32「アイドル賛歌」

 絵画サークルに二人。真摯に向き合う者と、誰かのために向き合い自身を探す者が二人。

 夕暮れが迫る絵画サークル。

「【ミコラーシュ】という店を知っているか?」

 シルヴェリオは、しばし筆が止まったオリヴィエラに話しかけた。

「ええ。何度か行ったことがあるわ。良い店よ」

「話が早い。そのバイトが決まった。どう思う?」

「え? もう決めたの?」

「週二日程度だ」

 正式な日程はこれから調整となっていた。

「あはっ、あははは。いいわ、勉強になるわよ」

 とひとしきり笑ってから、真顔になる。

「絵を描く時間なんてないわね」

「これを仕上げたら次回作の構想に入る。神話画を描くぞ」

「忙しい人ね」

 オリヴィエラは再び動く。にじみ出る互いの魔力が呼吸のように反復する。二人はかつて、姉弟のように絵を描いていた二人に戻っていた。


「さて、間に合ったな。そろそろ時間だ」

「さて、私もちょうど良い区切りね。今日はこれまでとしましょう」

 二人は画材を片付け始める。扉がノックされ、ガストーネが恐る恐るといった感じで顔を出す。

「どうした?」

「いやあ、他のサークルを訪ねるなんて初めてでしてね」

 ガストーネに続き魔導具研究会の面々が顔を出した。

「できたぞ。どうかな?」

 全員で四枚の絵を取り囲み唸る。完成したばかりの絵を、目の前で依頼者に公開するのはやはり緊張した。

「サイコーです」

「オタク、やるじゃない」

「さすが本職だね」

(作ったポーズに作り笑顔。でっちあげたビキニ。これが良いとは不思議な世界だな……)

 直後、シルヴェリオは、自分は違うのかと思い至る。

「サインはないのかい?」

「どのような巨匠であろうと、若い頃はサインなしで金を稼いだりしていた。裸婦画などでな」

「なるほど。僕もヤバイ魔導具にはめいは刻まないね」

「この絵はヤバくはないだろう」

「そう、俺たちのキュアだぜ! ヤバイじゃなくサイコーだ」

「オタク、分かってるじゃない!」

「ただ私のサインは勘弁して欲しい。これでも立場があるのでね」

 研究会たちはシルヴェリオに同意し、不思議な一体感が生まれた。ガストーネは苦笑する。

「失礼。例えが悪かった。これ、修理しておいた。僕たちの魔力でテストした程度だけと、こいつは過負荷に弱い。過剰な入力はホドホドにね」

「承知した。礼を言うぞ」

「ああ、こちらこそ」

 研究会の面々は、大事そうに絵を抱えてそそくさと出て行った。


「呆れた。あの人たち、私を見もしない……」

「好きなもの以外目に入らないのだな……」


 ◆


 その【ラヴキュア】たちは、またしても貴公子のネタで盛り上がっていた。

「男――。あいつ、もしかしてあっち系なのか?」

「きゃはっ。おもしろーい!」

「目立つ男の友人もいませんね。高級貴族は将来の婚約にも、交友関係にも気を使うのよ。ただそれだけ」

 ミネルヴァはまだ貴公子にこだわっ

 ている。蛇のリーダーは夕暮れせまる空を眺めながら、仕掛けがどう転ぶかと考えていた。

「つまり、雑魚貴族の相手なんてしてられないっいことかい。気に入らないねえ」

「私たち底辺の三人! きゃっ」

 蹴落とす相手は全て蹴落とした。残るはこの三人。もう他を見なければいけないのに、ミネルヴァはまだ本能で墜とす相手を探していた。


  ◆


「書簡でございます」

「うむ」

 自室に戻ったシルヴェリオにイデアは封書を差し出す。上着を受け取ってクローゼットへ歩く。

 差出人は「ラヴ広報」とあった。少し首を傾げたシルヴェリオは魔力をペーパーナイフのように使い開封する。一瞥してからゴミ箱に投げ捨てた。

「あっ」

 音に反応したイデアが振り返る。その反応にシルヴェリオはちょっと驚いた。

「ん? どうした?」

「お捨てになるのですか?」

「おかしなヤツだな。ただの怪しげなダイレクトメールだよ」

「それはアッツァリーティ大学院の広報からです。アイドルユニットのイベントチケットではないかと……」

「学院の宣伝だよ。ただのチラシさ」

「はあ……。ちょっと失礼」

 学院の広報相手ならば、気まぐれで廃棄してよいものでもなかった。イデアはゴミ箱をあさりそのチケットを確認した。

「欲しければやるぞ」

「これは男子向けのミュージカルイベントです。主演は学院の生徒たちなのですね。名前は聞いたことがあります」

「くだらん……」

「はあ……」

 プレミアチケットは再びゴミ箱に戻される。指定席に第三者が座るほうが問題である。リサイクル再使用不可の三人だ。

(既に終わったコンテンツだしな……)

 完成した絵画にもう情報は必要なかった。シルヴェリオの興味は再びフランチェスカに戻る。

「お帰りなさい」

 絵はニッコリと微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る