番外編
「私たちは統一教会じゃない。」女性たちはなぜ声を上げたのか?
令和四年(二〇二二年)六月――埼玉県議会で「性の多様性を尊重した社会づくり条例」が可決した。本条例は「性的指向と性自認に基づく差別的取り扱い」を禁止するというものだ。「性自認」の定義は、「自己の性別の認識をいう」とされていた。
条例案提出の際、埼玉県の自由民主党県議連はパブリックコメントを募集する。結果、4700件あまりの意見が寄せられた。そのうち、86.8%が反対意見であったという。
当然の話であろう。
LGBT活動家は、「自分を女性だと言う人を女子トイレに入れないこと」を「差別」だと言う。実際、欧米諸国ではそれが「差別」として認識されているし、日本でも裁判は起きているのだ。
そうなれば、「差別」の意味が、LGBT活動家の言うもののように解釈されるのではないか――という懸念は当然のものとして出てくる。
これについて、埼玉県のWEBページには、「どんな場合でも性自認が戸籍上の性別に優先されるということにはなりません」と書いてある。しかし、条例は外堀を埋めるようなものだろう。ましてや、手術なしでの性別変更が認められてしまえば話は違ってくる。
フェミニストたちによる大規模な反対運動にも拘わらず、LGBT条例は可決される。
それから四か月後の十月二日――日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗 日曜版」が、「パートナーシップ制度と統一協会(下)」という記事を載せる。記事では、埼玉県の条例に多くの批判が殺到したことは全く触れられていなかった。代わりに次の一文が書かれていた。
「今年7月に制定された埼玉県性の多様性を尊重した社会づくり条例に対し、反社会的カルト集団・統一協会(世界平和統一家庭連合)は、条例が成立すれば、『男女を前提にした性秩序や家庭の破壊につながる』『トイレなど「女性の空間」に「女性」を自称する男性が入り込む』(「世界日報」6月21日付)と攻撃しました。」
十月十四日、記事を見つけた人物がツイッターでつぶやく。
「みんなーー!!
埼玉のLGBT条例について、
反対の声は、
市井の女性からではなく、
統一教会が反対したことになってるよう😭😭😭😡😡🔥」
これを期に、「赤旗」の記事は炎上した。「#私たちは統一教会じゃない」「#赤旗のフェイクニュースに抗議します」などのハッシュタグが作られ、批判のツイートが殺到する。タグは瞬く間にトレンド入りした。中には、共産党の支持者だった人からの抗議も多かった。
「本当に悔しくて涙出ますよ。
親世代からの日曜版読者である私を統一教会呼ばわりですか。」
「7月の参議院選挙🗳東京選挙区 山添さんに、比例は田村智子さんに投票した。
共産党は女性の声を聞いてくれると思っていた。裏切られた。トランスジェンタリズムは女性を消す究極の女性差別である。共産党と社民党は終わった。」
「私は統一教会ではありません。女性の安全が心配な無宗教者です。なかったことにしないで。」
「女性スペース守りたいと訴えている人間は統一教会の人間ではありません。勝手にカルト宗教信者認定して以上者のレッテル貼り付けようとするの辞めてもろてええですか。」
それにしても、なぜ「赤旗」の記事は炎上したのか。何も知らない人からすれば、この記事は、統一教会が条例案を批判したという事実を述べたものとしか見えないだろう。
実を言えば、もう何年も前から、「統一教会の信者」というレッテルをLGBT活動家は敵対者に貼り続けていたのだ――それこそ安倍晋三が射殺される前から。
これは、あまりにもバカバカしいので今まで書かなかったことだ。
事実、そうではないか。同性婚に反対したら統一教会、LGBT運動に疑問を持ったら統一教会、手術なしでの性別変更を批判したら統一教会、女性スペースを守れと言ったら統一教会、「しばき隊」を非難したら統一教会なのである。私自身、「トランス詐称の統一教会」だの「信者を動員してカクヨムのランキングを上げている」だのと言われて「??」と思ったことがある。
キリスト教がそうであるように、多くのキリスト教系新興宗教は同性愛を禁止している。統一教会もそうだ。なので、LGBT運動を批判する者は統一教会というわけだ。
しかし、同性愛を禁止している宗教がこれだけ多い中、よりによってなぜ統一教会なのか。安倍が射殺される前は、「あの人たち何で統一教会って言うんだろうな」と不思議がられていた。
そして安倍が射殺された。
驚いたことは言うまでもない。さすがに、殺されたことは不憫に思った。一方で、この事件を期に、自民党政権の下で切り捨てられてきた人々に光が当たってほしいとも思ったのだ、私は。
なので事件の動機が統一教会への恨みだと知ったとき、「そっちかーい!」と呆れてしまった。
もちろん、統一教会と自民党との関係に問題がないとは思わない。
—―だからって安倍を狙うか?
このような事件が起きたのなら、情報を適切に分析し、冷静に行動することの重要性をマスコミは伝えなければならなかったのではないか。
ところが――である。
マスコミは、むしろ犯人に同調するような報道を始める。そして統一教会統一教会と合唱し始めた。似たような報道ばかり続くので、食傷気味に思った人も多かっただろう。
なお、私は自民党支持ではない。統一教会問題で自民党がどうなろうと知ったことではない。
むしろ私が心配したのは、政権を批判する側だ。
何しろ、自民党が票を採れたのは統一教会のお陰だとか、自民党は統一教会に支配されているとかと主張する者が次々と現れたのだ。てっきり私は、自民党を支配しているのはウォール街とかK団連とかだと思っていたのだが――まさか統一教会へ飛んでゆくとは思わなかった。
統一教会の日本の信者は、教会の自称で60万人、実際は6万人程度とされている。二〇二一年の衆院選挙では、小選挙区だけでも2800万票を自民党は取った。これが統一教会のお陰か?
端的に言えば、自民党の強さは、様々な利権団体を包括しているところだ。つまり、大雑把に利害が一致していれば、多少は意見が違っても様々な人を協力者にしてしまうのである。
さらに言えば、「関連団体に関わっていたこと」と「信者であること」は区別せねばならない。特定の政治家が統一教会と深く関わっていたと発覚しても、信者であるとは実は限らない。これは、様々な団体を味方につけるという自民党の性質による。
ところが安倍銃撃事件以降、ネット左翼たちは「統一教会」に取り憑かれてしまった。自民党は――ひいては日本は――統一教会に支配されていると吹聴する者が次々と生まれたのだ。
そして、それまで「LGBT」に関心を持っていなかった人たちでまで、「統一教会」認定したり、認定されたりするようになった。ある右派系ツイッターユーザーなどは、「LGBT」界隈では事件の前から「統一教会」認定が横行していたことを知って驚いていた。
事件以降、性自認主義に批判的な人々への「統一教会」認定はますます酷くなった。
しかも、とうとうそれが裁判にまで発展したのである。
七月十三日――東京大学教授で越境性差の安冨歩が、「日本は統一教会に支配されていた?」等と題する You Tube 番組で、「女性スペースを守る会」を取り上げ、「LGBTに反対する奴らで、統一教会と一緒に記者会見を開いた」と批難する。番組主催者の清水有高は、「日本も闇の勢力に乗っ取られた」と相槌を打ってしまう。
これに対して「女性スペースを守る会」は抗議する。清水氏は謝罪・訂正した。だが、安富氏は謝罪せず、「トランス差別」と批判し続ける。結果、名誉棄損で訴えられることとなったのだ。
そもそもの話――である。
性自認主義を批判する人々の主張は、「トランスジェンダーと性同一性障碍は違う」とか、「男性器のある人を女性スペースに入れるのは危険」とか、「女性自認者と女装した性犯罪者の見分けがつかない」とかというものだ。これらが、統一教会の「どのような」教義と一致するのか。
むしろ一般論ではないか。
しかし、「統一教会」に関する妄想は一部の人々の間で膨らみ続けている。挙句、同性婚がないことやLGBT法がないことも統一教会のせいだと言う者まで現れだした。それどころか、神社本庁と統一教会が手を組んでLGBTを弾圧していると言う者までいる。
『「LGBTたたき」で一致する統一教会と神社本庁』
https://toyokeizai.net/articles/-/622523
差別クリエイターの松岡宗嗣などは、『「性」をめぐる宗教と政治──ジェンダー平等や性的マイノリティの権利保障はなぜ実現しないのか?』という記事で次のように書いている。
「『日本は無宗教なのに、なぜ同性婚はいつまでも認められないのか?』と素朴な質問を受けることがある。前述のように、旧統一教会や神道政治連盟などの宗教右派勢力と自民党保守派などが繋がり、特定の『性』や『家族』のあり方を人々に押し付け、その形に当てはまらない人の権利を侵害し続けている実態がある。昨年『LGBT法案』が国会に提出されるはずが自民党内の強硬な反対によって見送られてしまった。この反対派の中には、前述の宗教右派組織との強固な関係を有している議員が少なくない。」
https://www.gqjapan.jp/culture/article/20221026-soshi-matsuoka-column
――神道関係者と統一教会が手を組んでLGBTを弾圧。
それ本気で言ってるぅ? と言いたくなる。
だが、このような主張が出てきたのには、ある事件があったからだと説明しなければならない。
神社本庁を母体とする「神道政治連盟」という政治団体がある。その趣旨に賛同する国会議員が参加する「神道政治連盟国会議員懇談会」が六月十三日に開かれた。そこで、「同性愛は精神疾患」などと書かれた冊子が配布されたのだ。松岡らはこれを問題視し、大騒ぎする。
なるほど、このような冊子を配布したこと自体は不適切だ。
ちなみに、冊子を書いたのは弘前大学の
神道政治連盟国会議員懇談会にこの人物がなぜ呼ばれたのかは不明だ。恐らくは、同性婚に反対するなどの保守的な考え方が部分的に一致したためと思われる。
楊氏が、同性愛を嫌悪するキリスト教の価値観を強く持つ人物であることに間違いはない。ただし、それは日本の風土からも神道の考え方からも異端のものだ。楊氏の冊子を、そのまま神道政治連盟の思想だと考えることは難しい。
言うまでもないが、「同性愛」と「同性婚」は違う。大多数の神道関係者も自民党議員も、「同性愛」については一般的な日本人と同じ見解しか持っていないだろう。だが「同性婚」となると、家族や結婚の概念が根本的に変わってしまうのではないかという危機感を抱いてしまうのだ。
もしも、伝統的な家族の形とは違う方式で同性カップルの権利を保障するのであれば、彼らの価値観とは衝突しない。保守派の政治家の協力を得ることも難しくないだろう。
実際、埼玉県の条例を提出し、賛成したのは自民党だ。東京都で可決したパートナーシップ条例にしろ、自民党は全面的に賛成している。
――自民党、統一教会に支配されてるんじゃなかったのか?
キリスト教では、同性愛は「子供が産めない」という理由で禁じられてきた。なので、欧米の同性愛者たちは、代理母出産や精子提供まで頼って子供を作った。彼らが目指したことは、同性同士で結婚し、子供を作り、異性愛者のように振舞うことだ。
日本のLGBT活動家のやっていることは、欧米の活動家の忠実な模倣だ。だからこそ、同性婚を求めるのみならず、同性同士で子供を作ろうとさえしている。そんな中、欧米の活動家たちと同じ「敵」を彼らは求めたのではないか――「宗教右派」を。
日本共産党にとって、LGBT活動家と性的少数者の間にある溝など知る由もなかったに違いない。流行ものの「LGBT」を取り上げれば票を集められるという程度の考えだったのだろう。
加えて言えば、統一教会の傘下組織である「国際勝共連合」に長いあいだ共産党は悩まされてきた。「国際勝共連合」は反共団体だが、自民党の使い走りとなり、共産党の選挙妨害などを行なうことも多かったようだ。当然、統一教会と共産党には確執がある。
なので、統一教会とくっついていた自民党や保守派への批判と、LGBTの問題を絡めることは、共産党や「赤旗」にとって自然のなりゆきだったと思われる。
しかし、共産党は地雷を踏んだ。
まさか、LGBT条例に反対していたのが、保守思想とも右派とも無関係のフェミニストたちだとは思いもよらなかったのだ――しかも、彼女らの中には共産党の支持者が多かったとは。
全ては、「LGBT」というものが性的少数者の総称ではなく、政治思想であることに起因する。だから、「LGBT運動に批判的=右翼・宗教指導者」という図式も既に古臭いのだ。
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