第三章〜裏の顔〜
それからも、『痛い』『今日も殴られた』『首輪をつけられた』『体にナイフで酷い言葉を書かれた』『お願い助けて』『言うこと聞かなきゃ火炙りにされるらしい』『髪を切られた』『裸の写真を撮られた』などといった胸糞悪い文章が続いた。
そして、最後のページ…
『20××年 1月6日
やっと解放される。』
…良かった…この娘、助かったんだ!この日記を書いてすぐ逃げたんだね!この日記をここに置いて逃げたのは新たな犠牲者を増やさない為?
…ありがとう…元カノさん。
でも、この日付…2週間前?
「リズナ?何してるの?」
どくん…
と、心臓が強く脈打った。
振り返ると、そこにはリョウマがいた。
私は慌てて日記を隠す。
「ううん!リョウマの部屋、掃除してただけだよ?」
「そっか…。リズナ、そろそろ夕飯食べない?おいでよ。」
そう言ってリョウマはキッチンへ歩いていった。
私は怪しまれないようにいつも通りに振る舞う。
キッチンの椅子に座ると、リョウマが美味しそうなステーキを出してくれた。
リョウマの手作りの料理は凄く美味しいから好きだ。でも、あの日記を読んでからは当たり前だが食べる気になれない。リョウマは元カノに暴力を振るっていた。それも物凄く酷いレベルの。彼女を傷つけた手で作った料理なんて食べたくない。
「どうしたの?ステーキ、嫌いじゃないよね?」
向かいの席からステーキを食べながら私を気にかけるリョウマ。
「嫌いじゃないよ?ちょっと調子が悪いだけ。」
この後、リョウマが寝たらこっそり抜け出そう。
そしてリョウマとはもう会わない。
私はそう心の中で決めた。
「大丈夫か?リズナ細いし貧血気味だからしっかり食べといたほうがいいよ。この肉、すっごい美味しいやつだから。
2週間前にすっごいいい人から貰ったんだ♪」
「…?!」
に…2週間前?ま、まさかね…
私は脳裏をよぎった最悪な考えを追い払った。
しかし、目の前に置かれたステーキをよく見ると、何やら『文字』が書かれていた。
『体にナイフで酷い言葉を書かれた』
「うええっ!」
吐き気がこみ上げてきて椅子から立ち上がり、トイレに駆け込んだ。そして、便器に顔を突っ込んで大量に嘔吐した。
嘘…リョウマ…元カノを…
「リズナ?大丈夫?」
トイレの外からリョウマが呼んでいる。
逃げなきゃ…どうやって?…そうだ。スマホでケーサツに…
ポケットからスマホを取り出し、私は110番を押した。
プルルルル…プルルルル…
なかなか出ない。こんな事があるのだろうか。
イライラしながら焦っていると、
ガチャッ…ザーザーザーザー
聞こえてくるのはケーサツの人の声じゃない。
変なノイズだけだ。
「もしもし?あの、助けてくださ…」
私が言いかけると、電話の相手が遮った。
「カイホウサレルマデガンバッテネ…」
ブツッ…ツーツーツーツー…
かい…ほう…?
「いっ…いやああああああ!!!」
私が絶叫した時、トイレの鍵がガチャッと開いた。
振り返ると、リョウマが私を見下ろして笑っていた。でもその笑みはいつもの優しい笑顔じゃない。
「体の調子は治った?…治ってもらわないと困るんだよねぇ…君は僕の彼女なんだから、最後まで役目を果たしてもらわないと…」
そう言ってリョウマは私の首に錆びついた首輪をつけた。
「その首輪、可愛いだろ?気に入ってくれたかな?…ハハハ、その歪んだ顔、アイツと一緒だ。アイツの弟が万引きした事を世間にバラすって言ったら、アイツもそんな顔をして僕に従ったよ。」
アイツ…元カノの事だ…
私はこれから自分がどうなるのか、大方の予想は出来た。しかし、受け入れる事ができない。
「あーあ、残念だよ。君がアイツの日記を読まなければこんなに早く『人形』にならずに済んだのに…」
残念、と笑うリョウマ。
隠し持っていたナイフを私の腕に突き立てた。
メリメリと嫌な音を立てて私の腕に文字を書いている。私はもう、恐怖と痛みで呻くことしかできない。
『28』
何かの番号だろうか?ああ、分かった。
私はリョウマの28番目の彼女なんだね…
私はリョウマの彼女だもん。分かっちゃうよ。
その後、意識が朦朧とする中、私はリョウマに『檻』の中に閉じ込められた。
『檻』は意外に広かった。しかし、暗くて汚れていて異臭が漂っている。
暗闇に目が慣れてきた頃、私は目の前の悲惨な光景に絶叫した。壁に貼り付けられた沢山の女の生首に…
「1人じゃないよリズナ。君は今からここで彼女たちとシェアハウスするんだ。」
そう言い残し、リョウマは『檻』に鍵をかけ、どこかへ行ってしまった。
汚い場所で、私の嗚咽だけが響いていた…
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