第17話 脱山ごもり
作業台までついている一人部屋に住まわせてもらって早一か月。
エダの弟子になった私は、意外にもすんなりとこの世界に馴染むことができた。
まずは魔法を学ぼうと張り切った私だが、拍子抜けすることに方法は起こしたい現象を思い浮かべるだけ。
そんな肩透かしをするような簡単さだが、魔力の量や性質によっては正確に思い浮かべても魔法が発動しない場合もあるのだとか。
だが嬉しいことに、私は〈全属性適性〉というスキルがあるおかげでそこに悩まされることはないそうだ。むしろ聖女補正との相乗効果で威力が強すぎるくらいで、エダには制御しろと怒られたほどである。
なお、魔法を教えてくれているミハイルは「習うより慣れてね」という頭筋なので、その言葉で元筆頭王宮魔導士によるスパルタブートキャンプが開催されたのだが。
まあ、おかげで今では複数の魔法を組み合わせて応用することもできるようになった。感謝はしているが、もう二度と参加したくない。
「よし、これだけあれば十分かな」
フブキと一緒であれば屋敷から出てもいいと許可を貰った私は、朝から森で鉱石を探していた。
用途は不明だが、エダが待たせてくれたリストにあるものを鑑定で見つけるだけなので、気分転換としてちょうどいい。
目当ての鉱石は珍しいものじゃなかったようで、一時間もしないうちに籠はいっぱいになった。
『俺が運ぶ。背中に乗せろ』
「結構重いよ?」
『これくらいなんてことはない』
そう大きくないとはいえ、鉱石しか入ってない籠は結構重い。
素直にフブキの言葉に甘えて、屋敷まで運んでもらった。
「ただいま戻りました」
「おかえり、ずいぶんと早いね。まだ時間はあるし……どれ、先に確認してしまおうか」
「やったね、ぼくの仕事が減るー」
私たちが帰ってきたことに気付いたエダは、庭先で手招きをした。
そこにはミハイルの姿もあり、いくつか籠をテーブルに置いている。その口ぶりからすると、鉱石を仕分けるのはミハイルの仕事だったのだろう。
しかし楽が出来てのほほんとしていたミハイルは、鉱石を鑑定していくうちに呆れていった。
「コハクちゃんはいい目をしているねえ。これ、どれもめったに見かけない最高品質の物だよ」
「屋敷の近くでこんないい物はなかったような気がするが、アンタ、どこまで行ってきたんだい?」
「フブキがいい場所を知っているって言っていたので、連れて行ってもらったんですよ」
「……そうかい」
神の使いともいわれるフェンリルが案内した場所は、認められている者しかたどり着けない神域だ。
今回はありふれた鉱石を頼んだから、品質が”恐ろしくいい”だけで済んでいるが、もし指定していなかったら一体どんなモノを持って帰ってきていたのだろう。
それを想像したエダはこっそり顔をしかめた。
「ちょうどいい。今日は顔合わせだけのつもりだったが、ついでにものの価値を教えてやる」
「え、市場も回れるんですか!?」
そう、今日は人里解禁の日なのだ。
足が回復したエダは麓の村への往診を再開するといい、そこに私を連れて行ってくれるらしい。その村はグロスモントの辺境にあるので、ヨークブランのことは心配しなくてもいいそうだ。
今朝私が一人で森に行ったのも、初めてのお使いならぬ最後の様子見である。
「それならぼくも行きたい!コハクちゃんと一緒に市場を回りたいよ」
「お前はふらふら居なくなるからだめだ。二人も面倒見きれん。コハクが慣れるまで留守番してな」
「そんなー」
ばっさりと切り捨てられたミハイルは仕分けの手を止めて顔をおおった。だが、それでもふらふらしないとは言わないところを見ると、どうやら大人しくする気はないようだ。
いっしょに市場を回りたいと言ってくれるのは嬉しいが、ミハイルは目立つ容姿をしているので迷子になられると非常に困る。
そう思うのだが、ミハイルの落ち込み方は心にダメージがくる。美人が落ち込んでいるとこっちまで悲しくなるのだ。
「市場に気になるものがあれば買ってきますよ」
「欲しいものがあったから行きたいってわけじゃないんだけど。でも、そうだね……じゃあ、とびっきりの土産話を期待しているね」
「とびっきりの土産話、ですか」
少し機嫌を直してくれればと思ったが、予想外の要望にオウム返しをしてしまう。
あんまり面白い話を期待されると困るのだが、助けを求めて視線を投げた先ではエダが魔女のような邪悪の笑みを浮かべていた。……いや、あれはニヤニヤしているのか?
「お前にそんな一面があるとはねぇ。素直に自分のことは気にしないで楽しんで来い、あとで話をしようねって言ったらどうだい」
「うわちょっと何その顔。年寄り特有の深読みやめてくれないかな!?言っておくけど、ぼくは平民の市場が気になっただけだから!」
「なるほど、そういうことでしたか」
「こうもすんなり納得されるとそれはそれで複雑なんだけど」
『こいつ、ちょっと面倒臭いな』
眉をひそめたミハイルに、チベットスナギツネのような顔をしたフブキがフンと鼻を鳴らす。
ミハイルはそれに目ざとく気付くと、私たちから鉱石を取り上げた。
「ほら、もう時間でしょ。あとはぼくがやっておくからさっさと準備してきたら」
「ちょっ、押さないでください!」
そうして用意を急かされた私たちは、予定よりだいぶ早く出発することになった。
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