フーバーメルヘン—大陸中央軍亡霊討伐隊—
三桁
1 バディ五日目
気の抜けた音を立て、荷馬車は農道を進む。
ゴロン、ゴロロン。ゴロン、ゴロロン。ゴロン、ゴロロン。
(ゴロン、ゴロロン……ゴロン、ゴロロン……)
妙に規則性のある車輪の音に脳内で共鳴しつつ、荷台に乗ったレオはまず、丸めた綿を考えなしに置いたような雲が浮く晴れ渡った空を。
次に、ゆっくりと移り変わるだだっ広い畑ばかりの風景を、琥珀色の目でぼんやりと眺めた。
どこから見ても平和な午後だ。
黒い軍服の男が農道を進む荷馬車(馬車といっても引いてるのは馬ではなくロバだ)の荷台で野菜籠に埋もれてぼんやりしている姿も、もう一人の軍服が御者台の後ろにはりつき荷馬車の持ち主である老人に人懐こく話しかけているのんきな様も、
四方国の全てが国軍を捨てた大陸は平和なのだ。概ねは。
「ねぇおじいさん、街まであとどのくらいかかります?」
「二、三時間くらいかねぇ。まぁ日暮れ前には着くさね」
「えぇー、そんなにかかるのかぁ。お腹すいたなあ。このへんのやつ食べてもいいですか? 代金は払いますので、あっちの人が」
「いいけど、生の野菜しかな」
ゴリ。
老人が言い終わる前に、嫌な音がする。
手近な籠から掴みあげた土のついたジャガイモを、目の前の、坊ちゃん然とした男は食った。生で。
「……芋を! 生で! 食うな‼︎」
「うん、土の味」
野菜籠をかき分けるようにして距離を詰め、手から芋を叩き落とす。
「味わうな‼︎ 腹痛のせいで本部に戻るとかありえねぇからなクソ馬鹿野郎! ただでさえお前がチンピラから賭博で巻き上げて逆恨みされて追われたせいで指示された巡回ルート変更してんだよこっちは!」
「最終的にこの地域ぐるっと回ればいいんでしょう? 変更が嫌ならぶっ飛ばしとけばよかったのに」
「任務外で民間人に手を出すなと予科で習わなかったのか、てめぇは」
「イカサマ賭博の常連チンピラ集団ですよ」
「イカサマでもチンピラでもだ! 大体てめぇそいつらから巻き上げたならイカサマし返してたんじゃねぇかよクソが!」
襟首を掴み上げ怒鳴ったレオの声に、ゴロン、ゴロロンのリズムが崩れる。老人が迷惑そうに言った。
「……ロバが怯えとるから、喧嘩なら後ろで静かにやってくれんかね」
「あ、あぁ、悪い」
何で俺が怒られんだよと内心で毒付きながら、金髪碧眼の生芋食い男を狭い荷台の後ろに詰め込む。
「……いいか、ここから先は本当に大人しくしとけよ問題児。これ以上余計な面倒起こしてみろ、隊長に殴られるのはお前じゃねぇ。監督係の俺だ」
「へぇ。僕じゃないならよくないですか?」
「よくないですよクズクソ野郎! 死ね!」
「すぐに死ねっていうのガキっぽいからやめた方がいいですよ、先輩」
「うるせぇ死ね!」
「ガキだなほんと」
つまらなそうな顔で、襟を掴んだレオの手を虫でも払うように退ける。
近くの籠から今度は人参を掴み、軍服の袖で拭ってから齧った。ボリボリと硬い音が、再開した車輪の音と混ざり合って耳障りに響く。
「……だからなんで生なんだよ。てめぇは家畜か、馬野郎」
舌打ち混じりの雑言が聞こえていないはずはないのに、どこ吹く風だ。
狭い中で最大限に距離を取り、反対の隅っこにどっかと座る。傾いた車体に、老人がまた迷惑そうな目を向けてくる。居心地が悪い。
(本当に、こいつと組んでからろくなことがない……!)
今回が初任務で、バディを組めと言い渡され行動を共にしてからまだ五日だ。まだレオはこの
けれども。お綺麗な澄まし顔で二本目の人参に齧り付く同い年の男を睨み、レオは確信を込めて思った。
——こいつとは、天地がひっくり返っても絶対に、〝いいバディ〟にはなれない。
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