながら命令してくる。

「隣の奴に銃を渡せ。早くしろ。」


 隣にいた歳の近い少年に銃を渡す。

 隣の子は渡されると直ぐに撃った。そして、直ぐに隣へ渡す。

 それを見た指揮官がプッと笑って笑いを堪えている。


「ぐふっ。撃て。」

 何が可笑しいのかわからないが、吹き出しながら言う姿が怖い。


 その隣の子は泣きながらブルブル震えている。

 怖くて固まっている。


 その隣に指揮官が立って言う。

「お前。撃たれる方がいいか?どっちだ?んん?」

 と煽る様に言う。


 増々、震えながらでもゆっくりと銃口が上がっていく。

「早く撃て。殺せばいいんだ。そいつらは罪人だからな。従わない奴はみんな罪人だ。」

「殺せ。」


 震える手で撃った彼は黙ったままじっとしていた。


「おい。次。」

 と指揮官が銃を持ったままの子を小突く。


「早く。終わらねぇだろうが。」


 隣へ渡すと、チッと舌打ちして

「撃て。」


 殺させた後で銃を回収すると、死体をそのままにして解散になった。



 恐ろしい光景に僕はもうドン引きで心臓がバクバクいった。

 特に、自分の番の時にはその持った銃を指揮官に向けて撃っていいんじゃないかと思ったけど。


 でも、実際に僕がその立場だったら、どうするかはわからないな。多分、この子と同じように撃つかもしれないな。



 次の日、また続きを見た。

 恐ろしい光景は相変わらずでグロかった。

 トラックで連れてこられたところは、知らない村の外だった。

 銃を渡されて、全員で村へ歩く。

 銃撃が始まって、村から逃げようとする人がバタバタと倒れていき、家は燃やされていく。

 僕は、銃を構えたまま、撃つ振りだけして歩いた。


 少し大きな家の前で、残った村の全員を集めて座らせる。

 そして、目を覆いたくなる様な惨劇が続いた。



 僕はトラックまで銃の弾を取りに行かされて、村の外へ出た時だった。

 銃撃戦がどこかから始まって、激しい撃ち合いが始まった。

 トラックからは何も見えなくてどうなってるのかわからなかった。

 銃撃の音が、だんだんと村の中心からこちらに向かって近づいてくるのがわかる。

 一番近くで撃っているのが、村の一番外の家の向こう側だった。

 僕は銃を銃撃戦のする方に向けながら、逃げ道を探していた。

 トラックのところにいれば銃撃に遭わないというわけではないと思って、直ぐ近くの家の裏に行く。


 銃には弾が30発も入っているが、撃ってないのがバレるとまずいので、弾を茂みに捨てて、一発だけ残しておいた。


 下を向いて銃を扱っていたので、周りに人がいたのに気が付かずにいた。

 カシャッとたま弾倉を銃に戻した時だった。

 突然、誰かの足が壁に銃を押し付ける様に蹴ってきて、手から銃が離れて押さえつけられた。

 足の主は背が高い白人の軍人だった。

 現代の僕には直ぐにエッカルトだと分かった。

 黒人の少年には誰だかわからず、怖くて顔が引きつる。

 殺されるかと思って目をつぶると、優しく方に手を置いて「銃は持たなくていい。撃ちたくないなら撃つな。」と言った。

 涙が出た。初めて人を撃った時よりも。


 そして軍人は銃撃から離れる様に指さして、そちらに行くように言う。

「隠れていろ。後で迎えに行くから。」

 と銃撃している方へ向かっていった。

 彼は、僕らの仲間を次々と撃って倒していった。


 指揮官がエッカルトの仲間に腕を撃たれて、血を流しながらトラックに戻ってくる。

 そして、無線で叫んでいた。

 直ぐに爆弾がたくさん降ってきて、辺りは死人だらけになっていく。


 僕も爆発に巻き込まれて死ぬのではないかと思ったけど、運よく当たりはしなかった。


 軍人の方も逃げようとしている。

「退却しろ。退却だー。」

 と叫び声が聞こえて、去っていく。


 さっきの軍人が、去っていく間際に遠くから

「待ってろ。また戻ってくる。絶対にだ!」

 と言って走り去った。


 指揮官はトラックでぐったりして仲間に担がれていった。

 トラックで来た人たちはほとんど残っていなくて、僕は荷台で一人だった。


 トラックの荷台でさっきの軍人の言葉が頭に響く。

 また戻ってくるという事は、仲間を襲いに来るという事でも、僕を迎えに来るという事でもある。

 どちらにしても、僕を解放するために戦ってくれるという事になる。

 こんな暴力しかない殺伐とした世界で、唯一の救い主が現れた事で、薄くではあるけど希望が見える。


 涙と嬉しさが同時に溢れて、返るころには目が腫れてしまった。





 いろんな夢を見るのは楽しいと思っていたけれど、どうにもこの少年の夢だけは楽しい気持ちになれない。

 妙に残酷で悲しい事ばかりだからだ。

 しかも時系列がバラバラで記憶をつなげて並べないと整理できない部分も多かった。



 またいつも通りの暴力に支配されたキャンプに戻って、元の生活に戻ってしまった。

 キャンプの皆は、村を襲っては暴力の限りを尽くしていた。

 またたくさんの人が集められて、キャンプには装甲車や機関銃が来た。

 たくさん人を殺すために人が集められ、武器がだんだんと強力になっていく。

 戦争でも始まるのかと思うほどの数の集められた人たちは、皆、農民か狩人で村を人質に取られたり、犯罪者だったりと様々だった。


 ここではありとあらゆる悪いことが平気で行われていて、感覚がおかしくなっていく。

 他人の財産や命など、奪うものであって、それ以上のものではないと教え込まれる。

 その他人の命から、ここにいる人だけ残れたのだから感謝しろとまで言われる。


 そうなんだ。僕の命は奪われてしまってるんだと思うと、全てがどうでも良くなっていく様だ。

 僕の中にはどこにも行き場の無い怒りが、静かに溜っていって、知らない間に他人から奪いたいと思う様になっていく。


 初めて自分の意志で奪いたいと思ったのは、僕の家族を撃った奴。次は指揮官の命。そして、村で平穏に暮らしている奴。

 自分でも感じるその狂気に嫌悪しながらも、抑える事が出来なかった。


 そして、それほど経たない時に大きな作戦があるからと、更に大きなキャンプの設営になった。

 トラックで移動した先は森中だったので、木を切って小屋を建てていく。そうやって作業している間は平和だった。


 そして、たくさん集まった人の数が何百人にもなって、小さい町のようなキャンプになった。

 狂った指揮官のような奴がいなければ、きっと暮らしやすい村だったに違いないと思うと、悲しくなってくる。


 ある日、白人の太った男が何人も人を連れて訪れてきた。

 どうやら指揮官の顔見知りのようだったけど、仲がいいという風にも見えない。

 トラックから食料と武器が降ろされていた。

 鉈とかこん棒とかが武器だった人たちにも銃が持たされて、爆弾も渡される。

「使い方はわかるな。」と体格のいい男から渡されるとき、指揮官に投げつけてやりたかった。


 そして、1ヶ月が経つ頃に、朝のまだ暗いうちから出兵の命令があった。

 慌ただしく荷物を積みながら、朝食を摂るとトラックの周辺に集められる。

 指揮官が怒鳴り散らして連れてきたばかりの人たちまで全員トラックへ乗せている。

 僕は嫌がる僕と同じ歳の子を、トラックに乗せると銃を渡した。


 トラックの荷台には、同じくらいの少年兵ばっかりが乗っていて、泣きそうな奴や何故か興奮して叫ぶ奴、固まったままの奴などいろいろだった。


 乗せられたトラックは列の真ん中くらいを走っている。

 昼くらいからまた村を襲うらしいけど、今度のは人が多いから大きな村なのだろうか。

 そしたら、向こうも同じように武器で抵抗してくるかもしれない。

 迷わず撃たないとこっちがやられてしまう。


 少年兵の中には、暴力的な奴もいて、そういう奴はどうしても好きにはなれないけど、生き残るためには仲間になるしかないので、表面では仲良くしてる。

 こんなところでなかったらね絶対に仲良く何てするものかと思っている。

 そいつは周りの奴に早く銃を撃ちたいとか言ってて、狂ってるとしか思えない。

 機会があったらそいつを撃ってやりたいくらいだった。


 そんなことを考えていると、陽は高くなって昼前になっていた。

 ちょうど、トラックが角を曲がった時に、林の向こうにほんの一瞬だけ海が見えた。

 一度しか見たことが無かったが、広くて潮の臭いのする海は開放的だった気がする。

 向かっている先はそういう漁師がいる村だろうか。

 海を見つけた他の少年兵が叫び出した。


 海が見えた!


 わあああっ

 と荷台が賑やかになった。


 少しでも先が見えないだろうかと皆が荷台の呷りから身を乗り出した時、後ろで轟音と共に衝撃がトラックを襲った。

 トラックは爆発で後ろが少し浮き上がってバウンドすると、乗り出していた少年兵の何人かが道の上を転がった。

 トラックの後ろでは落ちてしまった少年兵が起き上がろうとしているのが見えた。


 その瞬間、何かが上から落ちてきて、頭に当たる衝撃を感じて気が遠くなる・・・。


僕はそのまま気を失ってしまった様だ。




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