51「絵画サークル革命論」

 朝、学院の門をくぐるシルヴェリオは生徒たちの視線にさらされる。以前とは違う好奇の目だ。令嬢たちが寄って来る、は見事になくなっていた。蝶のいない季節だ。

 フランチェスカの心さえつなぎ止めておけば、学院での問題などゴミのようなもの。シルヴェリオはそう思っていた。いつものように令嬢追跡にいそしむ。

(次のダンジョンが楽しみだよ……)

 木陰の下の読書タイムを見送り、続いてシルヴェリオは絵画サークルへ出向く。

「あら、いらっしゃい」

「どうかと思ってな」

 どんよりとした空気が部屋全体を支配していた。サークルメンバーたちには覇気も生気もない。

「オリヴィエラさん。僕たちも戦いましょう!」

「そうです。もう我慢なりません!」

 シルヴェリオの来訪が決起の狼煙のろしとなった。若き血潮が燃え上がる。

「あの人たちは芸術の敵ですわ!」

「「「そうだっ!」」」

「落ち着きなさい。勝手な行動は許しませんよ」

「しかし……」

 オリヴィエラも対応に苦慮しているようだ。シルヴェリオは助け船を出す。

「これは私の問題だ。君たちが戦う相手は、芸術の向こう側にこそ・・いるのではないかな?」

(お前たちまでが参戦しては、話がややっこしくなるのだよ。これは、他の話題が必要だな)

 芸術に打ち込む若人たちは、天才の詭弁を前に静かになる。


 ちょうど【美・ガーディアンズ守護者たち】の校内街宣活動が始まった。

 ウマーノ・ガースの変調された声が響きサークルは創作活動どころではない

『ヤツは女性を物としてしか見ていない――』

「以前のも見てたか?」

「もう、ここがどこの学院か分からなくなってしまったわ」

『――お前たち全てがモノ扱いなのだよ……』

「これだもの……」

 絵画サークルメンバーは不安な表情でキャンバスに向かい合っている。

「どうかな? さろそろ静物画は卒業して人物画をためしてみては?」

「それは、そろそろだけど」

「こんな状況だ。早くてもかまわんと思うが? 男女でくじ引きでもして、分かれて互いを描《えが》くのだ」

「女子が足りないわ」

「それは私がなんとかする」

 シルヴェリオはイラーリア教授から【サンクチュアリ】に声を掛けてもらおうと考えた。いざとなれば募集してもよい。

「いいか。静物画は物だ。だが我々はモノなどを描いてはいない。その果物も自然の驚異に耐えて生き残った産物だよ。人を描けばモノを言わない静物であろうが、声が聞こえてくるはずだ」

「まだちょっと難しいかしら?」

「論より証拠だ。やってみよう」

「いいわ。こんな状況だし、気分を変えましょう」

「君たちの絵画はこれから、様々な批評にさらされるはずだ。母を描けば、父は不満をぶつけてくるだろう。だけどそれすらも己の力となるはずだ。全ての声を聞くのだよ」

『女子たちはただ利用されているだけだ。使い捨てのアクセサリー装身具(そうしんぐ)として』

「相手はクジ引きで選ぶ。そのモデルと創作を通して会話するがよい。君たちがモノではないと証明してみせろ」

 よく知っている相手ではない方が良いとはシルヴェリオの持論だ。

「言い出したあなたも参加してくれるのかしら?」

「私は遠慮するよ。いや場合によっては考えるか……」

(もしフランチェスカが参加すれば、クジに細工をして……。私は冴えているな)


『ヤツの創作物を見るがよい。女性をモノとしか扱わない、蔑視にみちあふれているぞ!』

「それは良いとして、こちらはどうするの?」

「実はイラーリア教授から話があった。この件について調査委員会を立ち上げるそうだ。弁明するなら機会を与えると」

「話が通じるかしら?」

「さてなあ。弁明とやらをしても、言い訳にしか聞こえんだろうな。心当たりがないのだから……」

「で?」

「外部の第三者を招くそうだ。暇な適役がいるだろう。少々揺さぶれば黒幕も動揺するさ」

「なーるほどね」

「相手が引けばそれまでとする。戦いではないのだからな」

 反貴公子を画策する勢力。そしてシルヴェリオたち。互いの仕掛けかぶつかり合おうとしていた。


「まったく、いったいいつまでこんなことを続けるの――」

 窓に寄り外を見下ろしたシルヴェリオの言葉が途切れる。

「あいつら……。話が違うぞ!」

「ち、ちょっと待って――」

 アトリエを飛びだしたシルヴェリオをオリヴィエラが追う。つられてサークルメンバーたちもあとに続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る