看板娘のおはなちゃん

 私の名前は星野華子ほしのはなこ。高級住宅街にひっそりと佇む老舗のテーラー、『テーラーほしの』の跡取り娘なの。まぁ、娘と言っても、もう結婚してるし、今年孫が生まれるくらいの年齢ではあるけどね。でも、古くからお付き合いのある常連さんは私のことを「看板娘のおはなちゃん」と呼んでいる。ふふふっ。


 最近の若い人はテーラーって聞いても、なんだそれはと思うかもしれないけれど、ようはお仕立て屋さんのことね。自分の身体に合わせたお洋服やスーツなどを、お洋服の生地をお客様に選ぶところからしてもらって、オリジナルで作る、というとわかりやすいかな。


 私の店舗のある高級住宅街は、お金持ちの人が多く住んでいて、昔からオーダーメイドでお洋服を仕立てるのは良くあることなんだけど、最盛期よりもオーダー数が減っちゃって、どうしようかなって考えた当時の私は、高級クリーニングを業務内容に追加したの。これがなかなかの大ヒット! 長いお付き合いだからって、常連さん達がひっきりなしに頼んできてくれて、今ではどっちが本職かわからないくらい。


 おっと、話が自己紹介みたいになっちゃたわ。いけないいけない。今日は、いつもご贔屓ひいきにしていただいている、小林財閥の執事をしているタカハシさんから急遽呼び出しを受けて、小林家に来ているんだけど、それにしても大きなお屋敷だなぁ。


 重厚な鉄の玄関扉からお屋敷まで続く道。こんなことなら車できても大丈夫だったんじゃないかなってくらい長いわ。それにしても美しい庭園。芝生の緑がこんなにも整っているなんて国立競技場か高級ゴルフ場といったところかしらね、なんて思ってた私はやっとお屋敷の玄関にたどり着く。


 ガランゴローン


 大きな呼び鈴が、これまた重たく響いて、しばらく待ってるとドアがあいて、執事のタカハシさんらしき人が出迎えてくれた。


 ――おっふ。なんだこのスラッと背の高いイケメンすぎる紳士なおじさまは!!


「お電話いただいたテーラーほしのの、星野です。本日はオーダーでお召し物をお作りというご連絡を受けてこちらに来ました」


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」


 ――おっふ! おっふ! おっふ! 何なんだ! この包み込まれるような優しい低音ボイス!さ、最高だ。そしてお美しい後ろ姿。見たところ私より十歳くらい上かしら。なのにすらっとした立ち姿。背筋が真っ直ぐ伸びていてかっこいい!


  大きなお屋敷の真っ白な大理石の廊下を進み、シンデレラのお話に出てきそうな階段を登る途中、


「足元お気をつけください」と軽く振り向いて声をかけられ、余計に足元が危なくなってしまった私に、「大丈夫ですか?」と、さっと手を差し伸べていただいてしまった。はい、大丈夫ですといったけれど、あそこは大丈夫じゃない方がよかったかも。惜しいことをしたと思ってしまった。


 ――あぁ、だめよだめ! 華子。あなたには大切な夫がいるじゃない。今日は仕事をしにきたのだ。ダメダメ。そんないつものノリはここじゃダメよ!


 高級クリーニングをしはじめてから、この辺のお得意様だけではなくて、いわゆるコスプレイヤーさん達の御用達店にもなったうちのテーラー兼クリーニング店には、コスプレが趣味の女の子達のバイトが入ってきた。そのおかげで毎日あのアニメがどうだとか、あの声優さんがかっこいいとか、この乙女ゲームはおすすめで、誰それ推しなの! みたいな会話が飛ぶのだ。その話を聞くうちに、私もどっぷりハマってしまっている。


 そんな私から見たら、もうこの執事っていう職業もツボってるし、年上の品のいいおじさまってこともかなりな高ポイント!


 ――こ、これは! 絶対お店に帰って夢子ちゃん達に自慢してやろう。


 そう思ってついて行ってると、大きなお屋敷の中のどこかの部屋の前についた。


「さぁ、こちらです」


 そういって私の執事タカハシ様は、ドアを紳士的に開けてくださる。


 ――ほぅ、そのお姿も素敵です。やはり執事は左手で開けて右手は胸の前ですか!


 目眩がするほどかっこいいおじさま、私の執事のタカハシ様は、その部屋の中に私を通してくれた。その部屋はとても広く、まさに高級ホテル! といった感じの高級そうな家具があって、そうそう!財閥といえばこれよね!と思うような大きなベッドに、そうね、キングサイズより大きいかしらなどと、ため息を漏らしながら部屋をくまなく脳内に焼き付けていると、


 ――ええ!!??


 ベッドがもぞもぞ動いたではないか!


「ぼっちゃま、お伝えした通り、お仕立てをしてくださる方をお連れしましたよ。先ほど一度起きたではないですか」と、イケボで私の執事タカハシ様がベッドに近づき、布団をゆする。ほら、早く、起きてくださいませ、ぼっちゃま、などと執事のタカハシ様に揺すられて、ベッドの中身の人がゆっくり起き上がった。


 ――きゃーーーーーー!


 ものすごい、ものすごいですよ、あなた。もう、本当、胸がズキュンですよ!


 ――なんだこのイケメンはーーーーーーーーーー!!!


 もうですね、もうですね、あれですよあれ! うちの子達が、バイトの子達がやってる乙女ゲームの中の人ですよ!! そういう設定とかないですか? 私はやらないから詳しくわかんないけど、でも見せてもらったことある気がする〜! もう何!? やだ! 財閥ってみんなイケメンばっかなの!!!もうこれは早く店に帰ってみんなに言わないと!! 私の心が持ちませんよ!!


 そのぼっちゃまと呼ばれるイケメン様は、その後その自室にあるバスルームへいかれ、そして、おあろうことか!!


 ――まじ死んじゃう♡ もう、死んでもいいかもしれない♡ 主よ、なんと尊いお姿で♡


 お風呂上がりで濡れた長めの髪をかき分けた、バスローブ姿のぼっちゃま。いえ、王子様、私のお王子様の、バスローブから、腹筋が、腹筋が、ふっきんがーーーー!!!


 ――はぅ! もう、今日は仕事にならないわぁ〜 ごめんなさい、あなたぁ〜

私は今からこの王子様と……



 そんなわけはなく、きちんと採寸して帰りましたよもちろんプロですからね!その辺りは!


 が!


 採寸してる間中、もうたまらない白いすべすべのお肌と、乙女ゲームのキャラかっ!って突っ込みたくなるような容姿端麗のお姿に、もうわたくし華子の心は貪り食われた気分でした。夫にはもちろん内緒にしましたが、


「超! マジすごいイケメンで!!!! 設定的には財閥の御曹司! 」


「おはなさん、それまじですか、超やばくないですかーーー!私の推しの設定まんまじゃないですか!!!ツンデレなんですよね!!」


「もちろん!」などと、バイトの女の子達とは盛り上がりまくった。


 ――はぁぁ、またオーダーこないかなぁ♡


 この時のオーダーは、黒のタキシードみたいなスーツと、マント、そして、なんと仮面舞踏会みたいなマスクだった。もうこの顔の採寸では鼻血が出てしまいそうで、大変だった。


「はい、計りますよ〜、ちょっと目をつむってくださいね〜といったら目を閉じた王子様。まつ毛超長かったよ!はぁぁぁ。最高」と言った私に、コスプレイヤーとしては有名人の夢子ちゃんは、「私にそれ作らせてください!推しキャラなんで! おそろも作りたいですし!」なんて言いながら、ものすごく手の込んだいいものを仕上げてくれた。好きってクリエイティブの力を発揮させるわね!


 そんなことを思い出して昼からニヤニヤと仕事をしていたら、電話がなった。


 ガチャリ。


「はいもしもし、お電話ありがとうございます。テーラーほしのです。はい、あ! はい、覚えております。もちろんですともタカハシ様。はい、あ、またオーダー品のご注文で」


 ――きたーーーー! 主よ、願いを叶えてくれたのですね!


「ええ、はい、黒いキャスケットの帽子を五つ、子供サイズで、小学生くらい、あ、中学生くらいが四つと小学生低学年くらいが一つですね。はい、一般的なキャスケットで、はい、かしこまりました、納期は一週間後ですね。はいかしこまりました。では出来次第、お屋敷にご連絡いたします。誠にありがとうございました」


 ――きたよきたきた! 神様、願いは叶うものなのですね! 残念ながら今回はお届けしておしまいのようですが。でも神様、ありがとうございます! 私の執事タカハシ様のイケボをこの耳で!! 受話器越しに聴けましたぁ!!! 感謝します!あぁ!!!! アーメン!



 おっと、感極まってしまった! いけないいけない。一週間でキャスケット帽子を五個は結構ハードかも、と、私は早速材料の手配などをはじめましたが、はて、子供用って、いったい、誰の??



************


「ええー!おはなさん!それって王子様五人子持ちってことですかーーー!?……ちょっと違う意味でたぎりました。私」


「夢子ちゃん、私もよ」

「「おっふ♡」」



 そんな会話があったことは、この二人以外、誰も知らない……



****************


 こうして、無事、怪党キューピーこと小林財閥御曹司、小林求太郎こばやしきゅうたろうのコスチューム は完成した。


 そして、キャスケットは誰のものか、それは、今はまだ、神のみぞ知るのであった。気になる方は本編にて。



 


 

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ガチで楽しむ5秒前!ガッチーズ達の日常 和響 @kazuchiai

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