48.まさかの横やり
クロヴィスの言葉を聞いた瞬間、私の視界を遮るように白いローブが目一杯広がった。
ミハイルが私を守るように背中に隠してくれたのだ。
(ミハイルさん、意外と背中が大きい……)
細身に見えても立派な成人男性だ。私くらいなら難なくすっぽり隠せるだろう。
だが、今のミハイルは姿隠しの魔法を使っている。私からは普通に見えているけど、肝心のクロヴィスたちの目には映らない。……そのはずだった。
「王子様が田舎の村娘に何の用があるのかな」
「……ッ!ヨークブランのエレメンタルロードがどうしてこんなところに!」
今まで寡黙に控えていたジェラルドが思わずといったように言葉を零した。異変を感じた私は慌ててミハイルの背中から少し顔を出す。
クロヴィスを庇うように前に出ているジェラルドはしっかりとミハイルを見据えており、剣呑な空気をまとっていた。それに感化されてフブキも威嚇の唸り声をあげている。
「ミハイルさん……?」
「大丈夫、ここはぼくに任せて」
どうやらミハイルには何か考えがあるようだ。
それを信じて、私はしばらく様子を見ることにした。最初から私に用があるというなら、クロヴィスの真意を改めて探る必要があるかもしれない。
(あの襲撃が意図したものじゃないのは確かだけど……うかつに治癒魔法を使うべきじゃなかったかしら)
だがジェラルドの反応を思い出しても、特に私を聖女だと考えていた素振りはなかった。私としても聖女の件以外で一国の王子直々に探しに来る用事は思いつかないし、本当に謎だ。
「敵国の名高き魔導士が傍にいるんだ。それだけで
「今はじめてぼくの存在に気付いたくせによく言うよ。それに、ぼくがエダの弟子なのは知ってるでしょ」
「……ああ、そういえばそうだったな。エダさんが
思い出したように微笑んだクロヴィスだが、さすがの私でも嫌味を言っているのだとわかる。
恐る恐るミハイルの様子を窺えば、予想を裏切って何か考え込んでいる様子だった。
「えっと、クロヴィスたちはエダさんのことを知っているの?」
沈黙が耐え難かったので、試しに気になっていたことを聞いてみる。
「知っているも何も、エダさんは王宮にポーションを卸している王室薬師だけど……まさか、エダさんから聞いてないのかい?」
「エダさんとは薬の話ばかりなので……あはは」
「道理でエダさんの弟子なのに私たちのことを知らないわけだ」
クロヴィスは納得いったようにうなずいたが、私はそれどころじゃなかった。
確かにエダさんはよくグロスモントのことを褒めていたし、貴族向けの作法に詳しかったけど!まさか職場だとは思わないよ!
(教えてくれなかったのは……ヨークブランのせいで王族不信になっていた私のせいかー!)
たまにワープで遠いところに飛んでいたのって、王宮に行っていたのかな。
そう考えると、私の目的を知っているエダがひっそり王宮で宣伝してくれていたのかもしれない。
(でもエダさんはそんなお喋りじゃないし、勝手に人の情報を漏らすような人でもないと思うんだけど……)
しかしこの疑問はすぐに解決された。
「まあ、私もエダさんが弟子を取ったなんて教えてもらえなかったしね。あの方の秘密主義は今に始まったことじゃないか。まったく、後継を心配していたこちらの身にもなって欲しいところだ」
私はほっと息をついた。エダの人物像解釈が合っているようで何よりだ。
しかし、これで問題は振り出しに戻った。王宮薬師のエダが関係ないなら、いったいクロヴィスたちはどうやって私の存在を知ったの?
「殿下、のんびり談話している場合ではありません!結局ネーヴィルがここにいる理由がない。もしエダ様が無断で弟子をかくまっているとしたら、これは立派な反逆行為です」
「うーん、それもそうだな。今もお世話になっているエダ」
クロヴィスが笑みを深めて、挑発するように目を三日月に細めた。
話の矛先を向けられたミハイルは考え事をやめて、どこか馬鹿にしたように肩をすくめる。
「ぼくはもうヨークブランの魔導士じゃないよ。追放されたからね」
「なっ!?お前ほどの魔導士を、あのヨークブランが?」
今日の天気を教えるようにさらっと告げたミハイルに、ジェラルドが気色ばんで聞き返した。
「……まさか、聖女侮辱罪で処罰された魔導士は」
「ありゃ、情報がぼかされてるのか。まあ、筆頭魔導士が追放されたんじゃあ、外交的によくないか」
あっけらかんとした態度に、クロヴィスは頭痛が痛いという顔をした。
そして仕切り直しをするように咳ばらいをすると、改めて切り出した。
「気になるところは多いが、ひとまず君を信じることにするよ。そんなくだらない嘘をつくと思えないしね」
「ふうん、ずいぶん甘い判断だねぇ?」
「そう思うかい?別に、今すぐ君をヨークブランに送り返しても問題ないが」
「おっかないねえ、怖い怖い。そうなる前に、コハクちゃんを連れて早く逃げないとだめだね?」
茶目っ気たっぷりに話を振られて、私はミハイルの意図が分かった。
ミハイルは私を守るためだけじゃなく、薬師として使いつぶされないように『いつでもお前たちから離れられる』という可能性を見せたのだ。クロヴィスたちの反応を見る限りミハイルの知名度は高いようだし、もしかしたら私が考える以上に大切なことをしてくれたのかもしれない。
(でも王族を脅すのは私の心臓に悪いからやめてほしいかな……!)
不敬罪に怯える私をよそに、クロヴィスは焦ったように声を上げた。
「待ってくれ、私が悪かった!すまない……気が立っていたとはいえ、君たちに不快な思いをさせてしまったな。でも、グロスモントにはどうしてもコハクの力が必要なんだ」
効果はてきめんだ。正直ここまでするつもりはなかったから、少し心苦しい。
……そろそろ本題に入ってもいいだろう。
「グロスモントの状況はよくわかったわ。失礼なことも言ったけど、私たちも黒い死を何とかしたいと考えているのよ」
「それは、力を貸してくれるということかい……!?」
「ですが、その前に私からいくつか聞きたいことがあります」
「もちろんだ!できる限り答えるよ」
クロヴィスのエメラルドグリーンの瞳が、希望をつかんだかのように輝いた。
自分の命が助かった時よりもはるかに嬉しそうな反応に感心する。こんなにも国のことを考えられるなんて、まるで物語に出てくる王子様のようだ。
「まず、二人はどうやって私の事を知ったの?」
だけどそれとこれは別だ。
返答次第で、私の正体をクロヴィスたちに明かさない選択肢も出てくるだろう。
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