第3話 追放

 突然見知らぬところに連れて来られたのに、何のためらいもなく知人を切り捨てる夢野には一周回って尊敬する。今までのしつこさは何だったんだ。


 夢野が私を侍女だと言ったせいか、ここにいる人たちの態度がとにかく悪い。

 連行されるように別室に連れて来られたのもそうたが、大司教の露骨な尋問のような問答で確信を得た。



(こいつら、私を捨て駒にするつもりだわ)



 すぐに放り出さなかったのは、私も召喚された異世界人だからだろう。何か力を持っているかもしれないけど、それはあくまでも可能性の話。ただの侍女は適当に監視でもしておけばいいという事だと思う。



(でも、それも〈鑑定〉を持つ魔導士が目覚めるまで)



 大司教は、唯一高レベルの〈鑑定〉を持つ魔導士が気を失ったと言っていたはずだ。あのテロップのこともあるので、正直私と夢野のどちらが聖女かは分からない。

 何も持っていなかったらそれこそ追い出されそうだが、もしチートか何か持っていた場合は間違いなく酷使されるだろう。


 あとはあまり考えたくないが、私が聖女だった場合だ。その時夢野がどうなるかは置いておいて、手のひら返されたら嫌だな。だってこの国のために働く気があるかと言われたら当然否だし、断ったら監禁されそうだもの。

 勝手に呼んでおいて聖女じゃなければ適当に扱うような国だ。用がないならすぐ帰して欲しい。



「そなた、本当に何もできないのかね?」

「……はい」



 目の前で偉そうにアレコレ聞いてくる大司教に舌打ちしそうになるのを我慢する。

 てっきり私がここに来た理由やこの世界について教えてくれると思ったのに、ふたを開けてみれば向こうが知りたい事を一方的に質問されるだけ。しかも私が黙ろうとしたり、何か聞こうとすると部屋の隅で待機している衛兵が武器をカチャリと鳴らす。


 もちろん聞かれたことは全て嘘で誤魔化しているけど、こいつら私を犯罪者だとでも思っているのだろうか。夢野と同じ扱いは求めないから、せめて普通の人のように接して欲しい。



「ふむ、一応魔法を一通り試してみるか。私の後に続けて唱えろ」



 それから言われる通りいろいろな呪文を唱えさせられたが、びっくりするくらい何も起こらなかった。

 大司教にも使えない魔法はあるらしく、私と同じように呪文を言っているだけの事もあったが、時折小さい炎や水を手のひらに生み出せていた。


 だから嘘を教えられているわけではない、はずだ。何の魔法も発動できていないせいで、大司教が私を見る目がどんどん冷たいものになっていく。



 やがて全て試したのだろう、大司教がこれ見よがし大きく溜め息をついた。

 その時、何の前触れもなく部屋の扉が勢いよく開けられ、武器を手にした兵士がぞろぞろと入ってきた。その後ろから私を憎らし気に見つめるエドワードが現れる。



「その女を捕らえろ」



 それを合図に兵士が私を囲み、剣を突き付けてきた。生まれて初めて武器を突きつけられ、思わずひるむ。私の前に一人の兵士が来ると、いきなり腕を捻られて後ろに縄で拘束された。

 そして私を地面に押さえつけると、呆然としていた大司教が驚いたように声をあげた。



「え、エドワード殿下!?これはいったいどういうことですか!?」

「聞いて驚け。その女はな、我らが聖女に今まで散々嫌がらせをしてきたそうだ!しかも自分が聖女だと名乗り上げるつもりだったらしいという!」

「はあ!?私そんなことをしてな、いッ」

「黙れ、この悪女め!」



 身に覚えのないことを言われて否定しようとすると、強めに背中を蹴られる。それより殿下って……この男、王子だったのか?



「な、なんと……!それは本当ですか!?」

「ああ、聖女が教えてくれた。さっきはその女の手前言えなかったのだろうな」



(あの時、わざわざ言葉を切ったのはそういうことか!)



 反論したいのに、強く床に押さえつけられては呼吸をするのが精一杯だ。



「そうだ!大司教、その女の手を見てみろ!」

「……ずいぶん、綺麗な手ですね。王妃の侍女とてもっと荒れているというのに」

「そういうことだ。これはこの女が仕事もせず、聖女に嫌がらせをしていた証拠だ」



 そもそも私は侍女ではないのだから、手が荒れていないのは当然だ。侍女の仕事でどれだけ手が荒れるのかは知らないが、少なくともただの女子高生と比べられるものじゃないだろう。

 そんなことが嫌がらせの証拠になるものか!



「ふむ、証拠もあるとすれば、これはとんでもない事です。流石殿下でいらっしゃる」

「はっはっはっ!そうだろうそうだろう。ところで、この女が罪を償うにはどうしたら良いと思う、大司教」

「そうですね……聖女様に関しての処罰は教会に一任されていますから。ふむ、帰らずの森に追放するのはいかがでしょう」

「ああ、それはいいな!」



 聞こえてきた不穏な言葉に、思わず身を固くしてしまう。さらに私を押さえていた兵士が息をのむ音が聞こえて、不安が加速する。こんな……こんな茶番で罪人になるなんて、そんなことが。



「手が綺麗だからという理由で、私を追放するのですか?」



 兵士が驚いた拍子に力が緩み、私は何とか口を開いた。正直打開策なんて見当たらないが、黙っていられなかったのだ。



「貴様の世界ではどうだか知らないが、侍女ごとき、ここでは我らの一存でどうにもできる!」



 だがその言葉で私は一切の抵抗をやめた。この男は本気だと、私が何かしたらこの場で殺すだろうと本能で察したからだ。この国の倫理観は日本と全く違う。悔しいが、今の私の命はこいつらの手に握られているのだ。


 たとえ追放でも、今すぐここで死ぬよりはマシだろう。帰らずの森らしいけど。



「さっさとその聖女サマを連れて行け。目障りだ」




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