第43話 作戦開始2
一通り鑑定で残った家を見て行けば、ある程度のめぼしが付く。
幸い、手遅れというほど病状が進んでいる患者はほぼいない。最初の感染者と思われる男だけは直接治癒魔法をかける必要があるけど、それもこっそりかける程度で済むレベルだ。クロヴィスたちに魔力の光を見られることもないだろう。
『王子たちの足音だ』
「予想より速いね。よし、いざ尋常に勝負だ!」
『ん、やつらと戦うのか?』
「ち、違うわ!今のは私の故郷で気合を入れる?ときに使う言葉なの」
『勇ましい民族だな』
カルチャーショック……というか、ただのショックに襲われた。こういう、ふとしたやり取りで異世界を感させられるのが一番心に来る。
(こっちで生きていくために頑張るって決めたじゃない!その大事な一歩を踏み出す前に落ち込んでどうするのよ!)
こんな事を考えてしまうのは緊張しているからだ。
私は感心しているフブキの頭を撫でて、一番黒い死が進行している男の家に向かった。
『やつら、俺たちに気付いたみたいだ。……コハクの読み通り、一定の距離を空けているな』
「うーん、私にはぜんぜんわからないや。フブキを警戒しているのかな」
『そうだろうな。聖獣だと知らずとも、俺がフェンリルだとはわかっているらしい』
ミハイルが言っていた通り、本当に白いフェンリルが聖女にゆかりがあるとは知られていないようだ。
そのおかげで昨日、巨大化したフブキを見られても問題なかったのだろう。フェンリルという種族の特性に”伸縮自在”があるのかもしれない。
(今は治療に集中しよう。他のことを考えるのは上手くいってから!)
深呼吸して、家のドアをノックする。
変に声を張り上げないように注意しつつ、中に声をかけた。
「薬師のコハクです。黒い死を治すために来ました。中に入ってもいいですか」
「ゴホッ、た、たずけてくれ!」
おそらく声を出すのも億劫だったのだろう。掠れた声が聞こえて、私はためらうことなくドアを開けて中に入る。
この村では鍵をかける習慣がないのが幸いした。質素なベッドでうずくまる男が自力で立ち上がるのは難しいだろう。
『……血の匂いと、悪臭がすごいな。薬局に来ていた者たちとは比べ物にならん』
男の体には黒い痣だけではなく、胸のあたりには搔きむしったような跡がある。傷自体は深くないものの、わずかに血が滲んでいた。
顔まで広がっている黒い痣は”敗血症”が原因だとして、胸の傷は呼吸困難によるものだろう。この世界で広がっている黒い死は敗血症ペストだと思っていたが、どうやら他のペスト症状も起きるようだ。
(ここは異世界だし、私が知っている黒死病と全く同じ症状だとは限らないよね)
聖女という役職の特性か、それでも私には治せるという直感だあった。
男の意識が朦朧としているのをいいことに、小声でフブキに尋ねる。
「フブキ、クロヴィスたちはどこから見てる?」
『家の外だ。あの窓から気配がする』
よし、ならクロヴィスたちには胸元の傷は見えていない。
いくらオリジナルレシピとはいえ、黒い死も外傷も治す薬は怪しすぎるからね。
「苦しいと思いますが、この丸薬を飲んでください」
「わ、わがった……ゴホッ」
男が丸薬を飲み込むのに合わせて、わずかに治癒魔法と鑑定を発動させる。
特に大きい赤いマーカーに魔力を注いていけば、嘘のように黒い痣がすうっと薄くなっていく。まるで写真の加工アプリを通して男を見ている気分だ。
「あ?い、痛くない……どこも痛くないぞ!」
うずくまっていた男は、恐る恐る自分の体を見回した。
顔に浮かんでいた黒い痣が消えたことで、私はやっと彼が村の家畜番だったということに気づいた。男の病状が一番酷かったことを考えると、始まりは飼っていた家畜の可能性が高い。
(貧しい村じゃ、家畜は結構な財産なのに。このまま燃やすのはしのびないなあ……)
丸薬って、動物にも効くのかな。百パーセント薬草だから、案外いけるかな。フブキも食べれていたし。
そう心のやることメモをさらに増やしながらも、私は男の様子を鑑定越しに確認し続けていた。
ミハイルから連絡もないし、おそらく外から見てもただの薬師らしい動きだと思う。もうこの際、鑑定のことはバレてもいい。少しでも価値を上げておきたい。
「すげえ、すっげえよ!体中から黒い痣が浮かんでくるし、全身いてえのに息も苦しいしで呪われたのかと思ってッ、俺、もう死ぬのかって!」
涙ぐむ男に少し心が痛んだ。
事情があるとはいえ、病気で苦しんでいる人に出し惜しみなんて、医者の父が知ったら激怒していたことだろう。
(感謝なんて、私にふさわしくない。こんな性格悪いから、みんな夢野の味方をしていたのかな)
中身はともかく、愛想が良い分いい子に見えるんだろう。中身はともかく。
こちらを見下すようなピンク女の姿を頭から消し去り、私は男にこの後の対処を伝える。丸薬の無敵時間が効いてるうちに村に洗浄魔法をかけなければ。
「今着ている服は燃やしてください。あと、家畜小屋にも近づかない方がいいです」
「……あー、動物が原因って話、本当なのか?よそで家畜を全部燃やしたって話もあるけど」
「必ずしもそうとは限りませんよ。ただ、黒い死は動物もかかるのは本当です」
のみやネズミから広がることもあるし。
「動物からあなたにうつったのかもしれませんし、逆の可能性もあります。こればかりは実際に確認しないとわかりませんが、治せるようにできる限りのことはします」
「!ありがとう、ありがとうございます……!あいつらが死んじまうと、今年の冬は食えるもんがなくなるんだっ」
切実な食糧問題だ。庶民の方がより黒い死を恐れている理由でもある。
安心させるように笑って、私は男の家を出た。
『お疲れ様。すっかり魔力のコントロールが上手くなったね。あんな繊細な治癒魔法、ぼくじゃなきゃ見逃してたね!』
突然脳内に響くミハイルの声に肩が跳ねる。すぐにテレパシーのことを思い出して、私は慌てて止まりかけていた足を進めた。
『ごめんね、驚かせちゃったね。報告しに繋げただけだから、返事しなくていいよ』
あんまり悪びれていない声色だ。にこにこ微笑むミハイルが容易に想像できる。
『反応は上々。あの性悪王子どもが食い入るように見てたんだ、もうほとんど成功していると言ってもいいね。野郎を見続けるなんて最悪だと思ってたけど、あの顔を見れただけでも収穫はあったよ』
思い出したのか、ミハイルの声は酷く愉快そうだ。
相変わらず棘を感じる物言いが気になるが、今は素直に喜ぼう。少しだけ気持ちが楽になった気がして、小さく息をついた。同時に、気を遣ってくれたのだと分かった。
人の機敏に聡い彼のことだから、遠目でも私が気を張っていたのだと気づいたんだろう。その気遣いが嬉しくて、同時に安心感があった。
(あんなにすごい魔導士が言うんだから、きっと上手くいくよね!)
丸薬が入った瓶をそっと撫でて、私は残った家に向かった。
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