蒼い魔道士の願い 1

 ただのネーヴィル公爵次男だったぼくは、魔法の才に恵まれていたおかげで大体のワガママが許されていた。

 たとえば禁書を読み漁ったり、研究所に入り浸ったり、王子に舐めた態度を取ったり……罪人に話しかけることだって。

 

 だから、ぼくは自分が何でもできると本気で思っていた。



「我が国の勝利のために、〈召喚の儀〉を行う事が決定した。王はこの栄光ある役目をお前に任せるとのことだ」



 それを聞いたとき、とうとう禁術に手を出したんだなあとしか思わなかった。


 〈召喚の儀〉とは、異なる世界から〈治癒魔法〉を持つ聖女をこちらに呼ぶ大魔法だ。

 必要となる魔導士の数や魔力枯渇による犠牲、そして異世界から人を連れてくるという行為が非人道的と判断され、数十年前に大陸全土で禁術扱いになっている。


 確かにぼくなら一人でできないこともないが、こんな国のために禁術に手を出すつもりはさらさらなかった。



(まだお師匠さまの足を治す方法は見つかってないけど、ここが潮時かなー)



 でも、夜逃げする準備をしながらぼくは考えてしまった。

 癒しの魔法なら、お師匠さまの足を治せるんじゃないかって。


 一度考えたらもう駄目だった。

 気づけば太陽が昇っていて、ぼくは逃げるための準備ではなく〈召喚の儀〉の準備をしていた。


 こちらの都合でこんなところに召喚することに罪悪感を感じる。せめて聖女が騙されて理不尽な目に会わないように、命をかけて守ってあげよう。




。。。




 やっぱり、悪いことはするべきじゃないね。

 あんなに入念に準備をしたのにも関わらず、〈召喚の儀〉ではトラブルに見舞われた。しかも目覚めたぼくに紹介された"聖女"はどう観ても偽物で。


 ぼくを騙して聖女を閉じ込めるつもりかと思ってちょっと暴れてみれば、どうも気を失っていた間にとんでもない事件が発生したようだった。

 事態を理解した瞬間、ぼくは偽物の手を振り払って走り出す。



 元々虫の息のような国だった。

 貴族は現実から目を背け続け、ご先祖さまが築き上げた財を喰い潰す害虫ばかりで、国民のことなど奴隷としか思ってない。

 上がり続ける税に終わらない徴兵で、もはや王都の表通りですらスラム街のような荒れ具合だ。それなのに、王は代替わりしても戦争に勝てと繰り返すだけ。


 そもそも独立したばかりの小国相手に、何十年も戦争を長引かせられている時点ででしょ。



 今度こそヨークブランを捨てたぼくは、素直に"聖女"侮辱罪を受け入れて追放されることにした。


 国王はもう少し渋るかなと思ったけど、向こうもぼくを持て余していたようで簡単に追放された。きっと"聖女"が来たから、ぼくは用済みだとでも思ったのだろう。

 相変わらず愚かな王だったが、今回ばかりはそれに感謝だ。せいぜいその"偽物聖女様"に頼ってくれればいい。


 部屋の隅に追いやられていたお引越しセットを持って帰らずの森に向かって全力で飛ぶ。

 森の中でうろうろしていたぼくは、フェンリルの案内で無事聖女さまのもとにたどり着いたのだが。

 満身創痍で地面に転がっている姿に、改めて自分がどれだけのことをしたか思い知らされた。


 人違いじゃないように一応鑑定で身元を確認して、急いで安全なところに運ぶ。

 魔法で泥や血を落としてその身は綺麗にしたが、ぼくでは怪我を治せない。お師匠さまの見よう見まねで手当てをしてみたものの、不格好なそれではあんまり回復の効果は期待出来そうにないだろう。



(苦手だと嫌がらないでちゃんと勉強すればよかったな……)



 追手が居ないことをフェンリルと確認して洞窟に戻れば、本当の聖女であるコハクちゃんはすでに目覚めていた。

 あの偽物よりずっと素直で賢い子で、だから一層後悔の気持ちが強くなる。


 この子を守るためには、ちゃんとした帰る場所と知識が必要だ。幸い、心当たりが一箇所だけあった。


 皮肉にもお師匠さまのところに連れて行くことになったけど、ぼくの願いを彼女に言うつもりは無い。……無かったのに。



(返せなくなっちゃったな)



「見かけだけ治しても意味ありませんからね。やるからには責任を持って最後まで徹底的に、ですよ!……まあ、改善の余地はありですけど」



 なんて笑ってたけど、損得勘定なってないんじゃないの。その程度で私利私欲だって言うなら、ヨークブランは魔界だよ。


 お師匠さまの足はこの世界じゃ誰も治せなかったんだから、もっと威張ってもいいのに。しかも助けてくれてありがとうとか、ぼくは当然のことをしただけだよ。むしろ怒ってもいいくらい。

 ぼくは自分の願いのためにコハクちゃんを異世界から誘拐したのに、彼女は責めるどころか感謝してさえいる。



「なるほどね、こりゃぼくが一生かけて返すことになりそうだ」



 きっと、コハクちゃんみたいな子だから聖女に選ばれたんだろう。

 あんな嘘でできたような女じゃ代わりにもならないね。あの女のやり方じゃ長くは持たない。いつかヨークブランもろとも勝手に消えるだろう。



「さーて、ぼくはお師匠さまのお手伝いしてこようかな」



 きっと今はとても人に見せられない顔をしているから、見られる前にさっさとこの場から逃げる。

 ぼくはなんでもはできなかったけど、コハクちゃんに見習ってできることをしよう。責任を持って、最後まで。



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