第21話口付けの記憶
「あの人は…………魔王は私達の国を滅ぼしたのよ?憎みこそすれ、そんなことあるはずない」
温めたカップに沸かした湯を注ぎながら、フィエルンは背を向けたまま答えた。
「そうだね」
「テネシアは彼を好きだったかもしれないけれど、私・は違う。好きになる理由もないわ」
「ああ」
エスタールは彼女からカップを受け取ると、自分の隣へとフィエルンを座らせた。
香ばしい薫りが昇る綿色の茶を一口飲むと、淡い甘さの後に柑橘の酸味が残った。
「ねえ、フィエルン………」
俯いて手元のカップを見つめていた彼女がハッとしたようにこちらを向いた。
「ん?」
テーブルにカップを置き、エスタールはフィエルンのカップも遠ざけた。
「キスしていい?」
「あ…………」
身体ごと彼女の方へ向き直り背中に手を回すと、フィエルンが緊張に強張っているのを感じた。
額や頬にはしたことがあるが唇には無かった。怖がらせたくなかったし、焦ることはないと思ったからだ。
頤おとがいに手を添え掬うように上向けた。どこにされるか察したフィエルンが、ギュッと目を瞑った。わななく薄桜色の唇から声が溢れないように、エスタールは自らの唇で封じた。
「ま、待って、シュヴァイツ」
慌てたテネシアの周りには、彼女が張った防護壁が魔王の行く手を阻んでいた。
「随分猶予を与えたはずだが?返答をここで出せ」
「う」
パシッと手の甲で払うように防護壁を破り、シュヴァイツは平気で距離を詰めてくる。
「俺のものになれ」
「い、言い方!待って聞いて!」
コホンとわざとらしい咳払いをし、テネシアは魔王の胸を突っぱねた。
「こういうことはね、まず話をしたり一緒に食事をしたりして互いを知って、それから手を繋いだり」
「くだらない」
「人間はそうやって愛情を育むものなのよ。あなたはいきなり過ぎるし、もっと愛情というものを学ぶべき、ちょっと!」
いきなり肩を引き寄せられたテネシアが驚いている隙に、逃げられないように彼女の両膝裏を掬い上げて抱え上げる。
「よく知らないくせに。くだらない、本当にそんなものを愛だと信じているのか?ままごとでもしたいのか」
「降ろして」
ワタワタともがきこそすれ力ずくで逃げないテネシアを睨み付けると、シュヴァイツは寝台に放り投げた。
「きゃあ!」
「早く返答しろ。そうでなくとも犯してやりたいのを耐えて待っているのに」
「ええ!?」
寝台の端に逃げたテネシアが、聖剣の位置を素早く確認し無意識に手に力を込めている。
寝台に両手を付き片膝を乗せたまま、魔王は出方を待っている。
それに気付いたテネシアが、ふいに小さく笑って力を抜いた。
「無理強いしたら嫌いになるわ」
自分が本気で抵抗したら彼は無傷ではいられまい。分かっていて言ったに違いない。冗談のつもりか。
表情を大きく出さない彼だが、少し不服そうに目を細めた。
聖女として特別視されて繰り返し生きてきたが、女として求めてきたのは皮肉なことにシュヴァイツだけだ。
それを嬉しいと感じた時から答えなど出ていた。
「私……………シュヴァイツを愛しているわ、多分ね」
恥ずかしくて寝台に座り直して俯いたら、横に気配があった。
「テネシア」
「こ、答えたわ。これで満足でしょう?」
「いや」
頬に指が触れ、慎重に後頭部に添えられた。下目蓋に唇が当てられ、思わず閉じた目を再び開けた瞬間に唇を塞がれた。
「ん…………」
口内を蹂躙される強烈な口付けに、テネシアは抵抗できずに彼の胸に縋り付くことしかできなかった。
流されるままに唇を合わせ、ようやく離れた時には力が入らず、シュヴァイツの肩に顔を埋めた。
「うう…………」
「手に入れた。もう逃げることは許さない」
テネシアを強く抱き締めて、彼はそう告げた。
「……………フィエルン」
唇を離したエスタールは、彼女の頬を指で拭うようにした。涙が彼の指を濡らし、フィエルンは自分が泣いていることに気付いた。
その様子を見つめていたエスタールは、無言で彼女を抱き締めた。
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