外伝 車の中②




 じゃあどうぞ、と言わんばかりににこにこと天使の笑顔でカールが両手をあげる。自分は触らないと言う意思表示だ。しかし何ともやりにくい。


「‥そんなに見ないでよ。」

「え?見てないとわからないよ?」

「されたことぐらいわかるでしょ!」


 美味しいから見てたいのに、とカールがため息をついた。そして荷から大きめの布を引っ張り出して目に巻いた。


「僕もティアには甘いよね。これならいいでしょ?」


 目隠し。包帯ではないが、以前と同じ状況だ。

 セレスティアの鼓動が早くなる。


 緩く巻かれた目隠し。すぐに外せるものだがそれでもこの少年をいましめて支配しているようでゾクゾクする。


 今彼は自分だけのものだ。


 そっと頬に触れればカールが嬉しそうにその手に自分の手をあてがう。


「なんだ、僕が目隠しすれば触れてくれるの?ティアは攻められるより攻めたい派?」

「そ、そんなんじゃあ‥」


 口籠ればカールがその掌にそっと口付けた。セレスティアがふるりと身を震わせる。


「これはイヤじゃない?あとはどんなことしてくれるの?」


 カールにされて嬉しいこと。

 頭を撫でられるのは嬉しい。手櫛で髪を梳かれるのも好き。その通りにすればカールが心得たように笑みを深める。


 始めてしまえば大胆になった。見られていないと思えば恥ずかしさもない。額にキス。鼻、頬のキスも好き。耳のキスも。耳にキスを落とせばカールが初めて身を震わせた。その様子に背筋にぞくりとしたものが迫り上がる。


 あ、意外とこういうのいいかも。

 そういえば耳が弱いんだっけ?


 耳にキスをたくさん落とせばカールの呼吸が早く浅くなる。


「‥‥口はダメ?」


 切羽詰まったようなカールにそう問われる。

 ダメじゃない。したい。だけど自分からする勇気がない。

 そんな思いでもじもじと躊躇っていれば力強く引き寄せられてキスされる。そして壁ドンよろしく馬車の壁に押しつけられ抱きしめられていた。さらに口づけと抱擁が強くなる。

 セレスティアはカールの首に縋り付いて必死にキスに応えていた。


「‥‥ヤバい‥目隠しハマりそうだ‥」

「ふぇ?」


 荒い切れ切れの呼吸。唇の上で触れ合うように囁かれる。目隠しの下、カールの目元や頬が赤く上気しているのがわかる。ペロリとセレスティアの唇を舐める。

 セレスティアもいっぱいいっぱいだ。セレスティアがするはずが主導権はすでにカールに奪われていた。


「感度がいいというか妄想が膨らむというか‥脳が勝手に色々考えるんだよ。見えなくて他にやることないからかな?」

「な‥!!」


 何を?と問おうとして慌てて言葉を飲み込んだ。

 問えばものすごいことを語りそうだ。きっと無駄に聡すぎるんだろう。本当に無駄だ。


 椅子の上で膝立ちから身を離し、目隠しを外したカールがうっそりと微笑んでセレスティアを見下ろす。

 柔らかい顔立ちの雅な少年からドロドロと色香が溢れ出ていた。それは淫らと違う少年らしき青さを孕んでいた。

 セレスティアは浅い呼吸でただ茫然とそれを見つめていた。


 セレスティアが抵抗を感じないのはその色香にいやらしさがないから。清々しいその欲求は知識欲と好奇心も含まれているからだろう。


 何を思ったかカールはすっと目を細め、手にしていた布をセレスティアの目元に巻きつけた。


「な?!なに?!」

「これは好奇心かな?ティアが目隠ししたらどうなるか見たい。」

「へえぇ?!」


 予想外の展開にセレスティアが身を捩るが抱きしめるカールから逃れられない。


「なんで?!これは聞いてないよ!」

「まあお試しね。ティアもどうかな?こういうのもあるって授業でもやってた。」

「ジュギョウ?授業ってなに?!」

「えっと、兄さん達の『色仕掛けハニートラップ対策』の授業でこういうのやってたんだよね。」


 色仕掛け対策?!なんだそれは?

 カールん家はそういう立ち位置?

 というか?


「お兄さんいたの?!」

「歳の離れた兄が二人。二十二と二十。上の兄は結婚してる。言わなかったっけ?言ったよね?」

「聞いてないよ!」

「そうだっけ?あとは十六の姉に八つの妹、二つの弟。僕は四番目の生まれ。全員同じ母の子だよ。」


 六人兄弟姉妹。上が二十二で下が二歳なのはよくわかった。すごい歳の差だ。お母様すごい!


「で、さっきの続きだけど九歳の時その授業の初心者級と上級を受けたんだ。知っといて損はないだろうって。」

「はぁ?!上級?九歳で上級?!」


 壁に身を預け目隠しのセレスティアは言葉を失う。上級はとんでもなくヤバいやつなんじゃ?!何てものをこんな聡い子供に仕込んでくれたんだ!!


「大は小を兼ねるから上級を受けとけって二番目の兄がね。お陰で一番上の兄に付き合って後から受けた初心者級は全然足しにならなかった。」

「でしょうね!初級とか中級は?!」

「すっ飛ばした。上級で何とかなるし。」


 なるわけないじゃん!これは大は小を兼ねないやつだよ!上級なんて絶対異常に危ないやつだ!


 だから!だからカールのこの方向の言動が過激に偏ってたのか!しかもそれを好奇心の強いカールに仕込んだとか!なに怪物作っちゃってんのよ!


 なんて恐ろしいことを!恨むぞ二番目の兄!

 

 セレスティアはここで初めて、心の底から全力で事情に納得し、次男に呪詛を呟いた。


 この好奇心が強く行動力もある少年のスイッチが入った。倫理観も希薄な年頃。これは暴走するってもんだ。


 目隠しされたセレスティアは慌てて説得に入る。


「カール!ダメだよ?!ここは冷静に理性と節度を持って!!」

「流石に最後までしないよ?ティアより背が大きくなるまでね。でも途中まではいいよね?」

「はいぃ?!?」

「ほら、ティアが欲求不満で他の男に食いつかない様に僕と仲良くしとけばいいでしょ?ちゃんと僕にメロメロになってね?」

「もう十分!十分メロメロだから!!」

「そうかな?全然足りないよ。」


 ぎゃあぁっ 途中までって?足りないって何が?これが知能の無駄遣い?!こんなに聡いのに勿体無いよぅ!!

 受けたのは本当に色仕掛け対策の授業だったの?!なんかもうディープ過ぎて主旨違ってきてるよ?


 ワタワタと暴れるセレスティアを見てカールはとっても楽しそうだ。


「まだ何にもしてないのに真っ赤だね。色々やろっかなと思ったけど可愛いからこのままでもいいかも。」

「目隠しが可愛いとか怖いから!早くこれ外して!もう外すよ!」

「まだダメだよ。もっと色々しようね!」


 カールは楽しそうな声をあげてセレスティアを抱きしめた。


 もっとって?色々?一体何されるの?!


 もうヤダ、タスケテ‥‥

 ほんともう、この少年に勝てる気がしない‥‥



 絶対逃れられない危険な底なし沼にハマった自分を自覚し、セレスティアは心中で敗北のため息をついた。

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