第44話 怪しいにもほどがあるというか
「本当にコハク様がいてくださって良かったです。エダ様も不在とのことですし、一歩間違えればケイン村も他と同じように滅んでいたでしょう」
出会ったころよりも敬語を上手く扱えるようになった村長のロイドが深々と頭を下げる。
うんと年上の人に頭を下げられるのは本当に居心地が悪く、何度もお願いしてやっと普通に話してくれるようになった。
(出会った頃みたいに、エダさんの連れだからじゃなくて私自身に気を遣ってくれるのは嬉しいけど……この世界のこういうところ、いまだに慣れないなあ)
ロイドが椅子に座ったの確認してから、私も勧められた椅子に腰を下ろした。
足元でお座りしているフブキの耳は外に向いており、時折ぴくりと動いている。つまりまだ外にクロヴィスたちがいるということだ。
てっきり治療が終わったらさっさと戻って話し合うのだと思っていたが、どうやら情報入手を優先するらしい。
(まあ、治療ばかりで踏み込んだ情報はなかったからね。村長との会話なんてビッグイベントを逃がすわけないか)
ロイドも黒い死にかかっていたから、報告のことも考えて彼の診察を最後にしたのだ。
とりあえず人から黒い死を完全に消し去ったが、まだ物の殺菌が残っている。村人に丸薬の無敵時間が効いてるうちにこの村からウィルスを消し去りたい。
「病み上がりにお時間を取らせてしまって申し訳ありません。村長であるロイドさんに急ぎで対応してほしいことがありまして」
「ほほほっ、気になさらんでください。儂はむしろここ数年で一番体調いいくらいです。……その急ぎの件は、エダ様と関係がおありで?」
「へ?……あ、いえいえ、エダさんは用があると出かけているだけですよ!エダさんは健康で元気です!要件は黒い死についてです」
わずかに安堵した表情を浮かべたロイドが再び顔を曇らせる。
「黒い死はもう、コハク様が治してくださったのでは?」
「ええ、それは安心してください。今この村で黒い死にかかっている人はいません」
「それでは、なぜ……?」
不安げな表情のまま、ロイドは心底困惑した様子だ。その反応に私は頭を抱えたくなった。
高齢で村長をしているロイドにさえ心当たりがないなら、ウィルスや再感染といった知識は普及していないのだろう。村人から聞くに『うつる病気がある』ことはなんとなく知っているが、やはり殺菌等の概念はないようだ。
彼らは経験上、そういう人から離れる、感染者が使ったものは燃やした方がいいと知っているようだが、逆に言えば対処はそれだけだ。毒や傷はポーションが治すからって、医学進歩止まりすぎでは……?
(消毒したいけど……石けんは高級品で
この場しのぎなら魔法で簡単にできるけど、黒い死の根絶を考えたら誰にもできる方法じゃなきゃだめだ。
いくら洗浄魔法は誰でも扱える一般魔法とはいえ、国を丸ごと洗浄できる魔力を持つものはいない。
「昨日薬局でも説明しましたが、実は黒い死のような感染力が強い病気は人間の体以外にも潜んでいます。感染者から黒い死を取り除いても、その周りには残ったままです。例えば感染者が使っていたシーツや服、触ったところなどは特に」
「そ、そんな!で、では、儂のこの服も……っでは、また黒い死にかかってしまうということか!?」
焦ったように自身を見下ろしたロイドは、敬語も忘れて顔色を悪くした。
「再発する可能性はとても低いので安心してください。それにまたかかってしまっても、早い段階で丸薬を飲んで頂ければ問題ありません」
「そ、そうでしたな……そうでした。……すみません、お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。コハク様に治して頂いたばかりというのに」
自信ありげな笑顔を浮かべれば、ロイドはまだ少しそわそわしているものの冷静になった。
「しかし、それではこれからずっと丸薬を飲み続けるということですか?」
「私の要件はそれについてです。まず、ポーションと違って丸薬の効果は飲んだ後も少し続きます。ですので、すぐに黒い死にかかる心配は必要ありません」
「そ、そうだったのですか……!」
あからさまにほっとしている。服をずっと気にしていたから、あの話は結構ショッキングだったのかもしれない。
「黒い死の痕が残っているから再感染する――なら、丸薬の効果があるうちに黒い死の痕跡を消してしまえばいいんです。これを消毒といいます」
少し声を大きくする。フブキが大きく耳を揺らしたから、クロヴィスたちも興味を持っているということだ。
「消毒は一般的にアルコール、石けんなどでしっかり洗うといった事ですが……」
「ご存じの通り、この村にはそんなものはありません。石けんも、以前コハク様が驚いたようなモノしか用意できません」
「あの脂と草の固形物しかない……?マジですか……」
ロイドは私の言葉に首をかしげていたが、今は説明している余裕はない。
(あれなら小学生の実験の方がいいもの生成するわ!)
前に見せてもらった、混ざった植物が見える固形物を思い出す。上手く溶けていない脂が少し浮いていたそれに、洗浄効果はあまり期待しない方がいいだろう。
考えられる代案として酢があげられるが、あいにくこの村で調味料は塩とハーブしかない。殺菌作用がある植物も生えていない。
これは詰んでいるのでは?
「ないものは仕方ありません。今回は魔法で洗浄します」
「魔法ですか!?しかし、儂らにはその対価は支払えません!」
この世界で魔導士は貴重だから、その労働には高価な対価が求められる。
火をつける、ちょっと水を出すくらいならできる人は多いが、洗浄魔法といった高レベル物になると急に母数を減らす。丸薬は薬師としての試作品で道の物だったから、彼らもそこまで気負うことはなかった。が、身近な魔法は違うらしい。
私としてはどっちも経験値になってるし、日本のサブカルチャーの影響もあって凄く違和感がある。魔法ってバンバン使うものでしょ!
「村のみんなはいつも私に良くしてくれているので、私も少し返したいんです。洗浄魔法って私もまだ不慣れですし、いい経験になります」
「そういうわけにはいきません。ただでさえ無償で病気を診ていただいているのに」
「うーん……。それでは、私の丸薬を宣伝する、ということでどうでしょう。噂が広まれば、私の仕事が増えて王都で働けるかもしれませんし」
「………………は、それだけです?」
数秒の沈黙のあと、ロイドは真昼に幽霊をみたような顔をした。
「それだけではありませんよ。信頼は薬師にとって大事なものです。特に私のような変わった薬師にとっては。最初に丸薬を見たとき、みなさんだって怪しんでいたでしょう?あ、もちろん責めているわけではありませんよ!」
「そ、それは……」
「人は未知に恐怖を覚える。それは当然のことです。でもみなさんはエダさんを信じて丸薬を飲んでくれました。エダさんがいなかったら、私にはそもそもチャンスも与えられなかったはずです」
日本にいた頃は信じてもらうことを諦めていたけど、それは間違いだった。
分かる人だけが分かればいいと思っていたけど、私から歩み寄る努力をもっとするべきだったのだ。この世界でミハイルが私を信じて助けてくれたから、生きて復讐する機会を探すことができた。
だから私は、信じる心を大事にすると決めたのだ。
「私の夢は大きなところで薬師として楽しく働くことです。だから、宣伝はとっても大事なんです」
正確言うと夢野にツケを返してという枕詞が付くが、知らない人の名前を急に出されても困るだろうから省いておく。
しかし小恥ずかしいことを語ったおかげか、ロイドは感慨深そうに深く何度もうなずいてくれた。
「わかりました。であれば、微力ながらもお手伝いさせていただきます。村でコハク様のお世話になっとらん者はいないから、あやつらも気合を入れてくれるでしょう」
「ありがとうございます!洗浄魔法をかけた後も、飲み水は加熱してくださいね」
話もまとまったし、他にいくつか注意事項を伝えて席を立つ。
洗浄魔法でクロヴィスたちの服を爆散させた前科があるし、魔法を使う前にミハイルに相談した方がいいだろう。老若男女問わず服を剥ぐ痴女では信頼もなにもない。
扉に手をかけた私に、ロイドは笑顔で見送る。
「黒い死から村を守ってくれて本当にありがとうございました。宣伝は任せてくだされ。ところで、心優しき聖女がもたらした神薬という触れ込みでよろしいかな?」
「いやそれはちょっと」
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