第X7話
結局流産のことはティアに伝えなかった。
事実かどうかもわからない。憶測だけで辺境伯を貶めることは避けた。だが叔母に憎まれていたという事実だけも相当だ。
なるべく事実と確実性の高い推測だけを順を追って淡々と伝えたつもりだが、途中辛そうだった。だが最後まで聴き終えた。そしてティアは泣いていた。無理もない。
叔母が秘めていた愛憎。どちらも本当だ。
いや、本当は愛情しかなかったんだろうな。
そうでなければティアがここまで純粋に素直に育つことはない。涙するティアを見て初めてそう理解した。
きっと叔母も僕と同じようにティアに癒されていたんだ。憎しみは浄化されていたのにただ復讐だけが取り残されてしまった。
遺言の書き換えさえ有効だったらティアは叔母の憎悪を知ることさえなかっただろうに。
震えるティアをどうすることもできず宥めるように抱きしめればこんな僕に縋り付いてくれた。
もっと自分が大人だったら上手にティアを慰められた。賢者だ魔法使いだと煽てられても所詮は子供。ここまで自分は無力なんだと改めて痛感する。
こんな無力な自分では結局はどこかに彼女を閉じ込めて外の世界から遮断するしか守る術がない。ティアが毒を飲んだ直後もベッドから出すことさえ恐ろしかった。
僕には彼女を守る武力も魔法もない。どうすればこの愛しい人の笑顔を守れるのだろうか。
ずっと側にいて欲しい、そうすればこの身に代えて全力で守ってみせる。心の底からそう思う。笑う時も涙する時もあなたの側がいい。
この想いを伝えたい。目を見てそう言いたい。
そんな思いの中で問われるまま目が見えると告白すれば思いの外怒られた。見られたくなかったわけじゃなかった?僕の思い過ごしだった?
じゃあ、と包帯を外そうとすればティアが抵抗を示す。ティアは可愛い、優しいと言っても不安そうだ。だが僕だって不安だ。僕を見て僕を知って彼女は逃げ出さないだろうか?
だから先に約束を強請った。
こんな風に強請るなんて子供だ。カッコ悪い。でもなりふり構っていられない。もうティアの憐憫に縋るしかない。
慈愛でも構わない。欠片でも僕への愛情があるのなら約束がほしい。
どうか僕のことを捨てないと約束して?
どうか僕にひどいことをさせないで?
そしてティアから与えられた約束に安堵し現実だと確かめたくてティアを抱きしめる。抵抗なく僕の腕の中に入るティアに、約束は夢ではないと体で理解しようとするがまだ実感が湧かない。
ティアの前では僕はこれほどに無力で脆い。ディアはわかっているのだろうか?
そして包帯を解かれ明るい世界で彼女を見る。
やはり彼女は美しかった。
涙で濡れた瞳は金と赤が散った栗色。思わず見惚れてしまう。濡れた瞳に自分が映る。そこにいる笑顔の自分に婚約の実感がやっと湧いた。
だが、だがまだだ。
彼女に本当の僕を知らせなくてはならない。
セレスティアの顔を見つめて。
約束を拠り所に王族の名前を伝える。
反応が怖い。体が無性に震える。
どうかどうか———
だけど別のことがティアに刺さった。
年齢?そんなに驚くところ?何歳だと思ってたんだ?十四?この屋敷に着いた時に自分で十二って言ってたじゃん?
でもその動揺で僕の姓に気がつかない。ちょっと抜けてるティアらしいけど呆気に取られてしまった。それならばと年齢の話題でそのままふっ飛ばした。
ちゃんと言ったし?細かい説明はまた今度にしよう!うんそうしよう!また今度ね!
ティアが逃げなかった。気がついていないとも言えるがとにかくそれが嬉しい。
その勢いでティアにキスをした。初めてのキス。
愛おしくて恋しくて狂おしくて。ぎゅうと僕の腕に閉じ込める。
僕のこの腕でずっと束縛できればいいのに。
あなたを縛る魔法が欲しい。誰にも奪われないようにあなたを
そうすれば僕はどこまでも強くなれる。
嬉しくってつい色々正直に話したらなぜか逃げられた。ここで逃げるの?恥ずかしがってるだけ?そんなにひどいことを言ったかな?
そうとなればこんなところに居たくなくて外に出ようと急かした。スノウも連れてまた旅に出るんだ。
夜着のティアもとっても素敵だが流石に目の毒だ。自分が何するかわからない。あんな無防備な格好だと触りたくてウズウズする。これは何だろう?好奇心?征服欲?それとも?
そう素直に伝えればものすごく怒られらた。すぐに言わなかったから?だってしっかり見たかったからしょうがないじゃん。
そして部屋から叩き出された。思わず苦笑する。こんな気の強い怒ったティアもとっても可愛い。
優しいティアは子供の僕に約束をくれた。だけどそれだけじゃダメだ。心も体も、ティアの全部を手に入れる。
ティアは正常な大人の女性。子供の僕相手じゃ欲求不満が出るだろう。愛想をつかされないように頑張らなくちゃね。決して僕がしたいだけじゃない。うん、ティアのためだ!
子供だからって手管がないわけじゃない。知識だけならいくらでもある。ドロドロに甘やかして可愛がって僕なしじゃ泣いて困るくらいにしないと。欲求不満解消ってやつだ。愛しいティアが他の誰かにかっ攫われないようにしないとね。
だからティアに拒否権はない。これからも僕と一緒にいてもらうんだ。これは絶対。
ずっと一緒にいられるように僕はもっともっと頑張らないといけない。
そう決意を新たにした矢先にティアに後ろから抱きしめられて耳にキスされた。
僕が甘やかすと決めた側から甘やかされて赤面してしまった。子供扱いか?これはズルい!まだ子供だけれど僕はもう賢者と呼ばれるくらい大人なんだから!
宿に着いたら見てろ!僕の方がもっともっと徹底的に甘やかしてやるんだから!絶対だからな!
そしてそっと心の底から切なる願いをつぶやく。
ずっとあなたと共に。
こんな日々がずっと続きますように。
だがそこからお預けの日々が続くとは流石の賢者も予想してはいなかった。
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