赤き流星・真田幸村《大坂冬の陣》2/3部作目

龍玄

第1話 真田幸村、参上

 「頼もう~」


 幸村は、関ケ原以来、久々の戦に正直、胸が高鳴っていた。

 関ケ原の合戦から十三年程が経っていた。

 大坂城に着いた幸村は懐かしそうに城を見上げていた。

 

 古びた着衣。白髪交じりの薄毛で髷を結うのもやっと。関ケ原の合戦後、父・昌幸と共に高野山に流罪、九度山で蟄居生活。監視のもと真田紐を作り売り、食うや食わずの貧しさから、肌艶も悪く、歯も抜け、痩せこけた老人にしか見えなかった。

 門番は、その男を見て訝しそうに警戒していた。


 「何やら怪しい者がおりますなぁ」

 「見るからにご老体。物見遊山か、この時期に紛らわしい」

 「よく見れば見る程、怪しく見えますな」

 「兵を募るを知って、どこやらの山賊崩れが血迷ったのか」


 すると、老人がとぼとぼとと門へと近づいて来るではないか。門番は、急ぎ足で老人に近づき、その行く手を阻んだ。


 「待たれ~、そこの者、どこへ行く。ここは大坂城なるぞ」


 幸村は、にやりと笑って見せた。その口元からは歯が、二本しか見えなかった。不機嫌な顔で幸村は、胸元から書状を取り出し、門番に渡した。


 「真田…幸村…様…これはご無礼致しました。お通り下され」


 入城を許された幸村の後ろ姿は、腰の曲がった小柄な老人以外の何者にも見えなかった。それを密かに監視していた者がいた。徳川方の密偵だ。豊臣の不穏な動きを注視し、誰が豊臣方に就いたかを、探るためにだ。

 幸村、登城の知らせは、直様、京都所司代の板倉勝重から家康へ報告された。


 「家康様、ご報告が」

 「誰か、裏切り寄ったか」 

 「いいえ、真田が篭城致しました」

 「ひぇ~、あの…あの昌幸がか」 

 「いいえ、昌幸は病死。登場したのはその子、幸村と申す者」

 「幸村じゃと、知らぬは。捨て置けー。昌幸かと思い肝を冷やして損したわ、捨て置け、捨て置け」 


 家康は昌幸だと思い驚いたが、幸村と聞いて安堵していた。関ケ原の合戦の際、幸村は上田城で徳川秀忠と闘っていた。この頃、昌幸、信之は名を残す武将だったが、その影にいた幸村は殆ど知られない存在だった。それでも、父・兄と同行し、二度も徳川を苦しめた実績が認められ、豊臣方の重臣として参画していた。

 兄・信之が敵方・徳川方にいる。いつ寝返るのか、徳川の密偵ではないのか、との疑惑の目は、厳しいものがあった。

 迫害に似た目は、幸村にとっては覚悟の上での登城。怯むようなことはなかった。それ以上に、豊臣秀頼の母である淀殿の「所詮は浪人であろう。浪人の身で何を申す」という、身分制度からくる信用度の低さが問題だった。 

 大坂冬の陣が開戦すると、幸村は当初から、大坂城籠城案に反対の意を表明していた。城外出撃を行い、瀬田・宇治で徳川軍を迎え討つように主張。

 しかし、豊臣方重臣には、兵の経験・結束不足に不安を残す者も多く、指揮権のない幸村の案は受けいられずにいた。


 幸村は、由利鎌之助,三好清海入道,伊三入道,根津甚八に大坂城での戦略を話し合っていた。 


 「力不足は否めない。このままでは城に頼るだけの長期戦となるぞ。凍える寒さの中、徳川とて長引かせたくはあるまい。必ず、痺れを切らし、攻めてくる。その時が勝負どころと見ておる」

 「して、如何になされる」 

 「それよ、それ。真田の戦いは籠城ありきで。敵方を誘い、一気に叩き潰すこと。城内に砦を築きたいと申し出たがあっさり断られたわ」

 「それでどうなされます」 

 「しつこく歎願致した甲斐あって、根負けしよったわ。城外ならばと言うことでな。幸い金数のことは心配に至らぬとのことじゃ」

 「それでどこに砦を築かれると」

 「城の在り方をこの足で丹念に調べた。流石に難攻不落の大坂城と言われるだけあって、天晴れよ。城の西に海、北に川、東に沼地、しかし、南だけはなだらかな丘陵でな、ここが唯一の弱点。儂が徳川ならここを攻める。よって、ここを補強するために真田丸を築こうと思う」

 「真田丸ですか、それは宜しいかと、若様」 

 「その呼び方を止めぬか。里であれば良いが、老いぼれに若様とは気恥ずかしいではないか」

 「いや、止めませぬ。長年、慣れ親しんだ呼び名。いつまでも若さを保って頂くためにも止めませぬわ」

 「好きにせい」 

 「あはははは」 


 真田丸完成への時間を如何に短縮し、効果的に工事を進めるかは、幸村の頭の中には既に用意されていた。

 工事は豊臣の財力に物を言わせ、急速に進められた。幸村は、大坂城の三の丸南側、玉造口外に地形を利用した三日月形の土作りの真田丸と呼ばれる出城を築いた。 

 お堀のように土を積み上げ、砦側の盛土には、三つの柵を設けた。敵が攻めてくれば、隊列を分散、足止めする柵だ。駆け上がる兵を鉄砲隊を始めとする、弓、投石で撃退する強固な砦だった。家康は、真田丸を見て、感心していた。


 「理に叶ったものよなぁ。あの出城は手ごわいぞ。下手に攻めれば敵の懐でもがくのみよ。さらにあの真田のこと、どのような仕掛けがあるやも。手立て見つかるまで、決して手出し無用のこと、然と通達せい」


 と、家康は、真田丸を見て、かなり警戒していた。出城を前に静観する徳川軍を見て幸村は、自信を確信に変え、挑発し始めた。


 「みなされ、天下に轟く徳川の軍勢が、指を咥えて控えておるわ」

 「本当じゃ、本当じゃ。怖気づいて手も足も出ませぬようで」 

 「あはははは」

 「我らの相手は、腰抜け侍だゃたのか、あはははは。あずまには男は、おらんようだ」

 「本当じゃ、本当じゃ、腰抜け共めが。足に根が生え動けず、その気も萎えたか」

 「何が徳川じゃ、東の男は腑抜け者よな」

 「本当じゃ、本当じゃ、あはははは」 


 真田隊は、徳川軍を徹底的にこ蹴落とした。ついに徳川軍の堪忍袋の緒が切れた。


 「ここまで、馬鹿にされては、もう黙ってはおられぬ」 

 「あやつら、好きなように小馬鹿にしよって」

 「ならば、お望み通り、目に物をみせてやるわ」

 「例え、家康様の指示はあろうが、我らの武士たる魂まで侮辱されて、黙っておれば、それこそ、武士の直れ」 

 「その通り。我らが武士たる所を見せつけてやるわ」


 真田隊の思惑通り、徳川軍の先鋒隊が、堰を切ったように攻撃を仕掛けてきた。

 盛土の堀を滑り落ち空堀へ。足並みは不揃い極まりなく、転げ落ちる者、土に足を取られる者、見た目より土の斜面を進むのは困難だった。

 土まみれになりながら、進む隊は、隊列などと程遠い形態だった。軍勢は、もはや個々の寄せ集め、と化していた。盛土を転げ落ちる者や、四つん這いで這い上がってくる兵を見て、真田隊は、小馬鹿にした笑いを浴びせかけた。


 「ほれほれ、鬼さんこちら、手になる方へ」

 「しっかり、歩きなされ、母上が待っておるぞ」

 「あはははは」

 「もう許さん、一網打尽にしてくれるわ」

 「言っておれ。直様、ひざまずかしてやるわ」 

 「そうかいそうかい、はよ~きなはれや、お稚児さんたち。あはははは」


 小馬鹿にされ、すっかり血が頭に登った徳川兵たちには、目前の敵しか見えなくなっていた。真田隊の挑発に乗って、血気盛んに攻めてくる徳川勢。


 「小馬鹿にしよって、待ってろ。その減らず口を今すぐ黙らせてやるわ」 


 空堀の底から足場の悪い盛土を上がってくる徳川勢。一気に駆け上がるのを妨げる綴らに設けられた柵。急斜面を不安定な体制で登る姿は、形相と裏腹に息が上がり、体力が奪われている様相だった。


 「ほぉ~、上がってきよりましたな。そろそろ、お迎え致すか」


 我先に急斜面を苦悶の表情で上がってくる徳川勢に向け、まずは、鉄砲隊が次々と撃破していく。逃げ惑う兵に幾多の矢が、投石が、雷雨の如く襲いかかった。瞬く間に、空堀には、負傷して転げ落ちる者、転げ落ちる兵を受けて共に落ちる者。行き場を失った徳川勢の手負いの兵で空堀は、埋まっていく。


 「相手の策にまんまと引っかかりよって、何と愚かな」


 家康の焦りは、空堀の底でもがき苦しむ兵の姿に集約されていた。

 挑発に乗り、指示を破り、突入する兵たちに怒りさへ覚えていた。

 家康は、二度三度、突入の中止を促していた。


 「手出し無用、無用じゃ、引けー」


 家康の撤退指示にも関わらず、興奮した兵達は撃破されていった。家康は、為す術もなく、一方的に蹴散らされる自軍の地獄絵図に苦虫を潰すしかなかった。

 家康の撤退命令は虚しく響いていた。興奮状態の徳川勢の兵たちは、真田丸の毒牙に飲み込まれ、ばたばたと、もがき苦しんでいた。あまりの惨劇に、松平忠直らは我に返り、蒼褪めた。


 「撤退じゃ、撤退せいー」


 手負いの兵を助け出す姿は、正に賊軍の有様だった。徳川勢が撤退するのを見て、真田隊は「えいえいおー」と、声高らかに勝鬨をこれみよがしに挙げた。

 初戦にして徳川軍の被害は、尋常ではなかった。


 徳川方は松平忠直隊で480騎、前田利常隊で300騎が討たれ、他にも雑兵に多数の死者を出した。勝利を挙げた真田隊の出で立ちは、異様なものだった。幸村の率いた隊は、旗、鎧、兜などの全てを赤で統一されていた。戦場に「真田あり」を知らしめる幸村の発案だった。

 この戦いで、無名だった幸村は、天下に初めて武名を知らしめることになった。徳川軍は、難攻不落の大坂城、ましてや唯一の弱点であった南側を真田丸に強化され、突破口を失った。

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