外伝 車の中①
セレスティアは追い込まれていた。
大ピンチだ。
カールとセレスティア、それにスノウはエングラー領を出てフォラント領に入った。森と街を抜けやっとドーレについて、乗合馬車に乗ってフォレント辺境伯邸に向かおうとしたところでカールが別の提案をしてきた。
「乗合ではなく馬車を貸し切ろう。」
「え?何で?」
「乗合馬車だと他の客が怯えるからスノウが乗れないんだよ。外をずっと走らせるのはかわいそうだし?」
「ああ、確かに。じゃあそうしよっか。」
なるほどとセレスティアは納得した。
流石カール!スノウまで気遣ってなんて優しくていい子なの!やっぱり天使だ!
チップを積んでスノウが乗れるよう交渉し馬車を貸し切った。そこまでは良かったのだが。
カールが貸し切った馬車は十人くらい乗れそうな大きな馬車。足元にスノウがゆったりと寝そべれるのだが、馬車が走り出した途端、セレスティアは真顔のカールに座席の壁際まで追い詰められていた。壁ドンならぬ馬車ドンである。
赤面のセレスティアが視線を逸らしおずおずと尋ねる。
「えっと?ど、どうした‥の?」
「どうしたもこうしたも。欲求不満でしょ。」
少年の直球な答えにヒッとセレスティアは短く悲鳴をあげる。身に覚えはあった。
カールがセレスティアにちょっかいを掛けようとすればことごとく逃げ回ったのだ。
「欲求不満?ナニソレ?」
「ちょっとイチャイチャしたいだけなのに野営だと外はイヤだとか、宿だと壁が薄いからダメだとか。散々焦らされたからね。密室になれば当然でしょ?まさか気がついてなかった?」
セレスティアは思わずまじまじとカールの顔を見上げる。何をいってるんだ!!
ええ?あれがちょっとイチャイチャ?ほんとにちょっと?
カールが俄然やる気でものすごーく身の危険を感じたんですが?それに密室って?!
「気がつくわけないでしょ!気がついてたら馬車に乗ってないって!スノウも乗ってるのに!」
「もう寝てる。気の利くやつだ。」
見やれば床で白い狼犬は丸くなって寝ていた。ふごぉといびきまでかいている。
セレスティアは大いに慌てた。これでは婚約したてのラブラブカップルが密室で二人きりの様ではないか。
いや様ではなくその通りだ、とセレスティアは脳内で慌てて訂正する。
ん?あれ?じゃあこれは問題ない?
いやいやここは慎みを持たなくては!
「や!でで、でも馬車の中もちょっと‥」
「移動している馬車の壁とか関係ないでしょ?蹄の音もうるさいし御者にも聞こえないよ。カーテンも閉めたから外から見えないし。このために大型馬車を押さえたから。広いからなんでもできる。」
「なんでも?!」
いっそ悪魔の様に満面の笑みを向けるカールにセレスティアが絶句する。
何という計画的犯行!スノウのためだと思ったのにこんな下心が!優しい天使だと思った自分が馬鹿みたいだ!それにこの小悪魔の色気、本当に十二歳なの?!
大きな馬車の壁際まで追い詰められて逃げられないよう両腕ドンで閉じ込められている。それだけでセレスティアはもう大混乱だ。
「まだ何もしてないのに何でそんな真っ赤なの?触れてさえいないのに?ティアは敏感だね?」
耳元でそう囁かれる。確かにどこにも触れられていない。それでもカールの気配だけでも恥ずかしくて身を強張らせてしまう。本当はカールを大好きだし自分の方がすごく年上と思うのに、こればかりはどうにもならなかった。
精神年齢でこの二人は完全に逆転していた。
セレスティアは馬車ドンの中で全身赤く染め、目を閉じて震えていた。その様子を見ていたカールはふふと微笑んでふいと身を引いた。再び唖然とするセレスティアを残して隣に腰掛ける。
「カール?」
「もういいよ。ちょっとだけ意地悪したかっただけだから。」
「‥‥そうなの?」
おずおずと上目遣いにそう尋ねればカールは少し困ったように相貌を崩した。
「その顔を見られて満足かな。僕もまあ余裕なくしてたしね。ずっと断られたから拗ねたりもしたけどティアを困らせたくないし。」
困るとか‥じゃあない。ちょっとくらいならいいかななんて思ったりしていた。本当は何されても嬉しいしかないんだ。せっかくの両想いだし。カールはまだ少年だしあまり刺激が強くなければ良いとも思ってたりする。だから‥‥
「まあちょこっとだけなら‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥え?」
長い沈黙。そして驚いたようなカールの声がする。
「え?ええええ?いいの?!ホント?!」
「ちょちょちょちょこっとだけだよ!」
仰天するカールが勢いよく詰め寄る。結局また隅に追いやられ馬車ドンだ。再び秒で両腕ドンに閉じ込められてセレスティアがひぃぃと身を強張らせた。
「ちょこっとってどこ?どこまで?!」
「どこってどこ?!刺激強いのはダメよ!」
「具体的に言っていい?」
「ダメ!絶対ダメ!!」
「言わないとわかんないじゃん!じゃあやってみていい?」
「それはもっとダメだって!!」
うーんとカールが眉間に皺を寄せ目を閉じて長考する。その表情は国の命運を分ける決断を悩んでさえいる様に見えるが実際は碌でもないことである。
その間セレスティアは馬車ドンのまま。その時間がすでにセレスティアにはつらい。
そうだ、とカールが笑顔で提案する。
「じゃあここまでしていい、というのをティアが僕にするのは?」
「はぁぁ?!」
何を言ってるんだ!私がカールに?!
そんなの無理に決まってる!!
「僕が言うのもするのもダメなんだよね?だからティアが僕に教えてよ。だって年上の大人の女性なんだし当然このくらい年下の子供をリードできるよね?」
「で、でででできるわよ当然!」
謎の対抗心で啖呵を切ってしまった。
またやってしまった。もうこれはそう仕向けられてるんじゃないだろうか。
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