寿士 ~雪・寿司・8畳間・静寂の戦い~

かさいゆーき

寿士 ~雪・寿司・8畳間・静寂の戦い~


六2かっぱ、 3四かっぱ、 

3八アジ、  4二鯛。

「棒アジか、君は本当に古典的なネタが好きだな」

「大トロとアジの間にかっぱ巻きを挟んで油分を調整する、最高の一手だ」


ある年の初冬、2人の寿士が睨み合い、

寿士の栄誉あるタイトル「魚王」の対局を前に

完全にプライベートな対局を組み、手合わせをしていた。

しんと静まり返る8畳間には寿士の正装、調理白衣をまとった2人の男が鎮座し、

寿司台の上の寿司を挟んで向かい合っている。


寒々として、白く覆われた中庭は雪見障子の向こうから柔らかな光を投げかけ、

底冷えのする部屋の静謐な空気をいっそう凛と際立たせた。

「あまりにも寒いと寿司がまずくなる、なぜ暖房を入れない」

「寿司が乾く前に1局などにぎり終わるだろう、

 ほれハマチ道がかっぱ越しに玉子を狙っているぞ?」

「ふん言うではないか、ではこちらは穴子でも組ませてもらおうかな」

ー穴子、対局の趨勢を握る要の要、玉子をイカと海老の間に潜ませる

要塞のごときネタ組み、この堅牢なネタ組みを崩せる手はそうそうないー


「水分を吸いやすい玉子と海老の間にバランを挟まんとは、

 君はマナーがなっていないな」

耳にピアスをがっつり付けた寿士は箸を繰り出し、

自分の玉子にバランをまとわせた。

「ふん、マナーだとか味移りの心配も大事だろうが、

お前の一手……いくらの効きを見落としているぞ?」

対する寿士-、眉毛を完全に剃りきった寿士が攻めの切っ掛けを見つけ出し、

無防備な相手のアジをひょいと拾い上げてー

食べた。


「おいしい……」

「アジおいしいよね……」


夜のうちに降り止んでいた雪が、いつの間にか再び降り始めた。


「ふん、だがアジも絶妙に脂のノった良品、寿司道のならいに準ずるならばここで

かっぱ巻きで調整を図るのが筋だろうが、今の君にはー」

「捨てかっぱが、いない……ッ」

かっぱのない寿司は負けの寿司という格言があるほど

かっぱ巻きの食べ順は重要である。

ピアス寿士は自らの寿譜の組み立ての甘さ、そして相手の強さを前にうろたえた、


「俺としたことがッ……、ところでお茶飲んでいい?」

「お茶だと?貴様、寿司道のならいを破る気か?」


ー寿司道とは、お茶とかガリとか挟まずに寿司だけでおいしく食べれたらいいよね、という感じの教えであるー


「こんッ……この寿司原理主義者め……」

「その言葉を使うのなら、リベラル寿司派の君、と呼ばせてもらうぞ」


高まる緊張。

戦に臨むがごとき2人の顔を幾粒ものいくらが映し出す、

一時の静寂ー軍艦巻きの上の、

いくら。


「自由寿司……」

「寿司・リバティ……」


雪・8畳間・寿司と ー静寂(silent)ー


だが、この静寂は突然破られたのだった。


「げぇっh、カッhうっほぅ!!えっつひゅっつほ!?」

眉無し寿士の突然の咳が、

湖の底のように静謐な8畳間のしじまを破った。


にやりと笑うピアス寿士

「どうなされた、寿士ならば背筋を正し寿司に真摯に向かい合ってこそでは?」

「貴ッさまッぼぉっほ!!!ばぁっこつ、謀ったな???」


wasabi


寿士同士の戦いにおいて、ひとネタにだけ許された隠しワサビの存在。

それが眉無しの咽頭を攻めた。

「がっつおぉおおっ!!えっほ、う゛ぇ っ ほ!?ぇええっほぉ!!」

「まさか、しめ鯖にワサビとは、思いますまい?」

その通りだった―、シャリとサバを〆るための酢酸成分でさえ

上手く口に運ばなければむせるものを……、

特盛のワサビを盛るなど、

「ごんっぐどぅっ!!げえぇっほぁ!!?」

「コンゴ横断?卑怯とは言いますまいな?これが寿士の戦いというものです。。。」


寿士の勝負においてネタに潜ませるワサビの総量はあらかじめ定められている。

いくつかの寿司に均等に盛る者もいれば一点集中でワサビを盛るという……、

非道とも思える技を使うものもいた。


「見抜けなかったあなたが悪いのです……」

優しく、残酷に問いかけるピアス寿士との会話は成り立たなかった、

もうすでに眉無し寿士は応答のできる状況ではなかったのだ……。


寿士の世界の厳しさが垣間見えた瞬間であろう、

極悪ワサビを見抜き、物言いをすればワサビを抜けるが

見抜けなければ終わり。


寿司勝負において「お戻し」は即負けの禁忌、

    ー相撲で言うならモロ出しー


「かっほぉええっつ……まだだ、まだ勝負は決まっていないぞ!!」

寿士の矜持、今わの際から復活する魂のかがやき。

漢気ピアス寿士は確かに、この瞬間、

目の前の寿士の【意地】を見た。


ーだが、

「へぇっ!!!?うっぼっ―――――――自主規制―――――――」


だめだった。

――――――お戻し、終局。


小さなゴミ箱に顔をはめて嗚咽を漏らす、眉無し寿士。

「ゴチになりますー」

ピアス寿士の無常なる一言が

嗚咽の響く8畳間にポツリと落とされて、

雪のように消えた。

                                      終わり





















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寿士 ~雪・寿司・8畳間・静寂の戦い~ かさいゆーき @casaiasac

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