第35話 良薬は口に苦し(気絶する程度)
「こんな悪臭するものが薬なわけないだろう!!俺たちを騙して金を巻き上げるつもりか!?!?」
少年は目を白黒させてそう叫んだが、悲鳴が傷に響いたらしくすぐにお腹を押さえてうずくまる。
薬局の周りに張った結界をそのままにしておいて良かった。さもなくば今頃大騒ぎになっているだろう。
「お金目当てなら、さっき助けたときに対価を要求してますし、そもそも身元を明かしたりしませんよ」
「そ、それはそうだが……まだコレが適当に作ったと言われる方が納得できる」
(実際に今思いついて作ったからね!)
引きつった顔でちらりと薬湯を見た少年に心の中で詫びる。
いつもならここでフブキが怒るはずだが、彼は今匂いと音のダブルパンチで溶けている。猫は液体と聞いたことがあるが、フェンリルにもその性質があるらしい。
「私の故郷には”良薬は口に苦し”っていう言葉があります。よく効く薬は苦いですが、その分よく病気を治すってことです」
「初めて聞く言葉だが……確かに今さら嘘をついても仕方ないか。そもそも貴女ほどの魔法の腕であれば、そんな姑息な手段を取らずとも今の俺たちなどどうにでもできるだろうしな」
信頼の理由がめちゃくちゃ悲しい。
まあ彼らは追われていたし、こんなヤバい見た目の薬湯を飲もうとしてくれるだけマシか。他に選択肢がないともいえるが、私のモチベーションのために考えないことにする。
「だが、俺が先にソレを飲んでも構わないだろうか。不快に感じるかもしれないが、未知の物を主の口に入れる訳にはいかないんだ」
疑問文でありながら、その言葉はこちらの意思を問いかけるものではなくて。
先ほどの弱った様子と打って変わって圧の強い口調は、確実にそうしろという意味合いだ。命令することに慣れている。
従者のような少年が頻繫にそういう態度を取ると言うことは、その主もかなり地位が高いと言うことになる。彼が頑なに名前を教えてくれないこともあり、きな臭さがどんどん増していく。
まあ、別に構わないけど。私に助けられる人は見捨てないと決めたわけだし。
「もちろんです。あ、とても苦いので気を付けてくださいね」
「味も酷いのか……」
さらに顔色を悪くした少年は、恐る恐るコップを受け取る。
近くなったことで匂いが強くなったのだろう、少年は息を止めて薬湯を眺めた。ちなみにフブキはほとんどマットレスのように平べったくなっている。
「端的に言って、人の体内に入るべきではない粘度だな。スラムの水溜りでももっとサラっとしているぞ」
「一部の薬草は水に溶けるととろっとするんです」
「……そうか、薬師のお前が言うならそうなんだろうな。では、このツンと鼻に来る匂いは?」
「薬草同士が反応して違う香りになったんです」
「…………そうか。門外漢の俺が言うのもなんだが、その、貴女はもう少し効果以外にも目を向けて研究した方が良いと思う」
お前の使い魔がダウンしているじゃないか、と少年は遠い目でフブキを見た。
(も、もともとは固形だから大丈夫だったんだよ!むしろこれが予想外の使い方!)
村人は普通に口にしていたので、おそらく熱湯に溶かさなければ一生気付かなかった問題だ。フブキだって、今まで固形の丸薬の匂いに何か言うことなかったし!
だけど反論できないのも事実で。ぐぬぬと唸る私を他所に少年は覚悟を決めたようで、一気に薬湯をあおった。
その瞬間ハッと息をのみ、少年の縦に長い瞳孔が開いた。勢いよく口を押えた手は小刻みに震えていて、薬湯の味を全身で表現している。
『良く飲んだな……根性ある奴だ』
「うっぐ、……にっっっっがッ!!」
「お水どうぞ」
水魔法でコップを洗い、綺麗な水で満たしてやる。
すると少年はすごい勢いでそれを飲み干し、そのままあれだけ拒否していたベッドに勢いよくダイブした。というか、倒れた。
「え、気絶した??そんなことある??」
息はあった。でもその顔色はあまり良くない。
いや、それは怪我のせいだ。だいぶ無理してたし、私の薬湯とは関係ない。きっと治癒魔法の力で眠くなったんだよ。睡眠は一番の回復って言うしね。うん、きっとそうに違いない。
少年の
【ジェラルド・ヴァレンタイン
19歳/Lv.41
HP:115/2015
MP:10/100
職業:騎士
状態:重症(創傷多数、内臓損傷)、意識不明、出血多量】
「レベルたっか。元のHPが高すぎて、今死にかけてるのに健康な私とほぼ変わらないじゃない。凄い複雑だわ……」
何より、ジェラルド少年は私とそう年が変わらないのだ。二つしか違わないのに何だこの格差は。
異世界の厳しさを実感しながら、私は少年が気絶しているのをいいことにそっと治癒魔法をかけた。外傷を一気に治したら怪しまれるけど、内傷はいいよね。
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