幕間 リリーとエレナ
夜。
家の明かりが消えてからしばらくして、リリーはエレナの家を出た。
何だか、心のもやもやが晴れない。
だから、夜風に当たりながら、少し一人になりたかった。
昨日、ヴァルスが倒れて寝た後、エレナはリリーに食事を御馳走し、家に泊めてまでくれた。
こんな見ず知らずの者に……それはありがたいことだと理解はしていた。
しかし、どうしてもリリーの頭の中は……
『エレナがヴァルスにキスをした』
その場面ばかりが浮かんでしまい、エレナに感謝の言葉の一つも伝えられずにいた。
昨日も今日も、エレナとは気まずいままだった。
そもそも、自分は何のためにここまで来たのか?
考えるまでもなく、魔王に反逆者の烙印を押され、無残に殺された父母や仲間たちの仇を討つ力を手に入れるためである。それなのに……。
気が付けば、ヴァルスのことばかり気にしている自分がいた。
一目惚れ……だと思う。剣を抜き、助けてくれようと駆けだした姿がどうしても忘れられない。
わかっている。恋とかに時間を割くほど余裕はないのに。こんなことではいけないと思うのに……。
リリーは夜空を見上げた。そこには無数の星が惨めなリリーを見下ろしている、そんな気がした。……リリーの気持ちは落ち込んだ。
「おやおや……夜更かしばかりしていると、成長しないわよ。特に胸が……」
振り返ると、そこにはエレナが立っていた。手にはワインの入った瓶を握っていた。
「うるさい……。で、何しに来たんですか?」
リリーは冷たく言った。言った後で、こんな幼稚な態度しか取れない自分が情けなくも思った。
しかし、エレナは気にした様子もなく、リリーの横に腰を下ろした。
「いや、ねぇ……あんたはどうするのかな?って思ってさ……」
エレナは酒瓶に口をつけ、ごくごくとワインを喉に流し込んだ。
その間、リリーは答えが言葉にできず、うつむくしかできなかった。
「ヴァルス君はきっと強くなるよ。今はただのエロガキだけどね」
そんなことは言われなくてもわかっている。だけど、それならどうすればいいというのか。
「賢者にならないで」とでもいうのか?それとも「置いてかないで」といって縋るのか。
そんなことはできない。じゃあ、どうするのか……。
答えが見つからず、リリーはただ、夜空を見上げた。相変わらず、そこには無数の星が惨めなリリーを見下ろしている。……より一層、リリーの気持ちは落ち込んだ。
そんなリリーに気づいたのか、エレナはそっと左手をリリーの手にかぶせた。
「そんなに難しく考えることないじゃん」
「えっ?」と思わず言葉を発したリリーは、顔をあげ、エレナを見た。
エレナは、ワインのせいか、少し顔が赤かったが、それでも眼差しは真剣だった。
エレナはもう一口ワインを飲みこむと、リリーに告げた。
「あなたも強くなりなさい。ヴァルス君に負けないくらいに。そうすれば、あなたの願いはきっと叶う。胸に抱える悲願も恋心も」
拒絶することは許さない、そんな真剣なエレナの言葉にリリーは反論どころか指一本すら動かすことはできなかった。
エレナはそれだけいうと添えていた左手で軽くポン、ポンとリリーの手を叩いて立ち上がり、「早めに帰っておいで。風邪ひくわよ」と言って去っていった。
「なんなのよ……言いたいことばかりいって……」
しかし、リリーの心の中にはさっきまで漂っていたもやもやは晴れていた。
(そうだ。私は強くならなくっちゃ。死んだお父さん、お母さん、仲間たち。それにヴァルスさんのためにも……)
今日のエレナとヴァルスの会話。ヴァルスは自分に協力してくれると言ってくれた。でも、賢者になったことでヴァルスの能力は大幅にダウンしている。
近いうちにヴァルスはエレナの依頼でどこかに出かけるだろう。命を落とすかもしれない。誰のせいで?私のせいで、だ。
(だったら、どうする?)
リリーの答えは決まっていた。「私が、ヴァルスさんが強くなるまで守るのだ」と。
「ステータス」
ヴォン、という音がしてリリーの目の前に半透明の赤いパネルが浮かび上がった。
リリー・ロードストリーム 【魔族:13才】
職業 魔法剣士
Lv 17
体力 136/136
魔力 106/106
力 49
早さ 36
賢さ 41
運 53
攻撃力 89
守備力 72
装備 サンダーソード 魔導士の服 祈りの指輪
魔法 火魔法:LV2 水魔法:LV2 雷魔法:LV2
(もっと、もっと、強くならなくっちゃ。落ち込んでなんかいられない!)
リリーは、立ち上がるとエレナの後を追うように家へと歩き出した。
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