第4−2話:もう一つの関係②

「っ……ぁ、っあぁ!」


 太い楔で内襞を抉られると、脊髄に沿って強すぎる電流が走った。

 ドロドロに解された媚肉は、もうどこもかしこも敏感になっていて、わずかに振動を与えられるだけで声が止まらなかった。それなのに和臣のナカを攻める抽挿は激しさを増すばかりだ。


 二人でベッドに入って、いや、強引に押し倒されて、といったほうが正しいのか、それさえも分からなくなってから一時間ぐらいは経っただろうか。

 その間、ずっと和臣は人形のように揺さぶれているのだが、西条からの恋人にかけるような甘い言葉は一切ない。それどころか互いの身体は向き合っているというのに、視線すら合わない。

 

 だが、そんなことはまったく気にならなかった。

 

 西条の心が守れるのなら。


「……っ……さい………な、………さい」


 ふと、今にも搔き消えてしまいそうなほどに弱々しい声が聞こえてきて、和臣は快楽に閉じていた瞳を開く。と、両目いっぱいに涙を浮かべた西条が、何かに取り憑かれたかのように謝罪の言葉を繰り返していた。


「ごめん……さい……ごめ……なさい…。」


 止まることなく紡がれる言葉は、行き場のない絶望と欲をぶつけられている和臣へのものか、はたまた今日救えなかった子どもへのものか。


 ――悲しいな、西条。


 そう、和臣だけが知る出来損ないの医者とは、西条のことだった。

 

 誰からも小児科医になるために生まれてきたと賞賛され、技術面の成長速度も申し分ない。しかしこの男にはたった一つ、『患者の死を受け止められない』という致命的な弱点がある。

 

 その欠点に和臣が気づいたのは西条がスーパーローテーションと呼ばれる研修医の臨床研修を終え、小児科に配属された直後。和臣が指導医として西条を様々な現場に立ち会わせていた中で、初めて小さな命の死に触れた時だった。


『東宮先生、どうして俺はあの子を救えなかったんでしょう』


 悲しみに泣き叫ぶ両親の背を見つめながら西条がふと零した言葉は、驚くほどに色も感情もなく、表情も虚無に包まれていた。

 

 これは危ないかもしれない。

 和臣は直感でそう思った。

 

 そして案の定、西条は勤務が終わったあとの更衣室で泣き崩れ、まったく手がつけられない状況となってしまったのだ。


 まだ生まれて十年も経っていないのに。

 もっと生きて色んなことをしたかっただろう。

 夢だってあったはずだ。

 

 たった数週間接した患者を思って慟哭し、過呼吸まで引き起こした西条の姿は、あの教授が言っていた医師に向かない医師そのもので、和臣は正直戸惑いを隠せなかった。

 

 ここまで人の死に対して敏感すぎる人間に、ターミナルケアも関わる場所は無理かもしれない。患者よりも先に西条の方が壊れてしまう。危惧した和臣は指導医として比較的重病患者に触れない整形外科や眼科、皮膚科への転科を勧めることも考えた。しかし。


 その言葉をかけることが、どうしてもできなかった。

 なぜなら西条が子どもの頃から小児科医になることを切望していたことを、知っていたからだ。


 本人から聞いた話によれば西条は小学生の時に交通事故に遭い、骨折で長期の入院を余儀なくされたそうだ。入院中は当然のこと、友だちと遊ぶことはできない。そのせいで西条はかなり不貞腐れていたらしいが、そんな彼に主治医は優しく手を伸ばし、親身になって励ましてくれたという。

 

 西条はその人に憧れて小児科医を目指すようになった。

 

 それから二十年。西条はたった一つの夢のため、いくつもの厳しい試験や研修を乗り越え、その望みを叶えた。そんな人間に、「向かないからやめろ」だなんて誰が言えるだろう。

 


 どうにか西条を助けてやりたい。

 小児科医を続けさせてやりたい。

 指導医として、同じ小児科医として、力になりたいと和臣が懸命に打開策を探っていた時。



 ふと、とんでもない計画が浮かんだ。

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