9.私は何者なのか?

私が教えを乞うべき人は、私がブログを見つける一年半前に亡くなっていた。


それから、ジャック氏が遺した文を繰り返し私は読んだ。ゆえに、このノンフィクションも『ジャックの談話室』を下敷きにしている部分がある。


やがて、ツイッターで私はカミングアウトした。そして、堰を切ったようにLGBT活動家と同性婚とを批判し始める。結果、例のフェミニストからはブロックされた。


カミングアウトしたことは結果的によかった。


なぜならば、私と同じ考えを持つ性的少数者は少なくなかったからだ。


しばらくして、私のツイートは数多くRTされだす。結果、それまで私が知らなかったタイプの性的少数者と知り合い、おのおのの経験や意見も聴くこととなった。LGBT活動家に踏みにじられ、黙殺されてきた人たち――その中には女性当事者が特に多かった。


本作を書き始めたのは、『ジャックの談話室』に出会ってから一年半近くが経った頃だ。現在、ジャック氏とは部分的に意見も違ってきたし、ジャック氏も知らなかったであろうことも知った。しかし、あの孤独感から救ってくれたジャック氏への感謝は絶えない。


ところで、一つ確認しておかなければならない。


それは、私は何者かということだ。


カミングアウトしたときは「両性愛者」と言ったが、違和感が拭い去れない。


すると、セクシュアリティを診断できるサイトというのが見つかった。なので遊び半分でやってみたのだ。簡単な質問だけで自分の全てが分かるとも思えない。しかし、ものは試しだ。


すると、「あなたはXジェンダーです」と出た。


「Xジェンダー」とは、性自認(心の性)が、男女に限定されない人だ。つまり、中性自認・両性自認・無性自認・流動的性自認を総称したものである。


――なるほど。


つまり私は中性自認か両性自認だったのだ。この二つの違いはよく分からない。男と女の心が、水と油のように分かれるものだろうかと思う。


同時に、あほ臭いなとも思った。


それは、「LGBT」と同じ胡散臭さを「Xジェンダー」という言葉から嗅ぎ取ったからだ。どちらも、様々な概念を妙な外来語で一緒くたにしている。


加えて言えば、「男の中の女の心」「女の中の男の心」は誰にでもある。前者を「アニマ」と言い、後者を「アニムス」という。これは、分析心理学の創始者・カール゠ギュスタフ゠ユングが提唱した元型アーキタイプの一つである。


最初にこれを教えてくれたのが父だったことは示唆的だ。


というのは、父もまた「Xジェンダー」ではないかと私は疑っているからだ。


「男らしい」ということを私に教えてきた父だが、その「男らしさ」はどこか本人と不釣り合いだった。それどころか、立ち振る舞いも、描いた絵も、趣向も女性的である。父が一種のシャーマンであることと、そのような人が古来から女性であったこと、父の知人がおしなべて女性であることは無関係とは思えない。


疑うのにはもう一つの理由がある。


いや、どちらかといえばこれは、私の性的特質セクシュアリティが遺伝的である可能性を示唆するものだ。


カミングアウトして以降、越境性別トランスセクシュアル(性同一性障碍の当事者)とも多く知り合った。大部分は、男性から女性となった者や、まだ法律的に男性の者だ。ツイッターには「スペース」という集団通話機能があるので、「彼女」らの生の声も聞くことができる。


ところが、そんな「彼女」たちのほとんどが発達障碍だったのだ。


「スペース」を通じ、人生で初めて会話したMtF(男→女)がASD(自閉症連続体スペクトラム障碍)だった。彼女を通じて二番目に知り合ったMtF(男→女)(戸籍上は男性)がASDとADHD(注意欠陥゠多動性障碍)である。


珍しいこともあるなと最初は思っていた。


しばらく経ち、MtF(男→女)が十名ほど集まっている「スペース」でそのことを口にする。すると、「あ、私も」「私も」「私なんか特別教室だったよ」と、発達障碍を抱えていることをその場にいた九割が告白した。


先述した「水道とトイレの区別がつかなかった」子と話したのもこのときである。


別のスペースで話していたところ、戸籍変更済みのMtF(男→女)と新たに知り合った。すると彼女は、「千石さんのオナネタは何ですか」と唐突に訊いてきたのだ。無視して話していても、「オナネタは何ですか」「オナネタを教えてください」と言ってくる。


「もしかして、君、発達障碍?」


私の質問がアスペ式だったので、その場にいたゲイからは「失礼だよ」と注意される。しかし本人は「千石さんにならいいかも」と言っていた。


「ええっと、ASDと、ADHDと――」


ニューハーフヘルスで働いている移行中のMtF(男→女)(ADHD・ASD)は次のように語った。


「アタシがみたところ、みんな八割くらいが何かしら抱えてますよ。むしろ、何で論文になってないのか不思議なくらいですよ。」


諸事情から男性のままでいる年配の「彼女」は、次のように言った。


「私が知る人の半分くらいは発達障碍で、あとの半分くらいは双極性障碍かなっていう印象は受けますね。まあ、私も警察署で暴れまわったくらいの双極でしたが。」


双極性障碍とは「躁鬱病」のことである。つまり、極端に気分が落ち込む症状と、極端に気分が高揚する症状が一定期間を置いて交互に現れる病だ。


これがなぜなのかは分からない。


しかし、性同一性障碍も発達障碍も、生まれつきの脳が抱える障碍だ。統合失調症と強迫性障碍が密接な関係にあるのと同様、同根の原因があっても不思議ではない。


やがて私は知ることになる――性別違和と発達障碍に関連性があることは国際的に既に認められており、その統計も出ていたのだ。


このノンフィクションで最も力を入れたのは越境性差トランスジェンダーの問題である。そして、「彼女」たちに発達障碍が妙に多かったことを踏まえると、世間的に今まで放置されてきた別の問題が浮上してくるのだ。

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