第X6話
外に視線を投げるベルナール卿を見つめしばし沈黙し口を開いた。
「——最後です。僕がセレスティア嬢に求婚する許しを頂けますか?」
辺境伯がこちらを見た。驚きで目を剥いている。
「娘を殿下の側妃に?」
「正妃です。なぜ側妃と?」
「歳の差がありすぎます!」
正妃と聞いて更に驚愕した様子だ。まじまじと僕を見ている。
七歳差。それほどにダメだろうか?
「別に、うちの家系では普通です。」
「それは政略結婚の場合です。殿下が娘を
思わず笑みがこぼれてしまった。やっと父親の顔が見られた。
「申し込んでいないので流石にわかりません。でも感触はよいと自負しています。」
とはいうもののティアの僕への気持ちはよくわからない。好かれているとは思うが慈愛か異性への愛情かがわからない。この二つは似て非なるものだ。そう思えばひやりと背筋に冷たいものが這い上がる。
辺境伯は茫然としていた。娘に王族から求婚、無理もない。だがもう少し喜んでくれたら気が楽なんだが。この反応はどちらだろう。賛成?それとも?
それでも抵抗を試みる。これは嫁に出したくないという父の愛だろう。
「歳の差が‥‥」
「よくあります。僕は気にしない。」
「娘はそういう教育を施していません。きっと殿下のご期待には沿えないでしょう。」
「それは僕がなんとかします。そこまで僕は頼りないですか?」
「いえ、そういうわけでは‥‥」
この程度の抵抗なら封じてみせる。
ずいぶんと逡巡した挙句、辺境伯は捨て台詞のような言葉を吐いた。
稀代の軍師、賢者、魔法使いとまで呼ばれる僕にケチのつけようがないから不機嫌そうだ。
「落とせるものならどうぞご自由になさってください。」
「そんなことを言ってよろしいのですか?僕は全力でセレスティア嬢を落としにいきますよ?」
「あれはじゃじゃ馬です。いずれ殿下の手に余って婚約を解消したいとおっしゃられても呑めませんので、その点はご了承ください。」
婚約破棄は許さない。そう言えばいいのに。その態度でティアへの愛情がよくわかった。
確かにちょっと気難しいかな?だから娘たちに伝わっていないのか。残念だな。強面で誤解されやすい、でもこんなに愛情深い。
娘可愛さのあまりに雨あられと降ったティアへの縁談を吟味し全て蹴散らした。その事実だけでもティアに伝えればティアの自信になっただろうに。
嫁に出したくないが故に用意した
しかしまあ、これは困ったな。見た目と違いこんなに二人は似ている。本当に血のつながった親子なんじゃないだろうか。
二人ともなんとも純粋で不器用なことか。
悪いなとは思いつつ、吹き出してしまえば笑いが止まらなくなってしまった。
辺境伯に会った。手こずったが弁護士の口も割った。
グイリオの金の動きも掴んだ。前の暗殺者もこいつだった。余罪もある。貴族だからといってもう逃げられないだろう。
妹と婚約者の動きも報告があった。腹の底ではどう思っているかわからないがこれはシロ。
捜索願いの件は僕の方から情報を伝えた。辺境伯から指摘されたのか、捜索願いは急いで取り下げられた。紛らわしい動きは貴族特有の世間知らずだ。
集まったカードを順番に並べる。
足りないものは憶測で埋めるしかない。
だが最後までわからないカードがあった。
なぜ叔母はあそこまでティアを憎んだのか。
親に甘やかされ無邪気に育ったであろう妹。悪意があったかはわからないが結果的に姉を蔑ろにした憎むべき妹は死んだ。ここで復讐は終わるはずだ。
ティアは実子ではない。それは彼女が一番よくわかっていたはず。それなのに弟子のように娘のようにティアを導いた。そこに憎しみはない、それなのになぜ。
ティアから聞く優しい師匠と、仮説の叔母の人物像が一致しない。これはどういうことだろうか。
女性が憎む。それは痴情のもつれか家族の死か。己が子供の死は相当だ。母もそれを経験している。母が昔ずっと泣いていたのは子供心に記憶にある。
叔母は半年ほど人目を憚り引きこもる時期があった。婚約破棄による心神耗弱のせいかと思ったが、ならば辺境伯がそう言うだろう。だが僕の問いにそう言わなかった。
嘘を言わないがために口を閉ざすということなら、その黙秘の訳は‥‥
恋愛関係にあった婚約者。挙式も間近だった。愛し合い夫婦になると約束した二人。妊娠?だが叔母の子はいない。ならば‥‥
「—— 流産か。」
だとすれば後添えとして妻にならなかった訳だ。あの騒動の中で子を亡くしている。
恐らく辺境伯との子。辺境伯とやり直そうとしたが、きっと辺境伯や妹を許せなかったのだろう。流産の直接の原因でなかったとしても。
そしてティアの存在も。ティアの存在で婚約破棄されたと言っていい。まして父親が誰かという疑念もあったのかもしれない。その子の義母にはなれなかった。
妹に辺境伯を籠絡させ、妊娠していた妹を両親が捻じ込んだ可能性もある。いずれにせよ姉は粗略にされた。
その恨みはどこに向かうだろうか。
死んだ妹か、辺境伯か、それとも———
なのに殺意を向ける子供はなぜか自分に似ていた。死んだはずの我が子が生きていれば歳も同じ頃。ティアに思いを重ねるのも無理からぬことだろう。
憎むべき、だが愛しい存在。
悩み苦しんだことだろう。
そして最期の最期で選択をした。
だがこれは憶測でしかない。
ティアを
そこまで考えてふぅとため息をつく。
「—— どこまでティアに伝えるべきだろうか。」
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