49.理由
「きっかけはエダさんの体調が急に改善したことかな」
「体調……?」
じっとクロヴィスを見つめてみるも、彼は一切視線を外すことがない。
表情にも偽りは見当たらないが、エダが体調を崩したことなんて……とまで考えて、ハッとする。
そういえば初めて会った時、エダは足を悪くしていた。クロヴィスの言い方から考えるに、エダとは長い付き合いだろう。定期的に王宮に薬を卸していたのなら、不調に気づいていても可笑しくないはずだ。
私が納得したのを確認して、クロヴィスは話を進めた。
「恥ずかしいことに、我が国は慢性的な人員不足に悩んでいてね。現状信頼できる薬師はエダさんしかいないから、彼女の体調には注意していたんだ」
「それで治り方に違和感を感じたのね」
「失礼な話だけど……それまで終わりを悟ったような振る舞いをしていた人が、突然楽しげにこれからの話を始めたんだよ?最初にエダさんが元気に王宮を歩いている姿を見たとき、幽霊かと思ったぞ」
「ちょっと、失礼すぎない?」
ミハイルが眉をひそめていたが、クロヴィスの気持ちは分からなくもない。
実際、治ったばかりのころのエダは毎日テンションが高かったと思う。
「もちろん、その段階では純粋に安心していたんだよ。でも、エダさんは頑なに不調の原因を教えてくれなかったんだ。商いに影響が出る治療法はともかく、頑なに病名を秘匿する理由が分からなかった」
言いたくても言えなかったのだろう。
あの足だけはすべて治癒魔法で治したから、エダには丸薬が効くかも判断できなかったに違いない。あの時一応病気について説明したけど、正直エダが理解していたかは怪しい。かといって薬師という立場以上、嘘をついて適当に誤魔化すこともできなかったはず。
私の存在を隠さなきゃいけない中、エダは沈黙を続けるしかなかったのだろう。ミハイルと違って、口が上手い方じゃないし。
「私の立場上、その違和感を無視することはできなくてね。申し訳ないけど、エダさんのことを調べさせてもらったよ」
「……なるほどね。それで『ケイン村に突然現れたエダの弟子』にたどり着いたわけだ」
調べられた、という言葉に身を固くする私に対して、ミハイルは読めない笑顔を浮かべている。
普段は分かりやすく表情をころころ変えるのに、こういうところを見ると王宮務めだったことを思い出す。というか美人過ぎて、笑っているだけなのに圧がすごい。
「まさか、その程度の情報で王子様がこんな田舎に出向いたの?」
「貴様っ」
「ジェラルド」
クロヴィスも同じく読めない笑みを浮かべたまま、怒りを露わにしたジェラルドを静止した。
とたんに叱られた犬のように鎮まるジェラルドだが、その目はまだ不服そうにミハイルを睨みつけている。ちなみにミハイルは一度もクロヴィスから視線をそらしていないので、たぶん無意味な抵抗だ。
「これでもいろいろ調べたさ。でも『その弟子』は腕がいい、ということ以外何も引っかからないんだ。ただの村娘の出身や来歴を、王宮の密偵が一つもつかめないなんて、いくら何でもおかしい」
「ふふ、本当に人員不足が深刻みたいだね?」
「ああ、こうして私が人員に数えられるくらいにはね」
「それでのこのこ現地調査に出向いて殺されかけたんだ。停戦で平和ボケでもしたの?」
ドラマで見るような嫌味の応酬に、私は胃がキリキリと痛むのを感じた。
ちょっと話の矛先を変えるべく、私は口を挟んだ。
「そ、そういえば、二人はどうして襲われていたの?他の護衛は?」
「……ここに来たのは、最初から私たちだけだよ。情報が足りない以上、多くの兵を動かす訳にはいかない」
なるほど、ここでも人手不足が効いてるのか。
……っていやいやいや。いくら戦争中だとしてもそれはありえなくない……?王子だよ?
情報がないのなら余計に慎重になると思うけど。特に今までのクロヴィスの行動を振り返ると、考え無しに危険に突っ込むのはおかしいような。
「そうだ!どうしてワープを使わなかったんですか?エダさんが王城に行くためのワープがうちにあるのに……」
「あれ、エダさんから聞いてない?王城に通じるワープは彼女しか使えないんだ。防犯対策なんだけど、まさかそれがあだになるなんてね」
しまった。そっとミハイルに視線を向けると、すぐにテレパシーが飛んできた。
『コハクちゃんが村に来るためのワープと王城に行くワープは別なんだ。王城行きの術式は複雑な指定が入っていて、登録した人以外の生物を転移させることは出来ないんだよ。すぐに書き換えられる物じゃないから、融通が効かないの』
よく漫画で見るような、偉い人の一声で転送できる許可制ではないという訳だ。確かに防犯性は高そうだけど、認証機能が強すぎるのも考えものだな。
『まあ、さすがに徒歩で城から来たわけじゃないと思うよ。王都から村近くの街に転移したんじゃないのかな』
なるほど、それならエダと入れ違いになったのもうなずける。
しかし私の訝しげな表情を不審がっていると勘違いしたクロヴィスは、顔を曇らせて目を伏せた。
「もちろん、ちゃんと対策はしていたさ。私たちが城から出ることすら、知ってる人は片手で足りるのに。どうしてだろうね」
「……殿下」
裏切りという文字が簡単に思い浮かんだ。
同時に、クロヴィスの心中を察してしまう。何が彼をそんなに焦らせているのかは分からないが、かなり切羽詰まった状況は確かだ。
なら、この少数の行軍を教えた人たちは、本当に信用出来る存在だったのだろう。
「すまない、困らせてしまったね。今のは忘れてくれ」
「あ……うん、分かった」
何と答えるべきか分からず、私は曖昧に笑った。
「馬鹿な為政者だと思うかもしれないけど、仕方がなかったんだ。どうしても優れた薬師が必要になってね」
「それって、王国の後継者が命を天秤にかけるほどのこと?」
「……今さら君たちに隠し事をしても仕方ない、か」
不信を隠しもしないミハイルの視線に、クロヴィスは覚悟を決めたように顔を上げた。
「思ったよりも……陛下の状況が芳しくないんだ」
そして告げられたのは、先ほど言われたことと真逆のことだった。
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