第2話 召喚
次の瞬間、ピコンという電子音とともにゲームテロップのようなものが私の前に現れた。
『おめでとうございます!あなたは世界を救う聖女に選ばれました!』
そこにでかでかと書かれていたのは、怪しげな宗教勧誘のような文章だった。
(……はい?)
私が状況を飲み込むよりも早く、ゲームテロップは強い光りを放った。あまりもの眩しさに思わず目を瞑ると、突然内臓が飛び出そうなほどに強い落下感に襲われる。襲ってくる痛みに身を固くするが、予想に反して私は勢いよく尻もちをついただけだった。
「やったぞ!儀式は成功だ!」
「聖女様がおいでくださったぞ!早く陛下に知らせろ!」
「〈召喚の儀〉が成功したのは何十年ぶりだ!?あの若僧、とうとうやりやがったな!」
耳慣れない単語が聞こえて、痛みで涙がにじむ目を開ける。
すると目に飛び込んできたのは、現代日本を真っ向から否定する景色だった。
美しいステンドグラスに象牙色の壁はまるで西洋教会のようで、ゲームでしか見たことのないような派手な服装を着た老人や青年たちが何十人も騒いでいる。
しかも誰もがありえないような髪色をしていて、いっそここがコスプレ会場と言われても納得できそうだ。
(召喚の儀って何?聖女?)
ふと思い出すのは、あの光り輝くテロップに書いてあったことだ。確かあれも聖女がどうのこうのって言っていたけど、まさか誘拐?
「嘘すぎない……?」
呆然と固まる私の前に、新緑の髪をした青年が口を開いた。
「かねてよりお待ちしておりました。ところで……どちらが聖女様であられますか?」
困惑した表情を浮かべた青年は私……ではなく、私の後ろの方をチラチラと見ていた。その視線を追って振り向けば、そこにはポカンと口を開けている夢野の姿があった。
(夢野もここにいるの!?)
嬉しくない顔見知りにさらに混乱する。もしや本当に女子高生を狙った犯行で、聖女は生贄の隠語だったりする?
そんな思考が変なところに飛び始めた私など視界に入っていないように、青年が大きな声を上げた。
「おい大司教、〈鑑定〉はできないのか?」
すると一人の初老の男性が前に進み出てきた。
青年に媚びたような笑顔を浮辺ているその人が大司教なのだろう。白を基調とした祭服とじゃらじゃらした装飾品が目に痛い。
「申し訳ありません、唯一高レベルの〈鑑定〉を持っていた魔導士が気を失ってしまいまして……」
「ふん、〈召喚の儀〉をしただけなのに情けない奴だ。まあいい、ならお前が何とかしろ」
「え!?……え、ええと、書物では、聖女様は美しい容姿と特別な力を持つと言われております」
まるで今思いついたことを言いましたという様子に不安を覚える。
しかし、どう考えても信ぴょう性が低いその言葉に青年は納得したようにうなずいたのだ。そして満面の笑みを浮かべたかと思えば、大股で夢野に近寄って行く。
「あなたのような色合いの髪は初めて目にした。きっとあなたが聖女様に違いない」
(緑の髪のやつが何か言ってる……)
私の目では実にバリエーション豊かな髪色がそこら中にいるように見えるが、どうやら蛍光ピンクの髪はここでも珍しいようだ。
そりゃ人工色と比べたら黒髪はたくさんいるけど、こうも眼中に無い態度を取られると頭に来る。
眉をひそめた私など視界に入っていないだろう、青年は絵本に出てくる王子様のように跪いた。そして手を差し出された、惚れっぽい夢野は見る見るうちに顔を赤らめた。
「はぁ、何て素敵なの……!これ、やっぱり『聖女は薔薇を摘む』のエドワードだよね?やだっ、ひめったら、異世界転移しちゃった!?しかもどう考えてもひめがヒロインだよね!?」
夢野はうっとりと青年の顔を見つめたかと思えば、突然早口で何やら意味が分からないことを話し出した。
エドワードは青年の名前だろう。異世界転移もまあ、信じ難いけど理解できなくもない。しかしヒロインとはなんぞ……?
(そもそも夢野は何でそんなに元気なの。異世界だよ……?すんなり受け入れすぎじゃない?)
これではエドワードという青年も驚くだろう。そう思ってちらりと様子を窺うと、彼はむしろ嬉しそうにしていた。
「ああ、なんという事だ!俺の名を当てるなんて、やはり俺の目に狂いはなかったんだ!」
「ほう……これなら、わざわざ〈鑑定〉を持たずとも陛下にお目通り叶うでしょう!」
周りが再び歓声に包まれる。ここまで見事にスルーされると、まるで透明人間にでもなった気分だ。いくら何でも失礼すぎる。
そう文句を言おうとした私だが、ふとある考えが頭を過った。
これ、夢野と離れるチャンスではないか?
だって、夢野はエドワードに夢中だし、私はこの失礼な連中と夢野から離れたい。お互いに損はない結果になるだろう。
「あの、これはいったいどういう事ですか?私に用がなければ帰らせていただきたいのですが」
「ふむ、そなたが誰なのかは我らも知りたいところだ。……ふん、そなたも珍しい色の髪だな」
「あ、その子はひめの侍女だよ」
「えっ」
「なんと。まあ、聖女様がこのような暗い髪色な訳もないか。そなた、なにか特別な力はあるか?」
当然のように侍女だと言われて、つい反応が遅れてしまう。それを彼らは私が言葉に詰まったのだと受け取ったらしく、途端にかわいそうなものを見るような目で私を見た。
「心白ちゃんはただの侍女だから、期待しても無駄だよ!聖女はひめ。ひめは女神さまの導きでここがヨークブラン神聖王国だって知っているし、自分の役目だって分かってる。隣国との戦争に勝てばいいんでしょ?」
「おお、さすがは聖女様でいらっしゃる……!私共が何か言う必要もありませんな!」
「はっはっはっ、これで我々は勝ったも同然だな!」
エドワードの高笑いとともに、大司教が膝をついて礼を取る。それに合わせて周りが一斉に夢野に頭を下げ、エドワードの高笑いがさらに大きくなっていく。
この場で立っていたのは、状況についていけてない私と、エドワードの横で満足げに微笑む夢野だけだった。控えめに言っても地獄である。
「改めて、この度は我らの召喚に応じていただきありがとうございます。聖女様が心置き無く生活できるよう、できる限りのことはさせていただきます」
「ひめも、頑張って聖女のお仕事をするね!」
「お前が優しくて高貴な子で良かった。さ、ともに父上の元へ行こう!」
そういって夢野の手を引いて退出しようとしたエドワードは、ふと思い出したように立ち止まる。そしてめんどくさそうな顔で私を一瞥すると、再び夢野に笑いかけた。
「そこの侍女はどうする?一人で不安ならアレも連れて行ってもよいが」
「ううん、エドワード様が居てくれるから大丈夫だよ。それに心白ちゃんは……やっぱり何でもない!ひめは自由にしてあげたいなっ」
「侍女にもそのように接するなんて……おい、お前たち!聞こえたな?」
「はい、あとはお任せください」
まるでいらない人形のように私の処置を決めると、今度こそ夢野たちはどこかへ行ってしまった。
こうして、私は口をはさむことも許されないまま、別室に連れていかれることになったのだ。
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